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お風呂から上がって部屋に戻ると、いつの間にか布団が用意されていた。時計を見るともう12時近くなっていて、疲れが一気に押し寄せてくる。
けれどどうにもすぐに寝る気にはなれず、私は再びソファーに腰を下ろした。
思わず漏れてきたため息は重い。
目に入ってくる見慣れない光景から目を逸らそうと、私は目を閉じた。
どれくらい時間が経ったんだろう。
部屋の明かりは付けっぱなしだからよくわからないけれど、もしかしてもう朝になったのかな。
薄目を開けて、また閉じた。
眠気はまだ強くて、何かを考える間もなくすぐに眠ることができる気がした。実際に意識は薄れてきて、頭が空っぽになる。
その時だった。膝の裏と腰に圧迫感を感じて私は目を開ける。
「春斗さん……」
すぐ近くに春斗さんの顔があった。お風呂に入ったあとなのか、微かに石鹸の臭いがして髪もまだ湿っていた。
「起こしてまったな。あかんやろ?ちゃんと布団で寝な」
そう言って春斗さんは私をゆっくりと布団の上に腰を下ろした。
春斗さんは私の頭を優しく撫でて、髪の先にそっと口付ける。
霞みがかっていた頭の中がそれで少しずつ晴れてきて、私は身体を震わせながら飛び起きた。
春斗さんと距離を取るようにジリジリと後ろに下がって、布団の端まで移動する。
「そんなに身構えんでも何もせん。言うたやろ。嫌がることはせぇへんって」
困ったように微笑んだ春斗さんは私の目を見つめながら手招きをする。
「……楓?」
ほんの少し低い声と、ゆらりと揺れて底光りする瞳。
優しさのすぐ後ろにあるのは、有無を言わせぬ強制力だった。今従わないと。春斗さんが優しいうちに。
私は布団の上であぐらをかいている春斗さんの方へゆっくりと近づいた。
「ええ子やな」
春斗さんの黒い瞳が細められて、自分の膝の間を示してそこに座るように促した。少しの躊躇いはあったものの、言われた通りにしないとという思いが勝って私は大人しくそこで正座して、春斗さんと向き合った。
嬉しそうに笑いながら、春斗さんはそっと私の髪に触れる。
もう体は震えていなかった。
「ほんま可愛えなぁ。俺は幸せもんやわ」
部屋の中はただ静かで、互いの呼吸音だけでもうるさいくらいだ。
まるで繊細なガラス細工を扱うみたいに春斗さんは私に触れている。それだけ春斗さんは私を大切にしようとしてくれているんだとわかって、私は少しだけ肩の力を抜いた。
こうして大人しくしていればいい。そうしていれば怖くないんだと自分に言い聞かせる。
「結婚しような、楓」
もう決まっているかのように春斗さんは私の手を握る。
その手は温かくて、少し痛いくらいだった。
「……どうして、私なんですか」
私の視線はずるずると落ちていって、春斗さんの顔を見ることはできていない。
どうして私なのか。この人になぜ、ここまでさせてしまったのか。
「好きになったからや。楓だけは俺と対等なとこにおってほしいから、俺だけのもんにしたい。逆に俺も、楓だけのもんになる」
春斗さんは私の顎の下に手を添えて、ゆっくりと私の顔を持ち上げる。
「あの日、楓が俺を助けた日は、俺が人間になれたんや。楓の前でなら、俺は条野の息子でも一条会の会長でもなんでもないただの条野春斗になれる……いや、なりたいんや」
いつの間にか春斗さんの瞳は暗く澄んで、私を映していた。
この人の言葉に嘘はない。
私を思ってくれているというのも、痛いくらいに伝わってきた。きっとずっと大事にしてくれるんだろう。
でも、本当にこれでいいのかな。
思い出すのは昌治さんのことばかり。春斗さんに察せられないように記憶の底に沈めるけど、すぐにまた鮮明に浮かび上がってくる。
「……慣れるまではゆっくりでええ。俺のもんになってくれれば、それで」
春斗さんの目は全てを見透かしているみたいだった。そして春斗さん以外の事は忘れろと言うかのように、髪を撫でられて指先が唇を軽く抑える。
「大好きや、楓」
感情も理性も何もかも飲み込んでしまいそうな黒い瞳に囚われて、もう逃げられないんだとはっきりと自覚した。
けれどどうにもすぐに寝る気にはなれず、私は再びソファーに腰を下ろした。
思わず漏れてきたため息は重い。
目に入ってくる見慣れない光景から目を逸らそうと、私は目を閉じた。
どれくらい時間が経ったんだろう。
部屋の明かりは付けっぱなしだからよくわからないけれど、もしかしてもう朝になったのかな。
薄目を開けて、また閉じた。
眠気はまだ強くて、何かを考える間もなくすぐに眠ることができる気がした。実際に意識は薄れてきて、頭が空っぽになる。
その時だった。膝の裏と腰に圧迫感を感じて私は目を開ける。
「春斗さん……」
すぐ近くに春斗さんの顔があった。お風呂に入ったあとなのか、微かに石鹸の臭いがして髪もまだ湿っていた。
「起こしてまったな。あかんやろ?ちゃんと布団で寝な」
そう言って春斗さんは私をゆっくりと布団の上に腰を下ろした。
春斗さんは私の頭を優しく撫でて、髪の先にそっと口付ける。
霞みがかっていた頭の中がそれで少しずつ晴れてきて、私は身体を震わせながら飛び起きた。
春斗さんと距離を取るようにジリジリと後ろに下がって、布団の端まで移動する。
「そんなに身構えんでも何もせん。言うたやろ。嫌がることはせぇへんって」
困ったように微笑んだ春斗さんは私の目を見つめながら手招きをする。
「……楓?」
ほんの少し低い声と、ゆらりと揺れて底光りする瞳。
優しさのすぐ後ろにあるのは、有無を言わせぬ強制力だった。今従わないと。春斗さんが優しいうちに。
私は布団の上であぐらをかいている春斗さんの方へゆっくりと近づいた。
「ええ子やな」
春斗さんの黒い瞳が細められて、自分の膝の間を示してそこに座るように促した。少しの躊躇いはあったものの、言われた通りにしないとという思いが勝って私は大人しくそこで正座して、春斗さんと向き合った。
嬉しそうに笑いながら、春斗さんはそっと私の髪に触れる。
もう体は震えていなかった。
「ほんま可愛えなぁ。俺は幸せもんやわ」
部屋の中はただ静かで、互いの呼吸音だけでもうるさいくらいだ。
まるで繊細なガラス細工を扱うみたいに春斗さんは私に触れている。それだけ春斗さんは私を大切にしようとしてくれているんだとわかって、私は少しだけ肩の力を抜いた。
こうして大人しくしていればいい。そうしていれば怖くないんだと自分に言い聞かせる。
「結婚しような、楓」
もう決まっているかのように春斗さんは私の手を握る。
その手は温かくて、少し痛いくらいだった。
「……どうして、私なんですか」
私の視線はずるずると落ちていって、春斗さんの顔を見ることはできていない。
どうして私なのか。この人になぜ、ここまでさせてしまったのか。
「好きになったからや。楓だけは俺と対等なとこにおってほしいから、俺だけのもんにしたい。逆に俺も、楓だけのもんになる」
春斗さんは私の顎の下に手を添えて、ゆっくりと私の顔を持ち上げる。
「あの日、楓が俺を助けた日は、俺が人間になれたんや。楓の前でなら、俺は条野の息子でも一条会の会長でもなんでもないただの条野春斗になれる……いや、なりたいんや」
いつの間にか春斗さんの瞳は暗く澄んで、私を映していた。
この人の言葉に嘘はない。
私を思ってくれているというのも、痛いくらいに伝わってきた。きっとずっと大事にしてくれるんだろう。
でも、本当にこれでいいのかな。
思い出すのは昌治さんのことばかり。春斗さんに察せられないように記憶の底に沈めるけど、すぐにまた鮮明に浮かび上がってくる。
「……慣れるまではゆっくりでええ。俺のもんになってくれれば、それで」
春斗さんの目は全てを見透かしているみたいだった。そして春斗さん以外の事は忘れろと言うかのように、髪を撫でられて指先が唇を軽く抑える。
「大好きや、楓」
感情も理性も何もかも飲み込んでしまいそうな黒い瞳に囚われて、もう逃げられないんだとはっきりと自覚した。
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