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同郷の友8
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場に緊張が走り、共通の疑問が浮かぶ。ヒノデはその答えを、小石丸に聞いた。
「キイトが死ぬ。何故それを、私の目を見て言えない? ……この子はまだ助かる。助ける方法があるのね?」
「……」
小石丸が振り返った。恐ろしい目でヒノデを睨む。
菊が素早く黒刀を構え、ヒノデの前に立った。しかしヒノデが、その菊を押しのけ小石丸へと対峙する。
母親の目が、相手を問い詰める。黒い沼がそれ以上聞くなと警告を発するが、それが肯定となった。
ヒノデはたまらず叫んだ。
「お願いです、この子を助けて! 私の子です、望まれたイトムシです。お願い、助けて」
「ならぬ。いまはただ、肺の空気が漏れているようなもの。もとより必要な生き物であれば、代わりが世に生まれる。その者はあきらめろ」
「そうかもしれない、けれど、そのイトムシはキイトじゃないわ。私にはこの子が必要なの。人が望んだんじゃない、楽園が望んだんじゃない、私が望んで生んだ子なの」
ヒノデの必死な願い出だったが、向き直った小石丸は厳しい態度を崩さなかった。
「図に乗るなヒノデ。お前を育てたのは誰だ? 糸にも恵まれぬ弱いお前を、支え続けたのは誰だ? 送りを生き抜けたのは、いったい誰のおかげだ。イトムシの在り方は、強い糸を紡ぐ、長であるわしが決める。さぁ、あきらめろ」
「いや。私はこの子をあきらめない」
ヒノデはそう言い放ち、師へと本糸を構えた。
それを見た小石丸が、慈しむように声を落した。
「わしに力で勝てると? ヒノデ、やめなさい。弱く可愛いお前を、傷つけたくはない」
なだめる声が優しく警告してくる。
ヒノデと小石丸、力の差は、誰が見ても悲しいぐらいはっきりとしていた。ふと、ヒノデの肩から力が抜けた。
「そうね、私の糸は弱い」
呟く声と共に、指から糸が落ちる。しかしその手は素早く動き、そばにいた菊から黒刀を奪った。
小石丸がじっとヒノデの行動を見つめる中、ヒノデは静かに黒刀を構え、願い出た。
「この子に、ただ一度のお慈悲を」
「……ならぬ」
ヒノデは黒刀をあげると、自身の首へと刃をつけた。
「ならば」
ヒノデが、刃でそっと首を撫でた。
黒い刃が白い首の上を滑り、血が赤い糸となり首へと巻き付く。
「ならば、この場でこの命、見届けていただきたい」
小石丸を見つめるヒノデの目は、真実だけを映していた。
脅かしでも、はったりでもない、決心をした、美しい夜。
人間たちが息をするのを忘れ、水守の魂止めの声だけが、場に響く。
血染めの白をまとい、唇を赤く濡らし、両の手で黒刀を首に添えるヒノデは、恐ろしく美しかった。
死を覚悟した者の威厳で、ヒノデが微笑むと、小石丸があせったように早口になった。
「馬鹿な真似をするなっ」
「この子のいない世界で、私は生きられない」
頑な小石丸の視線が、ゆらゆらと揺れる。
「っお前が死んだところで何になる?」
「あの世で我が子を待つばかり」
「やめなさいヒノデ……ひので」
小石丸は狼狽え、思わずヒノデへと手を差し伸べた。
多くの追放者を送った強い手。その差し出された手を見て、ヒノデが無邪気に笑った。
小石丸の中に、この世でイトムシ二人きりだった時の、弱く愛らしい少女が戻って来る。
なにも出来ない弱いイトムシ。
誰の害にも、人の益にもならない、殺す必要のない、殺さなくていい、ただのイトムシ。
――殺さなくていい。それだけの理由が、自分を慰めてくれる存在。
「死ぬな、ヒノデ」
ほとんど懇願するように、小石丸が言った。
ヒノデが、心の底から残念そうに首を振る。
「私を愛してくださるおじい様、一度だけでも、あの子のことも、愛してくれたらよかったのに」
ヒノデはそう言うと、黒刀を強く引いた。
「ヒノデっ!!」
白い上着に血飛沫、ころりと、指が落ちた。
蒼白な顔をした小石丸は、自分の欠けた指に目もくれず、ヒノデの首と、黒刀の間に差し入れた手に力を入れ、刃を折った。
ヒノデの首はつながったまま、小石丸へと向けられた。
「……おじいさまの、ゆびが」
「……」
ヒノデの上着と小石丸の袖が、彼の血に染まっていく。
小石丸は自分の行動が理解できないまま、折れた刃を乱暴に投げ、吐き捨てるように言った。
「キイトをわしの庭へ、夜までもたせろ。夜の奥方の加護にゆだねるんだ」
「っ!」
ヒノデは倒れるように小石丸に抱き付き、自身の血まみれの指を、師の欠けた指にきつく絡めた。
「キイトが死ぬ。何故それを、私の目を見て言えない? ……この子はまだ助かる。助ける方法があるのね?」
「……」
小石丸が振り返った。恐ろしい目でヒノデを睨む。
菊が素早く黒刀を構え、ヒノデの前に立った。しかしヒノデが、その菊を押しのけ小石丸へと対峙する。
母親の目が、相手を問い詰める。黒い沼がそれ以上聞くなと警告を発するが、それが肯定となった。
ヒノデはたまらず叫んだ。
「お願いです、この子を助けて! 私の子です、望まれたイトムシです。お願い、助けて」
「ならぬ。いまはただ、肺の空気が漏れているようなもの。もとより必要な生き物であれば、代わりが世に生まれる。その者はあきらめろ」
「そうかもしれない、けれど、そのイトムシはキイトじゃないわ。私にはこの子が必要なの。人が望んだんじゃない、楽園が望んだんじゃない、私が望んで生んだ子なの」
ヒノデの必死な願い出だったが、向き直った小石丸は厳しい態度を崩さなかった。
「図に乗るなヒノデ。お前を育てたのは誰だ? 糸にも恵まれぬ弱いお前を、支え続けたのは誰だ? 送りを生き抜けたのは、いったい誰のおかげだ。イトムシの在り方は、強い糸を紡ぐ、長であるわしが決める。さぁ、あきらめろ」
「いや。私はこの子をあきらめない」
ヒノデはそう言い放ち、師へと本糸を構えた。
それを見た小石丸が、慈しむように声を落した。
「わしに力で勝てると? ヒノデ、やめなさい。弱く可愛いお前を、傷つけたくはない」
なだめる声が優しく警告してくる。
ヒノデと小石丸、力の差は、誰が見ても悲しいぐらいはっきりとしていた。ふと、ヒノデの肩から力が抜けた。
「そうね、私の糸は弱い」
呟く声と共に、指から糸が落ちる。しかしその手は素早く動き、そばにいた菊から黒刀を奪った。
小石丸がじっとヒノデの行動を見つめる中、ヒノデは静かに黒刀を構え、願い出た。
「この子に、ただ一度のお慈悲を」
「……ならぬ」
ヒノデは黒刀をあげると、自身の首へと刃をつけた。
「ならば」
ヒノデが、刃でそっと首を撫でた。
黒い刃が白い首の上を滑り、血が赤い糸となり首へと巻き付く。
「ならば、この場でこの命、見届けていただきたい」
小石丸を見つめるヒノデの目は、真実だけを映していた。
脅かしでも、はったりでもない、決心をした、美しい夜。
人間たちが息をするのを忘れ、水守の魂止めの声だけが、場に響く。
血染めの白をまとい、唇を赤く濡らし、両の手で黒刀を首に添えるヒノデは、恐ろしく美しかった。
死を覚悟した者の威厳で、ヒノデが微笑むと、小石丸があせったように早口になった。
「馬鹿な真似をするなっ」
「この子のいない世界で、私は生きられない」
頑な小石丸の視線が、ゆらゆらと揺れる。
「っお前が死んだところで何になる?」
「あの世で我が子を待つばかり」
「やめなさいヒノデ……ひので」
小石丸は狼狽え、思わずヒノデへと手を差し伸べた。
多くの追放者を送った強い手。その差し出された手を見て、ヒノデが無邪気に笑った。
小石丸の中に、この世でイトムシ二人きりだった時の、弱く愛らしい少女が戻って来る。
なにも出来ない弱いイトムシ。
誰の害にも、人の益にもならない、殺す必要のない、殺さなくていい、ただのイトムシ。
――殺さなくていい。それだけの理由が、自分を慰めてくれる存在。
「死ぬな、ヒノデ」
ほとんど懇願するように、小石丸が言った。
ヒノデが、心の底から残念そうに首を振る。
「私を愛してくださるおじい様、一度だけでも、あの子のことも、愛してくれたらよかったのに」
ヒノデはそう言うと、黒刀を強く引いた。
「ヒノデっ!!」
白い上着に血飛沫、ころりと、指が落ちた。
蒼白な顔をした小石丸は、自分の欠けた指に目もくれず、ヒノデの首と、黒刀の間に差し入れた手に力を入れ、刃を折った。
ヒノデの首はつながったまま、小石丸へと向けられた。
「……おじいさまの、ゆびが」
「……」
ヒノデの上着と小石丸の袖が、彼の血に染まっていく。
小石丸は自分の行動が理解できないまま、折れた刃を乱暴に投げ、吐き捨てるように言った。
「キイトをわしの庭へ、夜までもたせろ。夜の奥方の加護にゆだねるんだ」
「っ!」
ヒノデは倒れるように小石丸に抱き付き、自身の血まみれの指を、師の欠けた指にきつく絡めた。
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