イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
112 / 119

同郷の友8

しおりを挟む
 場に緊張が走り、共通の疑問が浮かぶ。ヒノデはその答えを、小石丸に聞いた。

「キイトが死ぬ。何故それを、私の目を見て言えない? ……この子はまだ助かる。助ける方法があるのね?」
「……」

 小石丸が振り返った。恐ろしい目でヒノデを睨む。
 菊が素早く黒刀を構え、ヒノデの前に立った。しかしヒノデが、その菊を押しのけ小石丸へと対峙する。
 母親の目が、相手を問い詰める。黒い沼がそれ以上聞くなと警告を発するが、それが肯定となった。
 ヒノデはたまらず叫んだ。

「お願いです、この子を助けて! 私の子です、望まれたイトムシです。お願い、助けて」

「ならぬ。いまはただ、肺の空気が漏れているようなもの。もとより必要な生き物であれば、代わりが世に生まれる。その者はあきらめろ」

「そうかもしれない、けれど、そのイトムシはキイトじゃないわ。私にはこの子が必要なの。人が望んだんじゃない、楽園が望んだんじゃない、私が望んで生んだ子なの」

 ヒノデの必死な願い出だったが、向き直った小石丸は厳しい態度を崩さなかった。

「図に乗るなヒノデ。お前を育てたのは誰だ? 糸にも恵まれぬ弱いお前を、支え続けたのは誰だ? 送りを生き抜けたのは、いったい誰のおかげだ。イトムシの在り方は、強い糸を紡ぐ、長であるわしが決める。さぁ、あきらめろ」

「いや。私はこの子をあきらめない」

 ヒノデはそう言い放ち、師へと本糸を構えた。
 それを見た小石丸が、慈しむように声を落した。

「わしに力で勝てると? ヒノデ、やめなさい。弱く可愛いお前を、傷つけたくはない」

 なだめる声が優しく警告してくる。
 ヒノデと小石丸、力の差は、誰が見ても悲しいぐらいはっきりとしていた。ふと、ヒノデの肩から力が抜けた。

「そうね、私の糸は弱い」

 呟く声と共に、指から糸が落ちる。しかしその手は素早く動き、そばにいた菊から黒刀を奪った。
 小石丸がじっとヒノデの行動を見つめる中、ヒノデは静かに黒刀を構え、願い出た。

「この子に、ただ一度のお慈悲を」
「……ならぬ」

 ヒノデは黒刀をあげると、と刃をつけた。

「ならば」

 ヒノデが、刃でそっと首を撫でた。
 黒い刃が白い首の上を滑り、血が赤い糸となり首へと巻き付く。

「ならば、この場でこの命、見届けていただきたい」

 小石丸を見つめるヒノデの目は、真実だけを映していた。
 脅かしでも、はったりでもない、決心をした、美しい夜。

 人間たちが息をするのを忘れ、水守の魂止めの声だけが、場に響く。

 血染めの白をまとい、唇を赤く濡らし、両の手で黒刀を首に添えるヒノデは、恐ろしく美しかった。
 死を覚悟した者の威厳で、ヒノデが微笑むと、小石丸があせったように早口になった。
 
「馬鹿な真似をするなっ」
「この子のいない世界で、私は生きられない」

 頑な小石丸の視線が、ゆらゆらと揺れる。

「っお前が死んだところで何になる?」
「あの世で我が子を待つばかり」
「やめなさいヒノデ……ひので」

 小石丸は狼狽え、思わずヒノデへと手を差し伸べた。
 多くの追放者を送った強い手。その差し出された手を見て、ヒノデが無邪気に笑った。
 小石丸の中に、この世でイトムシ二人きりだった時の、弱く愛らしい少女が戻って来る。 
 
 なにも出来ない弱いイトムシ。
 誰の害にも、人の益にもならない、殺す必要のない、殺さなくていい、ただのイトムシ。
 ――殺さなくていい。それだけの理由が、自分を慰めてくれる存在。

「死ぬな、ヒノデ」

 ほとんど懇願するように、小石丸が言った。
 ヒノデが、心の底から残念そうに首を振る。

「私を愛してくださるおじい様、一度だけでも、あの子のことも、愛してくれたらよかったのに」


 ヒノデはそう言うと、黒刀を強く引いた。

「ヒノデっ!!」

 白い上着に血飛沫、ころりと、指が落ちた。



 蒼白な顔をした小石丸は、に目もくれず、ヒノデの首と、黒刀の間に差し入れた手に力を入れ、刃を折った。
 ヒノデの首はつながったまま、小石丸へと向けられた。

「……おじいさまの、ゆびが」
「……」

 ヒノデの上着と小石丸の袖が、彼の血に染まっていく。
 小石丸は自分の行動が理解できないまま、折れた刃を乱暴に投げ、吐き捨てるように言った。

「キイトをわしの庭へ、夜までもたせろ。夜の奥方の加護にゆだねるんだ」
「っ!」

 ヒノデは倒れるように小石丸に抱き付き、自身の血まみれの指を、師の欠けた指にきつく絡めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

処理中です...