婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

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 早朝の光が薄氷を溶かすように、リーヴェル領の大地を穏やかに照らしていた。セリナ・リーヴェルは馬車を降り、持参した望遠鏡を手に村の高台へと登った。眼下に広がるのは、新たに整備された穀倉地帯と、その先に流れる銀色のロンデル川。その景色を眺めながら、彼女は深く息を吸った。辺境の風はひんやりとして、しかし乾いた大地の香りをたたえている。

「今朝は気持ちのよい風だな」

 背後からの声に振り返ると、書記官のマルセルがコートの襟を直しながら微笑んでいた。彼もまた、この領地での変化を目の当たりにし、晴れやかな表情を浮かべている。

「ええ。馬車移動の疲れも吹き飛びます」
 セリナは笑みを返し、ひと息ついてから望遠鏡を覗いた。遠くの丘陵を越え、森の切れ目から一縷の煙のように馬の影が見えた。数名の騎士が列を成し、その先頭にはひときわ威厳ある若者が高い鞍上から周囲を見渡している。

「……あの一団は?」

 マルセルも望遠鏡を手渡されると、慌ただしく視線を動かし始めた。ほどなく、その人物を見つけたように顔を上げる。

 「こちらの若き辺境伯、アレイスター・クロフォード殿下に違いありません」

 セリナは驚きとともに胸が高鳴った。王都での視察以来、彼がこの領地へ再訪する可能性を心に秘めていたが、このタイミングで出会うとは思わなかったからだ。
 視線の向こう、アレイスターは鷹揚な微笑みを浮かべ、馬をゆっくりと進めている。その隣には数名の騎士と文官が控え、整然と隊列を保っていた。辺境伯としての誇りと実直さを体現するかのような姿だった。

「お帰りなさいませ、殿下」

 セリナは馬車の人夫に合図し、急ぎ馬車を高台の拍車場へ向かわせた。マルセルは書類と必要な道具を抱え、並走しながら支度を手伝った。
 馬車が止まると、アレイスターは軽く頷き、セリナの前に馬を寄せた。褐色の軍服は無駄な装飾を排し、黒い革のサドルやブーツは統制のとれた美しさを見せる。

 「セリナ、久しぶりだな」

 鞍の上からのその声音は暖かく、しかし確かな重みがあった。彼の瞳は鋭くもあり、同時にやさしさを湛えている。

「殿下、お越しいただき光栄です」

 セリナは深く礼をし、その傍らに立つメイドや護衛へ指示を出した。その間にも、望遠鏡や地図をしまい、即座に立ち振る舞いを調える。

 「ここは初めてか?」

 アレイスターは馬を歩ませながら尋ねる。彼女は首を振った。

「いいえ。昨夜、資料に基づいて現地を視察し、改善点を確認しました」

 セリナは自信を込めて答えた。アレイスターの視線に、誠実さがにじむ。

「さすがは才媛と呼ばれるだけある。ここから望む谷間は見違えるほど、復興への兆しを感じる」

 彼は馬を停め、鞍の鉄飾を指先で軽く触れた。その仕草ひとつが品位を示し、遠方の山並みを背景に立つ彼の姿は、まるで絵画のように美しかった。

「殿下、この地では多くの改修が進んでおります。農地の再開発、新たな水路の整備、そして村人たちの信頼回復。すべてご協力いただいたおかげです」

 セリナは地図を広げ、中央高原から南部渓谷へ下る水路の経路を指し示した。淡いインクの線は、彼女の手で描いた図面そのままだった。

「確かに、君の提案は理にかなっている」

 アレイスターは地図に目を落とし、唇を緩めた。

「ところで」

 彼は顔を上げ、セリナをじっと見つめる。視線は静かに揺れ、やがてゆるやかな笑みとなった。

 「私は宮廷での噂を聞いている。辺境の令嬢が領地を復興させていると。だが、実際にここへ足を運ばなければ、その苦労と情熱はわからない。君の努力に、改めて敬意を表したい」

 その言葉を聞いたとき、セリナの胸に深い感動が走った。王都での静かな戦いとは違い、ここでの成果を見届ける人物がいる――それだけで、彼女の努力が確かなものになった。

「殿下のお声をいただき、光栄に存じます。しかし、まだ道半ばです。村々にはまだ課題が残り、王都からの期待も大きい。どうか、引き続きご助力いただければ」

 セリナは真摯に頭を下げた。アレイスターは穏やかにうなずき、帽子を外して髪をかき上げた。

「もちろんだ。君の横にいられることが、私にとっても誇りだからな」

 馬上の距離感にもかかわらず、その言葉はセリナの心に深く響いた。穏やかな風が二人の間を吹き抜け、草木がさざめく音が遠くに聞こえた。

「では共に、この領地を豊かにしましょう」

 そう約束し、アレイスターは馬を前へと進めた。セリナもすぐに横の騎士の馬に跨り、並走しながら彼と視線を交わした。
 馬の蹄が地面を打つたびに、辺境の大地が新たな息吹を得るように感じられた。二人は並ぶことで初めて完成するパートナーとして、遠くの山々へと向かって進みはじめた。
 早朝の風に乗って、辺境に新たなる風が吹き渡った。王都からの評価とともに、真の信頼がここに根づこうとしている。

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