お客様はヤの付くご職業・裏

古亜

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「なんでも好きなもん買ったるから、遠慮なく言うんやで?」

ずらりと並ぶ高級ブランド店。私には縁遠いものだと思っていた品々を前にして春斗さんは言った。
恋人としてのデートがしたいからと連れ出されたけど、どうにも自分がこの場に相応しくない気がしてならない。
辺りを歩く人たちはどこかの奥様らしい上品な人や、夜の蝶という言葉が似合いそうな人、明らかに男の方が歳上すぎる組み合わせ、モデルのような体型の美女……などなど。
すれ違いざまに女の人は必ず春斗さんの方を見て、繋がれた手を目で辿るついでにちらりと私の顔も見ていく。不釣り合いだと思われているのがひしひしと伝わってきた。

「大学に行く鞄、これなんてええんちゃうか?使いやすそうやし。財布も揃いであるみたいやな」

何気なく春斗さんが覗き込んだショーケースの中には、上品で使い勝手も良さそうだけど、ただの女子大生が持つにしては身分不相応すぎるものだった。
黒地に細い金の文字で書かれた値段は私の知ってる鞄のものじゃない。ゼロが複数個多い。

「今ので十分使えるので……大丈夫です」
「ほな、こっちの傘とかどうや?もうじき梅雨やしな」
「壊しちゃうといけないので、私はビニール傘で十分です」
「そんなもん楓に使わせるわけないやろ。とりあえず折り畳みも一緒に買うとくか」
「いえいえ、大丈夫ですから」

春斗さんは次から次へとブランド品を勧めてくる。気持ちは伝わってくるのだけど、私が持ってたらおかしいですよね。
せめて1番安いので……と思っても、私の知ってる安いからかけ離れてる。普段4000円くらいのワンピース買うかどうかで悩むのに。
というかそもそもあんまり高級ブランドには興味が……というか抵抗が……

「なんや、緊張しとるんか?」

春斗さんは手に取っていた傘を置いて私の顔を覗き込んだ。
春斗さんという人を知っていても思わず見惚れてしまいそうな整った顔立ち。裏社会とはいえ立場も高くて、こういう人には高級なものも似合うんだろうなと思う。
そんな人がここまで思ってくれているのに、どうして私は心の底から喜ぶことができないんだろう。

「俺も恋人とデートなんて初めてやからな。とりあえず買い物にしてみたんやけど、違う方がよかったか?」
「いえ、その……」

春斗さんは私に喜んで欲しいんだと思う。好意からのものだから、普通は少しくらい嬉しいと感じるはずなのに、私が感じているのは緊張と恐怖、罪悪感だった。
どうして少しも喜べないのか。春斗さんの優しい笑い方を見ると、申し訳なくなって思わず謝りたくなる。

「体調悪いんか?」

心配そうな表情を浮かべて春斗さんは私を見る。それなら帰るかと言われたけれど、帰る場所は一条会のお屋敷だ。私は小さく首を横に振る。

「あの、お手洗い……行ってもいいですか?」

特別行きたいわけじゃないけど、一度1人になって落ち着きたかった。きっと今はお手洗いくらいしか1人になれる場所はない。
春斗さんはそれなら仕方ないとお手洗いに案内してくれた。
私は鏡の前に立って台に両手をつく。そこでようやく強張っていた顔の筋肉が緩むのを感じたけれど、鏡に映った自分の顔は酷いものだった。
思わず漏れたため息は長く、重い。
春斗さんのことが嫌いというわけじゃない。けれど私に向けられる笑顔の裏に、あの日の面影がちらついてしまう。
熱を帯びた獰猛な瞳と、圧倒的な強制力。
その気になれば春斗さんはいつでもあの続きを私にすることができる。
いっそあのときあのまま食べられていたなら、支配されてしまったなら。その方が楽なのかもしれない。

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