イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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同郷の友7

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○○○○○

走り寄ったヌーは、キイトの体に触れた。

「キイト様! なぜこんな、どうしてどうして……」

 悲しみで心が張り裂けそうだった、嘘のようだった。息が出来ないほど涙があふれてくる、止められるはずもない。
 隣では、血だまりの中にヒノデがぼんやりと座っていた。
 手も口もそして白い上着も、みなキイトの血で染まっている。ヌーの耳に、キイトが珍しく駄々をこねた時の声が聞こえた。

『僕だってイトムシだ、白い上着を着たい』
『もうしばらくお待ちください。いまはまだ、小石丸様のお許しを頂けていません』
『しばらくっていつ? 送りだって、本糸だって紡げる。僕もヒノデ様と同じ、白い上着がいい!』

「キイト様……すぐにご用意いたします」

 ヌーは手を着き、横たわるキイトへと、深々と頭を下げた。
 涙がぱたぱたと落ちていく。
 冷たく小さな顔のそばへと額を寄せた時、頬に何かが触れ、ヌーははっとして顔を離した。

「キイトさま……?」

 キイトの小さな顔、薄く開かれた口に目を凝らすと、細い細い糸がひらりと動いた。風に吹かれたのか? 違う、これは。

「息が、まだ息がある! 水守みずもりっ、早く医術を!」

 ヌーが叫ぶと、素早くそばにいた医療班がキイトを取り囲んだ。
 水守が御加水と薬を手早く取り出す。
 突然の希望に場が騒がしくなり、ヒノデが瞬きをした。しかし、水守が厳しく言った。

「まだ、喜んではいけません。出血が酷い、腹部の傷も大きい、到底人では――」
「うるせぇ! なんとかしろ!」

 飛び込んできた菊が水守を怒鳴りつけ、キイトににじり寄った。

「キイトしっかりしろ、お前はイトムシだ。こんな傷、何てことねぇ!」
「動かしてはいけない、生きているのが不思議なくらいなんだ。早く止血と魂止たまどめを」

 騒ぎの場の中、ヒノデはいまだ動けずにいた。

(キイトは死んでいないっ、けど、この血の量……)

 ヒノデは、押し寄せてきた現実をようやく受け入れた。しかし、このまま我が子を失うのが恐ろしく、体に力が入らない。

(この子は望まれ生まれた子。夜の楽園に愛された子。やっと生まれた、新しいイトムシ)

 初めて赤子を抱いた日がよみがえる。
 美しい夜だった、すべてが報われた夜だった。

(死なせるものか)

 ヒノデは、知らず流れていた涙を拳で拭った。
 その時、ヒノデのあらがう気持ちに答えるように、ばさりと、黒い蝶が目の前をよぎった。

(黒い、蝶)

 その力強い羽ばたきに、こんな時だというのに、思わずその姿を追ってしまう。
 力強い蝶がヒノデの視線を運び、後ろを振り返らせた。

(……あ)

 そこには、こちらを伺うもう一体のイトムシ、小石丸。
 唐突に振り返ったヒノデの目と、小石丸の目が合った。
 不意に覗いた夜の沼、その目の中に、ヒノデは何かを見つけた。

「おじい様」

 小石丸がヒノデから視線を逸らし、背を向けた。そして声だけを響かせ、救命に当たる者たちに冷たく言った。

「やめるんだ、人間たちよ。そのイトムシはもう助からない。苦しませるだけだ」
「っなんてことを!」

 小石丸の背へと怒鳴る菊を手で制し、ヒノデが素早く返した。

「やめないわ。キイトは生きているもの」
「無駄だヒノデ。受け止めなさい、キイトは追放者に命を奪われた。それもまた運命なのだ」
「そんな運命、私が許さない」

 ヒノデは注意深く見続けた白い背へと、一度悲しそうに視線を揺らしたが、何かを決心したようにその目を硬くさせた。

「おじい様……いえ、小石丸」

 ヒノデが静かに立ち上がった。
 血染めの指がきつく握られ、血塗られた唇が、真実を問う。

「なぜ、私の目を見ない?」

 ヒノデの言葉に場が静まった。

。感情を表す目では、仲間に心の内をすぐ読み取られてしまうから。
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