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宮廷よもやま話
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宮廷では新参者であるシルバー家の庶子リリィ(モモ)が西の離宮に住んでいるミモザ王子の気まぐれで側付きとして出仕する話題で持ちきりであった。
「シルバー家はダイアナ王女の即位を望んでいるはず……?リリィ様がどうしてミモザ王子なんかに?」
「ダイアナ王女とミモザ王子。両方にすり寄る気ですわ。狡猾なシルバー家がやりそうなことよ」
「しかし、リリィ殿が哀れだ。せっかく宮廷入りできたのに離宮に出仕とは……」
「陰気で気難しいと評判のミモザ王子がシルバー家の庶子に優しくするはずないわ!お気の毒」
こんな噂が宮廷のあちらこちらで囁かれている。
ミシェルが姿を現すと全員黙るがミモザ王子は過半数の宮廷の貴族連中によく思われていない。
そんな王子のもとに庶子でも弟を出仕させるなんて酷いという批判の矢面にミシェルは立たされる羽目になった。
「私が1番心配しているというのに……」
狡猾なシルバー家の嫡男でも温和で聡明な貴公子と人気者だったミシェルの株が大暴落である。
まさか、モモが自ら志願したとも言えないのでミシェルは何事もないかのように振る舞うしか道がない。
「ミシェル様も苦労してますね」
宮廷での数少ない理解者は久々登場の近衛兵エロシェンコさんだ。
彼はミシェルが無理やりモモをミモザ王子のもとに追いやったわけではないと知っている。
エロシェンコさんはミシェルの宮廷友達でモモの正体も承知している、謂わば恩人である。
そんなエロシェンコさんと話すときだけミシェルは体裁を気にせず気を許せた。
「モモが私を捨ててミモザ王子に乗り替えたら考えると宮廷の噂なんてどうでもよい」
「ミシェル様。私情マルだしですよ?」
「私にエドガーくらいの大胆さがあれば離宮出仕を志願するのだが」
ミシェルのすぐ下の弟エドガーは宮廷にいても全然役に立たず、なにをしでかすか恐いとシルバー家当主クロードからも畏怖され、現在はリンという異母弟の嫁ぎ先である田舎ラン・ヤスミカ領で生活している。
大貴族の次男なので田舎でも生活は保証され、自由にのびのびとニートしている。
本来ならミシェルの片腕となり宮廷で要職につくのがエドガーの役割なのに、そんな面倒なことは軽やかに放棄してラン・ヤスミカ領で優雅に暮らしているのだ。
ミシェルは嫡男なので自分の運命はシルバー家に縛られると覚悟して生きているが、エドガーからの手紙を読んでいると「長男だからって私の人生理不尽では?」と頭によぎってしまう。
だが、弟エドガーには窮屈でしきたりだらけの宮廷より長閑で自由なラン・ヤスミカ領が似合っている。
「リンもエドガーがいて心強いと手紙で書いてきた」
リンの夫ユーリとも仲良くしているそうなのでエドガーが幸せならいいかと納得しかけていたミシェルにエロシェンコが報告した。
「先日、エドガー様より手紙が届きました。弟君であるリン様が暮らす屋敷で働いている執事と恋仲になったそうで」
「なに!?そんな報告、私は受けてない!ユーリ殿とリンの屋敷の執事ってことはシオンか!?いつからそんな間柄に?」
少なくともミシェルとモモが滞在中は2人にそんな気配はまったくなかった。
シオンは痩身で小綺麗な顔立ちの男だが年齢はミシェルより上の28歳のはずだ。
25歳のエドガーより微妙に年長なのはいいとしてお互いに恋をしてる様子なんて微塵も感じなかった。
客人であるエドガーが弟のリンに仕える執事に手を出すのは褒められたことではないとミシェルは心配したがエロシェンコさんが教えてくれた。
「シオン殿というお相手は元は既婚者だったそうで。隣国の貴族だったそうですが親子兄弟喧嘩で母親と兄を刺殺して15歳で斬首寸前に亡命して身元を隠していたそうです。ちょっとキレやすい15歳だったようですね。そんな重すぎる過去にエドガー様はすっかり惚れてしまったそうで!」
シオンが告白したあとに自害を企てるレベルに禁忌にしていた秘密の大罪をナチュラルにエロシェンコにばらす変態エドガーにミシェルはますます頭が痛くなった。
シオンについては出自経歴が不明だったので何かしら秘密があるとミシェルも察していたが15歳で母兄殺して脱獄は予想を遥かにうわまわるヤバさである。
シオンがどんな心理状態で母親と兄を刺殺しようと思ったのかは謎だが、刺殺する前に家族で話し合う、殴りあう、別居するなど、刺殺の他の選択肢はなかったのか?
エドガーの手紙にはシオンが母兄ぶっ殺したという情報しかないので、その犯行にいたった背景が全然わからない。
「エドガーに肝心な箇所を飛ばしてシオンの罪状だけ書くなと厳しく伝えなければ!それ以前に愛する人の次元が違う闇歴史を手紙に書くなと叱らなければ!」
「ミシェル様は本当に弟想いですね。私なら自分の弟が過去に2人殺害してる人と恋仲になったなんて報せてきたらすぐに別れろって速達送ります」
冷静に考えたら15歳で2人殺してる犯罪者に弟が恋をしたら兄として反対するが正当だと思うが、ミシェルだって犯罪コンプリートしているモモを愛妾にしているので偉そうなこと言えない。
間接的な手段を入れればモモだって裏で何人か葬っていると考えた方が妥当だ。
シオンはモモにスカウトされたのだから、その時点で相当にヤバいと覚悟しておくべきなのだ。
「エドガーが恋した相手だ。シオンは優秀な執事で罪を悔いているのならば私は口を出さない」
「それが、手紙にはシオン殿は死別した奥方を忘れられずエドガー様の気持ちには応えないそうです。そういうシチュエーションがエドガー様にツボなようでシオン殿にキスを迫ったら包丁を喉元に突きつけられたそうですよ。シオン殿。基本的にキレやすいですね!」
シオンがキレやすいというよりエドガー執拗に付きまといをしたのだとミシェルは弟の性格を考えて結論づけた。
エドガーという男は澄ましてエロ妄想してるだけの25歳だが、淡白そうで変態で情熱的なのだ。
こういうタイプが1度恋をすると相手が犯罪者だろうが地獄の果てまで追いかけるの必至である。
「エドガーはラン・ヤスミカ家で青春を謳歌しているのか。私やモモ。シンシアやジャンヌ。そして父上も宮廷で仕事してるのに」
青春を謳歌し過ぎてシオンに刺殺されないか心配である。
そんな想いでミシェルがエロシェンコさんと話しているとシルバー家当主クロードがやってきた。
「ミシェル。エロシェンコ殿。2人とも哀愁に満ちた顔でどうした?」
「クロード閣下!エドガー様のことをお話ししておりました。エドガー様はとてもお元気なご様子。このエロシェンコ。ホッとしましたよ!」
「ふむ。エドガーから先日手紙が届いた。ラン・ヤスミカ家に仕える執事と恋仲らしいな。15歳で母御と兄をぶっ殺してる逸材とのこと。そのくらいのファイトがないとエドガーの相手など務まらん」
なんで自分にだけシオン関係の手紙が来ないのかと微妙にへこんだミシェルだが、息子が田舎で極上の犯罪歴がある奴に恋慕してるのに父クロードの反応がユルすぎる。
反対はしなくてもせめて心配しろよと思った。
だが、シルバー家当主クロードはフワッとブッ飛んだことを告げる。
「リンがラン・ヤスミカ家特製の果実酒を送ってきたから飲んだら腹をくだした。最近、便秘だったから助かった。ルドルフ(シルバー家のシェフ)も便秘だって悩んでおったから飲ましたら治った!ミシェルも便秘に困ったら飲んでみろ」
「父上!?それは……リンが下剤を入れた酒を送ってきたのでは?さりげなくルドルフまで道連れにしないでください!」
「ルドルフが感激して食前酒で出したらシンシアとジャンヌもデトックス効果があったと喜んでいたぞ。ローズも朝一番にグラス1杯飲むだけで快便と言っておった。リンに調合の方法を訊きたいくらいだ」
シルバー家の過半数(シェフふくむ)がみんな便秘気味という事実の方がエドガーのシオンへの熱愛より衝撃度が絶大であった。
父上を腹痛にして苦しめる目的で届けた果実酒が他の家族にも飲まれて重宝されてしまうのはリンにも想定外だろう。
ミシェルもリンがどんな調合してそんな腸をスッキリさせる万能薬を作ったのか興味がある。
多少の毒薬飲ませてもシルバー家の人間には整腸剤にしかならない。
狡猾なうえに毒の体制まであるというか無神経ってチートすぎる。
思えば庶子のリンが度々、親父殺すの目的で毒薬を送ってる状況からして異常であり、それを親父が普通に飲んで元気ピンピンなのもおかしい。
「まずはリンに父上に毒薬を送るなと速達出さねば」
「ミシェル様は基本、ご家族に振り回させてますね。さらに愛人の美少年にも」
「そうだな!エロシェンコ殿!ミシェルって美少年好きって以外の特性がない。結果、キャラ薄め、苦労濃いめ、責任重め、みたいな役回りになる!」
天然狡猾親父クロード!
大切な嫡男への評価が家系ラーメンの食券渡すときの注文みたいな言い草になっている!
ミシェルがシルバー家嫡男としての苦労を一身に背負っていたとき西の離宮でモモはミモザ王子の側付きというか話し相手をしていた。
「なるほど。エドガーは翳がある執事に恋をしたか。しかし、身内を2名惨殺の時点でそれは翳ではなくキレやすい15歳ではないか?」
シオンの殺人罪は隣国の事件なので、この国では裁けず罪に問われない。
さらにシオンの実家はとっくに取り潰しで爵位も剥奪されているので闇に葬られている。
不謹慎だがシオンにとっては悲劇でも話を聴いた者によっては、キレる15歳がガチキレしましたで終わるのだ。
「エドガー様のストーカー行為でシオンが3度目の刺殺を実行するとヤバい」
「それならばシオンとやらはとうに実行してるであろう?エドガーは離宮にまで噂が轟くほどの変態と聞いておる。そんな者に1日でもストーカーされたら被害届を出すか殺すかの2択だ」
離宮にこもっていてもミモザ王子は宮廷に出入りする貴族たちの人となりを把握している。
やはり単なる陰気なネガティブ王子ではないなとモモは納得した。
ミモザは貴族たちの評判に反して聡明でユーモアのある不思議な王子だ。
思慮深い性格と鋭敏な知性は王位を継ぐ者としての器が備わっている。
「野心が見えないのが厄介だけどな」
蒼白い顔で健康的ではないが瞳は鋭く光り王子としての威厳があった。
「モモ。ほかに面白くてスベらない話があったら話しておくれ」
「はい。俺の勉強友達だった本当のシルバー家の庶子。リン様の話です。田舎貴族の次男に嫁いだんですが、最近定期的に親父…クロード様に毒薬を届けてて」
「ほぅ。そなたの周辺の人間は高確率で家族殺しているか殺そうとしているな」
「んで!そのリン様の毒薬が下手すぎて、親父殺すどころか便秘治したり、痔を完治させたり、血圧正常にしたり健康促進してるんです!しかも!薬酒の瓶のラベルに(父上殺)って書いてます」
それ、遠回しな親孝行ではないかとミモザ王子のそばに控える従者や護衛は思った。
毒と見せかけて普通に薬酒を届けているだけの多少ツンデレな可愛い庶子なだけと思っていたらモモが最後のオチを告げた。
「試しにミシェルに飲ませてみたら性欲がアップしました。普段以上に盛って何発も出されて、シーツ替える手間ができました」
「見事スベってない話だ!だが、ミシェルは色々とアウトだ。それはリンという弟の薬でなく単にミシェルがたまっていただけではないか?」
「でも、王子。翌朝ミシェルの記憶が綺麗に消えてるんです。俺はめっちゃ腰が痛いのにアイツだけ爽快な顔しててムカついたんで顔面殴りました」
護衛と従者はやっぱリンの薬が劇薬だったのだと心で結論づけた。
ミモザ王子は記憶がないのに愛人に顔面グーパンされても怒らないミシェルは基本マゾ男だなと確信した。
モモを溺愛してる時点でミシェルもキャラ薄めでもあくまでシルバー家基準では薄めなだけで世間的には濃厚な変態である。
ミモザとしては庶子が送ってくる明らかに怪しい薬を律儀に飲んで健康維持しているシルバー家当主クロードはやはり侮れぬと思っていた。
そして、ラン・ヤスミカ家では自分の過去の大罪が変態エドガーに拡散されたとは知らないシオンが薪割り中に執拗に付きまとうエドガーに対して斧をふりかぶりユーリが全力で阻止している最中であった。
シオンは根本的にはキレやすい性格であると結論が出る。
15歳当時の犯行でも妻子毒殺されたあと、主犯の母兄を訴えるなどの正規の手段を飛び越え、秒で刺殺なのでキレキャラなことに間違いはない。
そのキレキャラが薪でなくエドガーを割らないことを祈りつつ今回は筆をおこうと思う。
end
「シルバー家はダイアナ王女の即位を望んでいるはず……?リリィ様がどうしてミモザ王子なんかに?」
「ダイアナ王女とミモザ王子。両方にすり寄る気ですわ。狡猾なシルバー家がやりそうなことよ」
「しかし、リリィ殿が哀れだ。せっかく宮廷入りできたのに離宮に出仕とは……」
「陰気で気難しいと評判のミモザ王子がシルバー家の庶子に優しくするはずないわ!お気の毒」
こんな噂が宮廷のあちらこちらで囁かれている。
ミシェルが姿を現すと全員黙るがミモザ王子は過半数の宮廷の貴族連中によく思われていない。
そんな王子のもとに庶子でも弟を出仕させるなんて酷いという批判の矢面にミシェルは立たされる羽目になった。
「私が1番心配しているというのに……」
狡猾なシルバー家の嫡男でも温和で聡明な貴公子と人気者だったミシェルの株が大暴落である。
まさか、モモが自ら志願したとも言えないのでミシェルは何事もないかのように振る舞うしか道がない。
「ミシェル様も苦労してますね」
宮廷での数少ない理解者は久々登場の近衛兵エロシェンコさんだ。
彼はミシェルが無理やりモモをミモザ王子のもとに追いやったわけではないと知っている。
エロシェンコさんはミシェルの宮廷友達でモモの正体も承知している、謂わば恩人である。
そんなエロシェンコさんと話すときだけミシェルは体裁を気にせず気を許せた。
「モモが私を捨ててミモザ王子に乗り替えたら考えると宮廷の噂なんてどうでもよい」
「ミシェル様。私情マルだしですよ?」
「私にエドガーくらいの大胆さがあれば離宮出仕を志願するのだが」
ミシェルのすぐ下の弟エドガーは宮廷にいても全然役に立たず、なにをしでかすか恐いとシルバー家当主クロードからも畏怖され、現在はリンという異母弟の嫁ぎ先である田舎ラン・ヤスミカ領で生活している。
大貴族の次男なので田舎でも生活は保証され、自由にのびのびとニートしている。
本来ならミシェルの片腕となり宮廷で要職につくのがエドガーの役割なのに、そんな面倒なことは軽やかに放棄してラン・ヤスミカ領で優雅に暮らしているのだ。
ミシェルは嫡男なので自分の運命はシルバー家に縛られると覚悟して生きているが、エドガーからの手紙を読んでいると「長男だからって私の人生理不尽では?」と頭によぎってしまう。
だが、弟エドガーには窮屈でしきたりだらけの宮廷より長閑で自由なラン・ヤスミカ領が似合っている。
「リンもエドガーがいて心強いと手紙で書いてきた」
リンの夫ユーリとも仲良くしているそうなのでエドガーが幸せならいいかと納得しかけていたミシェルにエロシェンコが報告した。
「先日、エドガー様より手紙が届きました。弟君であるリン様が暮らす屋敷で働いている執事と恋仲になったそうで」
「なに!?そんな報告、私は受けてない!ユーリ殿とリンの屋敷の執事ってことはシオンか!?いつからそんな間柄に?」
少なくともミシェルとモモが滞在中は2人にそんな気配はまったくなかった。
シオンは痩身で小綺麗な顔立ちの男だが年齢はミシェルより上の28歳のはずだ。
25歳のエドガーより微妙に年長なのはいいとしてお互いに恋をしてる様子なんて微塵も感じなかった。
客人であるエドガーが弟のリンに仕える執事に手を出すのは褒められたことではないとミシェルは心配したがエロシェンコさんが教えてくれた。
「シオン殿というお相手は元は既婚者だったそうで。隣国の貴族だったそうですが親子兄弟喧嘩で母親と兄を刺殺して15歳で斬首寸前に亡命して身元を隠していたそうです。ちょっとキレやすい15歳だったようですね。そんな重すぎる過去にエドガー様はすっかり惚れてしまったそうで!」
シオンが告白したあとに自害を企てるレベルに禁忌にしていた秘密の大罪をナチュラルにエロシェンコにばらす変態エドガーにミシェルはますます頭が痛くなった。
シオンについては出自経歴が不明だったので何かしら秘密があるとミシェルも察していたが15歳で母兄殺して脱獄は予想を遥かにうわまわるヤバさである。
シオンがどんな心理状態で母親と兄を刺殺しようと思ったのかは謎だが、刺殺する前に家族で話し合う、殴りあう、別居するなど、刺殺の他の選択肢はなかったのか?
エドガーの手紙にはシオンが母兄ぶっ殺したという情報しかないので、その犯行にいたった背景が全然わからない。
「エドガーに肝心な箇所を飛ばしてシオンの罪状だけ書くなと厳しく伝えなければ!それ以前に愛する人の次元が違う闇歴史を手紙に書くなと叱らなければ!」
「ミシェル様は本当に弟想いですね。私なら自分の弟が過去に2人殺害してる人と恋仲になったなんて報せてきたらすぐに別れろって速達送ります」
冷静に考えたら15歳で2人殺してる犯罪者に弟が恋をしたら兄として反対するが正当だと思うが、ミシェルだって犯罪コンプリートしているモモを愛妾にしているので偉そうなこと言えない。
間接的な手段を入れればモモだって裏で何人か葬っていると考えた方が妥当だ。
シオンはモモにスカウトされたのだから、その時点で相当にヤバいと覚悟しておくべきなのだ。
「エドガーが恋した相手だ。シオンは優秀な執事で罪を悔いているのならば私は口を出さない」
「それが、手紙にはシオン殿は死別した奥方を忘れられずエドガー様の気持ちには応えないそうです。そういうシチュエーションがエドガー様にツボなようでシオン殿にキスを迫ったら包丁を喉元に突きつけられたそうですよ。シオン殿。基本的にキレやすいですね!」
シオンがキレやすいというよりエドガー執拗に付きまといをしたのだとミシェルは弟の性格を考えて結論づけた。
エドガーという男は澄ましてエロ妄想してるだけの25歳だが、淡白そうで変態で情熱的なのだ。
こういうタイプが1度恋をすると相手が犯罪者だろうが地獄の果てまで追いかけるの必至である。
「エドガーはラン・ヤスミカ家で青春を謳歌しているのか。私やモモ。シンシアやジャンヌ。そして父上も宮廷で仕事してるのに」
青春を謳歌し過ぎてシオンに刺殺されないか心配である。
そんな想いでミシェルがエロシェンコさんと話しているとシルバー家当主クロードがやってきた。
「ミシェル。エロシェンコ殿。2人とも哀愁に満ちた顔でどうした?」
「クロード閣下!エドガー様のことをお話ししておりました。エドガー様はとてもお元気なご様子。このエロシェンコ。ホッとしましたよ!」
「ふむ。エドガーから先日手紙が届いた。ラン・ヤスミカ家に仕える執事と恋仲らしいな。15歳で母御と兄をぶっ殺してる逸材とのこと。そのくらいのファイトがないとエドガーの相手など務まらん」
なんで自分にだけシオン関係の手紙が来ないのかと微妙にへこんだミシェルだが、息子が田舎で極上の犯罪歴がある奴に恋慕してるのに父クロードの反応がユルすぎる。
反対はしなくてもせめて心配しろよと思った。
だが、シルバー家当主クロードはフワッとブッ飛んだことを告げる。
「リンがラン・ヤスミカ家特製の果実酒を送ってきたから飲んだら腹をくだした。最近、便秘だったから助かった。ルドルフ(シルバー家のシェフ)も便秘だって悩んでおったから飲ましたら治った!ミシェルも便秘に困ったら飲んでみろ」
「父上!?それは……リンが下剤を入れた酒を送ってきたのでは?さりげなくルドルフまで道連れにしないでください!」
「ルドルフが感激して食前酒で出したらシンシアとジャンヌもデトックス効果があったと喜んでいたぞ。ローズも朝一番にグラス1杯飲むだけで快便と言っておった。リンに調合の方法を訊きたいくらいだ」
シルバー家の過半数(シェフふくむ)がみんな便秘気味という事実の方がエドガーのシオンへの熱愛より衝撃度が絶大であった。
父上を腹痛にして苦しめる目的で届けた果実酒が他の家族にも飲まれて重宝されてしまうのはリンにも想定外だろう。
ミシェルもリンがどんな調合してそんな腸をスッキリさせる万能薬を作ったのか興味がある。
多少の毒薬飲ませてもシルバー家の人間には整腸剤にしかならない。
狡猾なうえに毒の体制まであるというか無神経ってチートすぎる。
思えば庶子のリンが度々、親父殺すの目的で毒薬を送ってる状況からして異常であり、それを親父が普通に飲んで元気ピンピンなのもおかしい。
「まずはリンに父上に毒薬を送るなと速達出さねば」
「ミシェル様は基本、ご家族に振り回させてますね。さらに愛人の美少年にも」
「そうだな!エロシェンコ殿!ミシェルって美少年好きって以外の特性がない。結果、キャラ薄め、苦労濃いめ、責任重め、みたいな役回りになる!」
天然狡猾親父クロード!
大切な嫡男への評価が家系ラーメンの食券渡すときの注文みたいな言い草になっている!
ミシェルがシルバー家嫡男としての苦労を一身に背負っていたとき西の離宮でモモはミモザ王子の側付きというか話し相手をしていた。
「なるほど。エドガーは翳がある執事に恋をしたか。しかし、身内を2名惨殺の時点でそれは翳ではなくキレやすい15歳ではないか?」
シオンの殺人罪は隣国の事件なので、この国では裁けず罪に問われない。
さらにシオンの実家はとっくに取り潰しで爵位も剥奪されているので闇に葬られている。
不謹慎だがシオンにとっては悲劇でも話を聴いた者によっては、キレる15歳がガチキレしましたで終わるのだ。
「エドガー様のストーカー行為でシオンが3度目の刺殺を実行するとヤバい」
「それならばシオンとやらはとうに実行してるであろう?エドガーは離宮にまで噂が轟くほどの変態と聞いておる。そんな者に1日でもストーカーされたら被害届を出すか殺すかの2択だ」
離宮にこもっていてもミモザ王子は宮廷に出入りする貴族たちの人となりを把握している。
やはり単なる陰気なネガティブ王子ではないなとモモは納得した。
ミモザは貴族たちの評判に反して聡明でユーモアのある不思議な王子だ。
思慮深い性格と鋭敏な知性は王位を継ぐ者としての器が備わっている。
「野心が見えないのが厄介だけどな」
蒼白い顔で健康的ではないが瞳は鋭く光り王子としての威厳があった。
「モモ。ほかに面白くてスベらない話があったら話しておくれ」
「はい。俺の勉強友達だった本当のシルバー家の庶子。リン様の話です。田舎貴族の次男に嫁いだんですが、最近定期的に親父…クロード様に毒薬を届けてて」
「ほぅ。そなたの周辺の人間は高確率で家族殺しているか殺そうとしているな」
「んで!そのリン様の毒薬が下手すぎて、親父殺すどころか便秘治したり、痔を完治させたり、血圧正常にしたり健康促進してるんです!しかも!薬酒の瓶のラベルに(父上殺)って書いてます」
それ、遠回しな親孝行ではないかとミモザ王子のそばに控える従者や護衛は思った。
毒と見せかけて普通に薬酒を届けているだけの多少ツンデレな可愛い庶子なだけと思っていたらモモが最後のオチを告げた。
「試しにミシェルに飲ませてみたら性欲がアップしました。普段以上に盛って何発も出されて、シーツ替える手間ができました」
「見事スベってない話だ!だが、ミシェルは色々とアウトだ。それはリンという弟の薬でなく単にミシェルがたまっていただけではないか?」
「でも、王子。翌朝ミシェルの記憶が綺麗に消えてるんです。俺はめっちゃ腰が痛いのにアイツだけ爽快な顔しててムカついたんで顔面殴りました」
護衛と従者はやっぱリンの薬が劇薬だったのだと心で結論づけた。
ミモザ王子は記憶がないのに愛人に顔面グーパンされても怒らないミシェルは基本マゾ男だなと確信した。
モモを溺愛してる時点でミシェルもキャラ薄めでもあくまでシルバー家基準では薄めなだけで世間的には濃厚な変態である。
ミモザとしては庶子が送ってくる明らかに怪しい薬を律儀に飲んで健康維持しているシルバー家当主クロードはやはり侮れぬと思っていた。
そして、ラン・ヤスミカ家では自分の過去の大罪が変態エドガーに拡散されたとは知らないシオンが薪割り中に執拗に付きまとうエドガーに対して斧をふりかぶりユーリが全力で阻止している最中であった。
シオンは根本的にはキレやすい性格であると結論が出る。
15歳当時の犯行でも妻子毒殺されたあと、主犯の母兄を訴えるなどの正規の手段を飛び越え、秒で刺殺なのでキレキャラなことに間違いはない。
そのキレキャラが薪でなくエドガーを割らないことを祈りつつ今回は筆をおこうと思う。
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日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
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