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第三十四話
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「そんなに見つめられると照れてしまうよ」
「あっ!すみません!なんと言葉を返したらいいのか迷ってしまって…」
目の前で俺の大切なヴィルが口説かれているという不愉快な状況に、表情が崩れない様に歯を食いしばる。普段ならばヴィルに悪い虫が近づいた段階で叩き落とすところだが、今それをしたら、シャロル王子の思惑通りに事が進むことになる。それだけは避けたい。ヴィルが俺以外のものになるなんて許せない。
ヴィルごめん。と心の中でヴィルに謝り、ヴィルへの気持ちが失せた様に装う。そして、わざとカリーノの腰を抱きシャロル王子にみせつける。王子はさっきヴィルの首筋に顔を寄せていたから、俺の匂いが薄くなっていることに気付いているはずだ。約二月の間、ヴィルを抱くことを我慢していた。ヴィルがそれとなく誘ってきても、泣く泣くかわしヴィルに触れないでいたのだ。そのせいでヴィルが欲求不満になってフェロモンを垂れ流したのは誤算だったし、ヴィルが求めてくれているのに応えられないのが何より辛かった。
それに俺がヴィルに代わりカリーノを慈しみ大切にしているとシャロル王子に誤解させなければいけない。そのためにヴィルの目の前でもカリーノと密接しているのだが、その度にヴィルが傷つき辛い顔をさせてしまうことが心苦しい。すぐにでも抱きしめてヴィルを愛してると言ってしまいたくなる。
本来ならヴィルに事情を伝えるべきなのだろうが、ヴィルは良くも悪くもわかりやすいから。聡いシャロル王子を騙し切るためといえど、ヴィルの悲し気な顔を見て心がいたんだ。
* * *
二月前のとある日の昼下がり
「アーシュが俺を呼び出すなんて珍しいじゃん」
レトア卿が父上を丸め込んだ事を分かってすぐに俺は悪友をフィリアス邸に呼び出した。
精悍な顔立ちをしているのに、ひとたび話し出すと人好きな笑顔を浮かべる。この笑顔で何人のご令嬢が堕ちたのだろうか。それに騎士でもないのに鍛え抜かれた体躯は男でも見惚れてしまう。
「バナト商会の会長のお前ならリドールのシャロル王子の側室達の情報を持っていると思ってな」
バナト商会は元々はエステートを商圏にしていた小さな商会だったが代替わりをし、この悪友が会長になった途端に南北に商圏を急拡大した。今やどこの国の王族や貴族にも顔がきく大商会だ。
「あぁ、あのオメガの園の方々ね。まぁ、無いわけじゃないかな。ちなみにどんな情報を知りたいんだ?」
「彼らがリドールに輿入れした経緯が知りたい」
「それなら分かるぞ。でも、いくら親友の頼みでも無料で教えるわけにはいけないなぁ。情報も俺達商人にとっては大切な商売道具だからよぉ」
顎に手をつきこちらを伺い、俺からどんな交渉材料が出てくるのかを様子見している。
「そうだな。金か?爵位か?フィリアス家の権限だと騎士爵までだが」
「うーん。分かっている癖に焦らすねぇ。金は持ってるし権力なんて興味はないって知ってるよな?」
そういうと頭をかくが、そのせいでオールバックにセットされた前髪が少し乱れる。硬そうなストレートの茶髪がハラリと顔にかかる。こいつが、この仕草をする時はイラついているサインだ。多分つぎに来るのは長年片思いしている相手の話しだろう。
「久々にエステートに戻ってきたら、あの人の悪い癖が相変わらずみたいだったからよぉ。流石にもう指を咥えて待っているのは辞めようと思った訳だ。という訳だから、親友の恋路を応援してくれるよな?」
想像通りの流れに眉間に皺がよったので、それを隠す様に指で目頭を揉む。
「またその話か…。何度も言っているが、あいつは辞めておけ。お前が」
諭す様に言い聞かせようとしている途中で、ダンッと大きな音に遮られる。
「説教を聞きにきた訳じゃねぇ。お前の大切なヴィルムをリドールの王子に渡したくないから、俺からリドールの情報を引き出したいんだろ?お前が俺に協力しなければ、俺は話さない。どうする?アーシュ」
初恋の相手があいつ、レトア卿じゃなきゃ悪友の恋路を喜んで応援できるのだが。でも、ヴィルと悪友に悪い虫がつくことを天秤にかけたら、考えるまでもない。
「…分かった。ヴィルム殿下と番になれたら、お前に協力する。だから、リドールのオメガの園について聞きたい」
「そうこなくっちゃなぁ。リドールに娶られたオメガの子達には面白い共通点があるんだ。オメガなら母国からお払い箱になった子かと思えば、その逆で皆、母国では有能な後ろ盾がいる」
「つまり、万一戦争になればオメガを助けるために母国は動くということか」
「そういうこと。オメガの子達との縁談は、全てリドールから持ちかけられたらしいな。でも、今回のヴィルム殿下の件はリドールの重臣達も驚いているみたいだぞ。なんてたって特別待遇だからな。小国の王族をわざわざ王子の誕生日パーティーに招待するなんて今まで無かったのによぉ」
悪友の話を聞き、王子の行動に合点がいった。オメガに限定している理由は分からないが、側室に迎え入れているのは戦争を回避するためだろう。リドールは軍事力で国土を拡大してきた歴史があるが、そのため国内は一枚岩ではない。だからこそ、軍事力に頼るやり方からの脱却のための婚姻外交なのだろう。特別待遇にしてまでヴィルを欲しがったのは、『愛なんて幻想』という言葉を現実にするためといった所か。
でも、王子が欲しいのは、あくまで守ってくれる重臣がいる王族。それなら、それを逆手に取ればいい。
レトア卿からエスコート案を提案された時は正直不服だったが、今回はそれも利用できる。
俺はこの日から、ヴィルから俺の匂いを消すため、ヴィルを抱かずにすごした。
そしてカリーノを気にかけている素振りをするようにした。
ヴィルは絶対誰にも渡さない。それが俺の原動力だった。
「あっ!すみません!なんと言葉を返したらいいのか迷ってしまって…」
目の前で俺の大切なヴィルが口説かれているという不愉快な状況に、表情が崩れない様に歯を食いしばる。普段ならばヴィルに悪い虫が近づいた段階で叩き落とすところだが、今それをしたら、シャロル王子の思惑通りに事が進むことになる。それだけは避けたい。ヴィルが俺以外のものになるなんて許せない。
ヴィルごめん。と心の中でヴィルに謝り、ヴィルへの気持ちが失せた様に装う。そして、わざとカリーノの腰を抱きシャロル王子にみせつける。王子はさっきヴィルの首筋に顔を寄せていたから、俺の匂いが薄くなっていることに気付いているはずだ。約二月の間、ヴィルを抱くことを我慢していた。ヴィルがそれとなく誘ってきても、泣く泣くかわしヴィルに触れないでいたのだ。そのせいでヴィルが欲求不満になってフェロモンを垂れ流したのは誤算だったし、ヴィルが求めてくれているのに応えられないのが何より辛かった。
それに俺がヴィルに代わりカリーノを慈しみ大切にしているとシャロル王子に誤解させなければいけない。そのためにヴィルの目の前でもカリーノと密接しているのだが、その度にヴィルが傷つき辛い顔をさせてしまうことが心苦しい。すぐにでも抱きしめてヴィルを愛してると言ってしまいたくなる。
本来ならヴィルに事情を伝えるべきなのだろうが、ヴィルは良くも悪くもわかりやすいから。聡いシャロル王子を騙し切るためといえど、ヴィルの悲し気な顔を見て心がいたんだ。
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二月前のとある日の昼下がり
「アーシュが俺を呼び出すなんて珍しいじゃん」
レトア卿が父上を丸め込んだ事を分かってすぐに俺は悪友をフィリアス邸に呼び出した。
精悍な顔立ちをしているのに、ひとたび話し出すと人好きな笑顔を浮かべる。この笑顔で何人のご令嬢が堕ちたのだろうか。それに騎士でもないのに鍛え抜かれた体躯は男でも見惚れてしまう。
「バナト商会の会長のお前ならリドールのシャロル王子の側室達の情報を持っていると思ってな」
バナト商会は元々はエステートを商圏にしていた小さな商会だったが代替わりをし、この悪友が会長になった途端に南北に商圏を急拡大した。今やどこの国の王族や貴族にも顔がきく大商会だ。
「あぁ、あのオメガの園の方々ね。まぁ、無いわけじゃないかな。ちなみにどんな情報を知りたいんだ?」
「彼らがリドールに輿入れした経緯が知りたい」
「それなら分かるぞ。でも、いくら親友の頼みでも無料で教えるわけにはいけないなぁ。情報も俺達商人にとっては大切な商売道具だからよぉ」
顎に手をつきこちらを伺い、俺からどんな交渉材料が出てくるのかを様子見している。
「そうだな。金か?爵位か?フィリアス家の権限だと騎士爵までだが」
「うーん。分かっている癖に焦らすねぇ。金は持ってるし権力なんて興味はないって知ってるよな?」
そういうと頭をかくが、そのせいでオールバックにセットされた前髪が少し乱れる。硬そうなストレートの茶髪がハラリと顔にかかる。こいつが、この仕草をする時はイラついているサインだ。多分つぎに来るのは長年片思いしている相手の話しだろう。
「久々にエステートに戻ってきたら、あの人の悪い癖が相変わらずみたいだったからよぉ。流石にもう指を咥えて待っているのは辞めようと思った訳だ。という訳だから、親友の恋路を応援してくれるよな?」
想像通りの流れに眉間に皺がよったので、それを隠す様に指で目頭を揉む。
「またその話か…。何度も言っているが、あいつは辞めておけ。お前が」
諭す様に言い聞かせようとしている途中で、ダンッと大きな音に遮られる。
「説教を聞きにきた訳じゃねぇ。お前の大切なヴィルムをリドールの王子に渡したくないから、俺からリドールの情報を引き出したいんだろ?お前が俺に協力しなければ、俺は話さない。どうする?アーシュ」
初恋の相手があいつ、レトア卿じゃなきゃ悪友の恋路を喜んで応援できるのだが。でも、ヴィルと悪友に悪い虫がつくことを天秤にかけたら、考えるまでもない。
「…分かった。ヴィルム殿下と番になれたら、お前に協力する。だから、リドールのオメガの園について聞きたい」
「そうこなくっちゃなぁ。リドールに娶られたオメガの子達には面白い共通点があるんだ。オメガなら母国からお払い箱になった子かと思えば、その逆で皆、母国では有能な後ろ盾がいる」
「つまり、万一戦争になればオメガを助けるために母国は動くということか」
「そういうこと。オメガの子達との縁談は、全てリドールから持ちかけられたらしいな。でも、今回のヴィルム殿下の件はリドールの重臣達も驚いているみたいだぞ。なんてたって特別待遇だからな。小国の王族をわざわざ王子の誕生日パーティーに招待するなんて今まで無かったのによぉ」
悪友の話を聞き、王子の行動に合点がいった。オメガに限定している理由は分からないが、側室に迎え入れているのは戦争を回避するためだろう。リドールは軍事力で国土を拡大してきた歴史があるが、そのため国内は一枚岩ではない。だからこそ、軍事力に頼るやり方からの脱却のための婚姻外交なのだろう。特別待遇にしてまでヴィルを欲しがったのは、『愛なんて幻想』という言葉を現実にするためといった所か。
でも、王子が欲しいのは、あくまで守ってくれる重臣がいる王族。それなら、それを逆手に取ればいい。
レトア卿からエスコート案を提案された時は正直不服だったが、今回はそれも利用できる。
俺はこの日から、ヴィルから俺の匂いを消すため、ヴィルを抱かずにすごした。
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ヴィルは絶対誰にも渡さない。それが俺の原動力だった。
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