婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

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 爽やかな風が吹き抜ける早朝、セリナは書斎の机に向かい、隣に置かれた通信書簡をじっと見つめていた。王都から届けられた最新の報告書には、見慣れない噂話がぎっしりと書き連ねられている。

「リーナ様は優秀ではない」
「あの辺境令嬢の方がよほど有能だ」
「セリナ様の改革案こそが理想的だ」
「王子陛下は、再びセリナ様に心を寄せているらしい」

 マルセルがそっと声をかける。

「令嬢様、このような書簡が幾通も届いております。王都の政界や貴族間で、セリナ様のお名前が頻繁に話題になっているようです」

 セリナは淡い眼差しで手紙の束を抱え、静かに息を吐いた。かつて自分が「冷たい令嬢」と囁かれていた社交界が、今や対照的に持ち上げている。だが、それは王都を離れ、辺境での成果が遠方にも伝わった証でもある。

「……この評価を、村人にも伝えられたらいいわね」

 セリナは優しく微笑み、書簡をまとめて箱へしまうようマルセルに促した。
 午前の巡回を終えた後、セリナは広場に椅子と台を並べ、村人たちを集めた。ティナやレイナ、ロストリルの住民たちが思い思いの席に着き、期待と好奇の入り混じった視線を向けている。

「皆さま、お集まりいただきありがとうございます」

 セリナは深呼吸し、台の上に置いた通信箱を開けた。

「今日は、王都から届いた貴重な情報を皆さまと共有したく思います。ここに、我らが取り組みを評価する声が数多く寄せられております」

 マルセルが用意した短冊を、セリナは一枚ずつ読み上げる。

 「『リーヴェル領の令嬢は、村人の声に耳を傾け、数字だけではない改革を成し遂げた』、『王子陛下の信頼を再び勝ち得た有能な女性』、王都の貴族も、辺境の令嬢を見習うべきだ』。」

 読み上げるたびに、村人たちはどよめき、自然と拍手が起こった。子どもたちも顔を輝かせ、母親たちは誇らしそうに頷いている。

「皆さまのご協力があってこそ、私はこのような評価をいただけました。心より感謝申し上げます」

 セリナの言葉に、子どものひとりが小さく手を挙げた。

「おねえちゃん、本当はすごいお方だったんだね!」

 ティナがにこりと笑い、セリナの手をぎゅっと握る。村人たちも声を合わせるように賛同した。

「これからもっと頼りにしてるよ!」
「領主様、どうか今後ともよろしくお願いいたします」

 その輪の中にいるとき、セリナは胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。昔、王都で誰にも理解されず孤独だった日々が、遠い過去のように霞む瞬間だった。
 午後、セリナはロンデル川沿いの新設された水路を視察していた。先日施工を終えた土木工事は順調に進み、余剰の水を干ばつ地帯へ引き込む仕組みが整いつつある。護衛の騎士たちも、手際よく動く彼女の後ろ姿を頼もしく見守っていた。

「令嬢様、この川の流量は計画通り維持されています。干ばつの恐れはしばらくなさそうです」

 エリアスが地図を示しながら報告する。

「素晴らしいわ。これで来年の播種も安心ね」

 セリナは深く頷いた。辺境での一歩一歩が確実に形となり、遠方の王都でも評価される。その事実は、彼女自身の自信を揺るぎないものへと変えていた。

 そのとき、遠くの丘の上に小さな人影が見えた。馬を駆る使者の一行が、突風に巻かれながら急ぎ足で近づいてくる。

「令嬢様、緊急のご連絡です! 王都より、重大な任務の依頼書が届いております!」

 使者は息を切らしながら報告し、封書をセリナに手渡した。封には王家の紋章が大きく押され、厚みがある。中を開くと、王侯たちの署名が連なり、辺境の動向とセリナの手腕を高く評価するとともに、次なる協力を要請する文面だった。

「……次の任務、ですか……?」

 セリナは文字を追いながら、少し困惑した表情を浮かべた。村の再生と安定を優先したいが、王都からの要望は断りにくい。ジレンマを胸に、彼女は深く息を整える。

「皆さま、この件については一度領地執務会議を開き、慎重に協議したいと思います。ご意見をお聞かせ願えますでしょうか」

 村人たちは驚いた表情を見せつつも、すぐに賛同して声を挙げ始める。

「令嬢様の判断を信じます!」
「村のことを第一に考えてください!」

 暖かい声援が、セリナの胸に力を与えた。遠方からの評価に浮かれるのではなく、自らの目の前にある村人や子どもたちと共に道を選ぶ。それが真の「領主」の姿勢であると、自分自身に言い聞かせる。
 夕暮れ、再び村の広場に戻ったセリナは、通信箱を台の上に置き、見守る村人たちに向かって深くお辞儀をした。

「本日も皆さまのご協力に感謝申し上げます。王都からの依頼は重大ですが、まずはこの村の安全と幸福を最優先にいたします。そのうえで、また新たなご連絡を差し上げますので、今しばらくお待ちください」

 村人たちは声をそろえ、温かい拍手で応えた。子どもたちは笑顔で跳ね回り、レイナやティナはセリナのそばへ寄り添う。
 西の空が茜色に染まり、やがて紫へと移ろうころ。セリナ・リーヴェルは額に浮かぶ汗を拭いながら、暮れゆく村を眺めた。その瞳には、王都と辺境の両方から寄せられる声を受け止める覚悟と、揺るぎない意志が宿っている。

 私は、この地を守り抜く。誰と比べられようとも、私には私の責務がある。
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