イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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同郷の友4

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 キイトが、気づかわしげに追放者の頬に顔を寄せた。
 その親し気な仕草に、追放者の片目だけが潤み、友へと寄せられる。

 キイトとキリの視線が重なる。
 互いを思う空気が、確かに感じられた。

 ヒノデはそんな二対の交わる視線を見て、矢から手を放さずに優しく言った。

「キイト、あなたは簡単に追放者の首へと近づけるのね。……それを許してもらっている。
だけどキイト、これ以上、この子を苦しめてはいけない。口上を述べ、楽園へ送るのよ。分かるわね?   キイト」
「……」

 キイトは母の目を見られず、下を向いた。

(嫌です、僕はキリを送りたくありません)

 言えない言葉が胸の内を傷つける。
 熱を持ち出したキリの体が熱く、荒い呼吸が聞こえる。

「……友達なんだ」
「そう、あなたのお友達なのね。
キイトと仲良くしてくれてありがとう。――キイト、この子は賢い子ね、目を見ればわかるわ。色々な事をあなたに教えてくれた」

 ヒノデの眼差しが、キリへ感謝を伝える。キイトは顔を上げ、キリと見つめ合う母を見た。

「けれども、ここは人間の住む世界、淡い」

 ヒノデの手に力が込められる。

「あなたはイトムシ」

 キリの、残された澄んだ片目も、汚濁が進む。

「覚悟を決めなさい」

 言葉と共に、ヒノデが矢を引き抜いた。

 鋭い叫び声。黒い体液が首から噴出し、キリはヒノデへと鎌を振り上げた。
 ヒノデを狙った鎌は勢いのまま的を外れ、石畳を砕き、同時に力の加減を出来ずに自身の鎌をも傷つけた。
 鎌の節から、だらだらと体液が零れる。

 キイトはキリの肩から飛び降りた。
 鎌を避け下がったヒノデとは入れ違いで、キイトがキリの正面へと対峙する。

  素早く母と場を交代したキイトは、キリの正面で、地面へとめり込んだ傷だらけの鎌に、そっと手を触れた。黒い鱗が、ゆだるように熱い。
 キリの鳴き声が弱々しく響く。キイトはその声音に泣きそうになった。

 キリとキイトが見つめ合った。

(嫌だ……出来ない)
 
 すべてを投げ出し、視線をそらしてしまいたい。夜の目で、友の狂って行く姿を見たくなかった。
 それでも送るために、見つめ続けなくてはいけない。見送らなくてはいけない。


「っ……いやだよ、キリ……」
「ぎリ」

 キリは苦しみ嘆き、ずるずると身を伏せると、そっとキイトの目の奥を覗いて来た。
 光に焼かれた目が、すがるように夜の湖へと降りてゆく。
 キイトは直接交わえる精神の交流の中で、精一杯友の痛みを癒そうとした。しかし、キリの精神は少しずつ、夜から離れていく。

「キリっ」
「リぃ」

 昨夜まで強く賢かった友達が、いまでは狂気に振り回され、力の加減も出来ず、牙だけを向ける昼の世界で、ひとり泣いている。


『お前に友を送れるか』


 小石丸の言葉が胸に響いた。

(あぁ、僕は本当の悲しみを知らなかった。送っている僕が悲しいんじゃない、悲しいのは、夜に戻れない、この生き物だ。覚悟をしなくちゃ、見送るんだ……イトムシの僕が、送らなきゃだめなんだ)

 涙が溢れて来る。胸が締め付けられ、苦しかった。

 大声で泣き出し、キリの首にすがりつきたかった。
 国中のすべての人を説得し、太陽を湖に沈め、キリを夜に放してやりたかった。
 しかし、そんな事は誰にも許されない、そんな願いは、どこにも届かない。 
 
 この苦しみは、誰の胸にも届かない。

(これが、『送り』なんだ)

 キイトはきつく拳を握った。
 キリの目がぐるりと回り、太陽を見る。
 シュウシュウと音を立て、見事な斑が白茶けていく。
 それでも賢い友は、小さな友を待った。


『次に送る際には口上を述べよ、それが追放者に対する礼儀だ』

(礼儀を守るんだ……。送る側の僕が、それをしないと)

 キイトは瞬きで涙をはらい落とし、キリを見つめた。
 そして、澄んだ声で口上を述べ始めた。



「よくぞ参られたし、我が同郷の友よ。

 日は暮れたか? 夜は深まったか? 

 時を違えれば御身を崩すぞ。

 苦しければ、お助けいたそう。

 悲しければ、御心お預かりしましょう。

 辛いのならば、――私が、代わって差し上げたい……。

 私はイトムシ、この糸で楽園へと送りましょう」


「キリリッチ」


 イトムシの夜の目と、その澄んだ声を聞き、ゆっくりと異形の友は目を閉じた。
 彼が心配していた血は、友は流していない。
 それが確認できた。
 よかった。

 優しい友は、とても疲れたように、ひどく安心したように。夜につちかわれた知性を手放した。

 そして、咆哮。

 太陽に首を逸らせ、悲しみも苦しみも無く、ただ大きな声で追放者が咆えた。

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