58 / 76
エクソシスト再び!
しおりを挟む
ラン・ヤスミカ家別邸で1番多忙なのはユーリでもリンでもなく執事のシオンだという事実は屋敷の人間全員が理解するところではある。
使用人が少ないラン・ヤスミカ家だが別邸はさらに少なくてシオンを含めて3人体制だ。
なのでシオンの仕事は単に屋敷の主人のサポートだけでおさまらず本来の執事ならば絶対にやらない業務もする必要が出てくる。
「よし!今日は2階の廊下の床磨きと玄関掃除と庭木の手入れをする!エドガーは邪魔!引っ込んでろ」
シオンが早速仕事に取りかかろうとするのを見ながらエドガーは澄ました顔で言った。
「ひとりでは大変であろう?ダンテとモリスはいないのか?」
ダンテとモリスとはシオンと同じく別邸で働く下働きである。
「ダンテとモリスには買い出しを頼んでいる。別邸と本邸の分の備品や消耗品を買うから時間がかかる」
「そんな極端に労働力がいない日に大仕事をする必要はない。仕事を減らしてはどうか?」
たしかにシオンだけで床磨きから玄関掃除に庭木の手入れまで限られた時間でするのはいくらなんでもマルチタスクが過ぎる。
これ以外にもシオンはラン・ヤスミカ家別邸の厨房も任されているので明らかにオーバーワークであった。
エドガーが心配するのはもっともだがシオンは比較的に仕事に集中するのが好きなタイプである。
「仕事が多い方が余計なことを考えなくてすむ」
「それは無理をしていると同じだ。身体を壊すから仕事量を減らした方がよい。それか助っ人を呼べ」
ここまでの会話でお気付きだろうがハードワークをしようとしているシオンに対してエドガーは一言も「手伝う」とは言っていない。
大貴族シルバー家に生まれたエドガーには自分で屋敷を掃除などする発想がそもそもないのだ。
黙っていれば誰かがやってくれる。
上げ膳据え膳の生活が当たり前なので、シオンを心配していても手伝おうという思考にはいかない。
シオンもまたエドガーが仮に手伝っても絶対に足手まといなのでそんなことを求めなかった。
「ほら!さっさと始めるからどっか行け!紅茶が飲みたいなら声をかけてくれていい」
それだけ言うとシオンはさっさと床磨きする体制になってしまった。
邪魔者にされたエドガーはしばらくはシオンの仕事する様子を眺めていたが、不意にそばを離れて階下に去っていった。
「やっと消えたか……。動線に立たれていて邪魔だった」
早く終わらせて次は玄関掃除をしなければとシオンは計画的に仕事を進めていた。
一方のエドガーは食堂で読書をしていたが、シオンが気になり落ち着かない。
大好きなエロ小説に集中できないのでボンヤリしていたら、領地の散策が終わったモモとミモザ王子が姿を現した。
「エドガー。ボンヤリして……また破廉恥な妄想を膨らませ遊んでおるのか?」
エドガーがイケメン顔で黙っているときはエロ妄想をしているがミモザ王子の認識である。
「妄想の邪魔ならば僕とモモは部屋に退散するが?」
「ミモザ王子!?そこまでしてエドガー様のエロ妄想を優先してあげるのですか?その妄想に生産性は皆無ですよ!?」
「モモ。太陽がなければ生物が生きられぬと同様に破廉恥な妄想をしないとエドガーは生きられぬ。そのくらい重要な問題だ」
たとえに太陽をだすレベルにエドガーのエロ妄想を擁護するミモザ王子だが、当のエドガーが首をふった。
「違います。破廉恥な妄想が浮かばず悩んでいるところで……」
このエドガーの発言にミモザ王子とモモは咄嗟に顔を見合わせた。
「モモ!隣の領地のエクソシストを連れて来ておくれ。エドガーが破廉恥な妄想を楽しまず悩むなど悪魔の仕業だ!」
「た、たしかに!俺が記憶している限りでもこんなことはなかったです!ちょっと、ひとっ走りエクソシストをレンタルしてきます!」
ミモザ王子はそこまで迷信深くないが、エドガーからエロ妄想が消失したのを悪魔の仕業と考えるくらいには迷信深い。
本当にモモが隣のシーモア家の領地まで行ってしまったがエドガーは何も言わなかった。
残されたミモザ王子は憂いのある表情で黙っているエドガーにそっと声をかけた。
「破廉恥な妄想をせず、なにを夢想していた?答えられるなら答えてみよ」
「……シオンのことです。必要以上に働き平気だと強がる。私が付きまとってもシオンが過去の亡霊から解放されることはない」
それは仕方がないにしても寂しいものですとエドガーは淡々と口にする。
ミモザ王子は静かにエドガーの話を聴くと少し息を吐いた。
「エドガー……。過去と決別せず生きる道を選んだのはシオンだ。そういう者を愛したのなら気が済むまで見守ってやるしか方法はない」
「はい。私はシオンに過去を忘れてほしい訳ではない。無理をしないでほしいだけです」
その想いは充分シオンに伝わっているとミモザ王子が口を開きかけた直後、噂のシオンが階段から降りてきた。
シオンはミモザ王子を見つけると礼儀正しく頭を下げた。
「玄関を掃除したらご昼食を用意します。少しお待ちください」
「シオン。先程からエドガーがそなたを心配しておる。仕事を止めはしないが無理はしないでおくれ」
「ありがとうございます。これくらいは平気ですので」
そのままシオンが去ろうとした瞬間であった。
「エクソシストを連れてきた!おい!エクソシスト!あの金髪の澄ました顔のイケメンに悪魔が憑いた疑惑がある!エロ妄想をしないんだ!」
説明が意味不明すぎるがモモは本気だ。
しかし、モモの理解に苦しむ説明をエクソシストはまったく聞いていなかった。
彼はキョトンとした顔で立ち尽くしているシオンを凝視している。
なにやらおかしな雰囲気になったとモモが察する前にエクソシストはシオンを見ながら号泣しだした。
「イリス様!アンバー・ライラック伯爵の若君!?生きていたのですね!」
隠している本名で呼ばれてシオンは仰天して鳶色の瞳を大きく見開いた。
「ひ!人違いだ!俺はシオン!ラン・ヤスミカ家の執事!貴族ではない!」
慌てて誤魔化そうとするシオンに向かってエクソシストは泣きながら首を横にふった。
「嘘です!私はイリス若様の屋敷の下男でした!あなた様のお顔を忘れるはずがございません!」
このエクソシストの告白にモモは「ん?」と疑問を抱いた。
「シーモア殿からお前は元占い師でジョブチェンしてエクソシストになったと聞いたけど?」
「はい!それは真です。アンバー・ライラック伯爵家がなくなった後に趣味の占いを本業にして、それからエクソシストなので!」
経歴詐称はしていないが、シオンにとっては厄介な人物と再会してしまった。
自分の凶行が原因で御家の爵位を剥奪されたことは妻子を失った件と同様にシオンを苦しめている。
御家が潰れたので奉公人たちを路頭に迷わせたのだ。
「もう……イリス・アンバー・ライラックなんてガキはいない!そいつは母兄殺しで斬首された。俺はシオンだ。そういうことにしてくれ」
たのむから騒がずソッとしておいてほしい、とエクソシストにシオンが頼み込むと、エクソシストは意外なことを告げた。
「イリス様のご生家ですが別の貴族が移り住んだと思ったらすぐに病で亡くなりました。その次も……さらに次の持ち主も」
「そうか。俺が事件を起こしたから……。母上と兄上の亡霊でも出るのかな」
シオンがつらそうに呟くとエクソシストは違うとハッキリ否定した。
「これは最初に移り住んだ貴族が言っていたらしいですが。アンバー・ライラック伯爵家の斬首された若君の亡霊が屋敷を夜中歩いている。首なし姿で……。恐ろしくて今では無人だそうです」
「は?俺は斬首寸前に助かったのに変だろ?」
シオンが唖然とすると様子を見ていたエドガーがポツリと言ってのけた。
「思い込みだ。当時15歳の少年が非業の死を遂げたと噂される屋敷に暮らせば神経質な者はそうなる」
「それか!罪悪感だな。シオンの御家の没落にひと役買った者ならば幻を視ても不思議ではない」
ミモザ王子の言葉にモモはたしかにと納得したが、困ったのはエクソシストをどう口止めするかだ。
「エクソシスト!口止め料なら金貨を渡す。その代わりシオンの存在は他言無用。ばらしたら命の保証はねーからな!」
鋭くモモが睨むとエクソシストは怖がる様子もなく頷くと金貨は要らないと申し出た。
「こうしてイリス様……いえ!シオン様のご無事がわかってなによりでございます。あの、ついでに暇なのでお仕事を手伝いますよ。玄関掃除と庭木も少々荒れてましたね?」
エクソシストは暇潰しにシオンのハードスケジュールを手伝ってくれた。
お陰でシオンの仕事は減ったが、モモがレンタルしてきたエクソシストは隣の領地の者なので雑用させて良いのか心配していたら、その隣領地の領主の嫡男シーモアが訪ねてきた。
「失礼いたす。ラン・ヤスミカ領で悪魔憑きが出たと聞いたので見学に来た。もう悪魔払いは終わったのかな?」
シーモアがキョロキョロしているとエクソシストは真っ直ぐにエドガーを見ながら言った。
「シーモア様。この美しい金髪のイケメンはエロエロの悪魔を調伏して使役しております!私には祓えませなんだ」
「そ、そうか……!シルバー家のご子息がエロエロの悪魔を使役!名門貴族は悪魔をも使役してしまうとは!?おそれいった!」
エロエロの悪魔を使役していることにされてしまったエドガーは澄ました顔でシオンが淹れた紅茶を飲んでいる。
シーモアとエクソシストが帰るときシオンは見送りに出たが、タイミングよくユーリとリンが屋敷に戻ってきた。
「あれ?シーモア殿!来ていたのか!?すまない。留守にしていて!」
「ユーリと2人で遠乗りに出掛けていて!見張り塔を視察していたら遅くなりました!」
不在を詫びるユーリとリンに対してシーモアは鷹揚に笑うとこう告げた。
「うちのエクソシストが悪魔払いに成功したので自慢したくてな!なに!大した用ではない。こちらこそ急にすまぬ!」
そう言ってシーモアはエクソシストを従えて帰路に着いた。
「エクソシストが悪魔払いに成功って結構大事だよな?」
「はい。どなたが悪魔に憑かれてたのか気になります」
ユーリとリンが話していたそばでシオンは心で確信していた。
あの元下男のエクソシストはエドガーで誤魔化したが本当に悪魔に取り憑かれているのはシオンであると見抜いていた。
「後悔と怨念の悪魔に憑かれたのか。15歳の頃からずっと……」
その悪魔は死ぬまで自分を苦しめるだろうとシオンは自嘲するように微笑んだ。
だが、いつもそばにエドガーが付きまとってくれるようになってからその苦しみは軽減されている。
エドガーこそがシオンの消えない心の傷という悪魔を癒すことができる天使なのかもしれない。
そんなことを思いながらシオンはユーリとリンのための紅茶を用意するため早足で立ち去った。
その後をすかさずエドガーが追いかけるのを見てミモザ王子はモモに囁いたのだ。
「エドガーは安易に天使や悪魔などにくくれぬ。あれは言うなれば神の部類だ」
「たしかに!すべてが善くも悪くも常人離れしている。もうエドガー様はエロ神と認識した方がしっくり来ますね」
こうしてミモザ王子とモモのなかでエドガー・イリス・シルバーの評価はちょっと残念なイケメン貴公子ではなく紛れもない【神】として破格のランクアップを遂げたのである。
ちなみにエクソシストは暇なので主人シーモアの許可をとって通いでラン・ヤスミカ家別邸で雑用をするようになった。
実はこのエクソシストがシオンの命を助けたも同然であった。
斬首を執行する処刑人はシオンを憐れんで逃がした訳ではまったくなかった。
処刑人がエクソシストに恋愛運を占ってもらった結果、シオンを斬首すると恋人と別れる羽目になると出たので処刑しなかった。
もちろん、これは真っ赤な嘘でエクソシストがシオンを救える一縷の希望として吐いた虚言である。
処刑人は斬首の執行より恋人を選んだのでシオンの命は助かった。
「生きたことでシオンは苦しみを背負うことになったが人生とはどこかで救いもある」
ミモザ王子は淡く笑いながら仕事をするシオンに付きまとうエドガーを眺めながら呟いた。
邪魔だと怒りながらもエドガーを見ているシオンは後悔と怨念を背負いながらも、けして不幸には映らない。
「まあ!シオンは基本が薄幸だからな!」
人間よりか神に近いエドガーをその薄幸さで引き寄せたシオンも、やはり只者ではないとモモは思い知った。
end
使用人が少ないラン・ヤスミカ家だが別邸はさらに少なくてシオンを含めて3人体制だ。
なのでシオンの仕事は単に屋敷の主人のサポートだけでおさまらず本来の執事ならば絶対にやらない業務もする必要が出てくる。
「よし!今日は2階の廊下の床磨きと玄関掃除と庭木の手入れをする!エドガーは邪魔!引っ込んでろ」
シオンが早速仕事に取りかかろうとするのを見ながらエドガーは澄ました顔で言った。
「ひとりでは大変であろう?ダンテとモリスはいないのか?」
ダンテとモリスとはシオンと同じく別邸で働く下働きである。
「ダンテとモリスには買い出しを頼んでいる。別邸と本邸の分の備品や消耗品を買うから時間がかかる」
「そんな極端に労働力がいない日に大仕事をする必要はない。仕事を減らしてはどうか?」
たしかにシオンだけで床磨きから玄関掃除に庭木の手入れまで限られた時間でするのはいくらなんでもマルチタスクが過ぎる。
これ以外にもシオンはラン・ヤスミカ家別邸の厨房も任されているので明らかにオーバーワークであった。
エドガーが心配するのはもっともだがシオンは比較的に仕事に集中するのが好きなタイプである。
「仕事が多い方が余計なことを考えなくてすむ」
「それは無理をしていると同じだ。身体を壊すから仕事量を減らした方がよい。それか助っ人を呼べ」
ここまでの会話でお気付きだろうがハードワークをしようとしているシオンに対してエドガーは一言も「手伝う」とは言っていない。
大貴族シルバー家に生まれたエドガーには自分で屋敷を掃除などする発想がそもそもないのだ。
黙っていれば誰かがやってくれる。
上げ膳据え膳の生活が当たり前なので、シオンを心配していても手伝おうという思考にはいかない。
シオンもまたエドガーが仮に手伝っても絶対に足手まといなのでそんなことを求めなかった。
「ほら!さっさと始めるからどっか行け!紅茶が飲みたいなら声をかけてくれていい」
それだけ言うとシオンはさっさと床磨きする体制になってしまった。
邪魔者にされたエドガーはしばらくはシオンの仕事する様子を眺めていたが、不意にそばを離れて階下に去っていった。
「やっと消えたか……。動線に立たれていて邪魔だった」
早く終わらせて次は玄関掃除をしなければとシオンは計画的に仕事を進めていた。
一方のエドガーは食堂で読書をしていたが、シオンが気になり落ち着かない。
大好きなエロ小説に集中できないのでボンヤリしていたら、領地の散策が終わったモモとミモザ王子が姿を現した。
「エドガー。ボンヤリして……また破廉恥な妄想を膨らませ遊んでおるのか?」
エドガーがイケメン顔で黙っているときはエロ妄想をしているがミモザ王子の認識である。
「妄想の邪魔ならば僕とモモは部屋に退散するが?」
「ミモザ王子!?そこまでしてエドガー様のエロ妄想を優先してあげるのですか?その妄想に生産性は皆無ですよ!?」
「モモ。太陽がなければ生物が生きられぬと同様に破廉恥な妄想をしないとエドガーは生きられぬ。そのくらい重要な問題だ」
たとえに太陽をだすレベルにエドガーのエロ妄想を擁護するミモザ王子だが、当のエドガーが首をふった。
「違います。破廉恥な妄想が浮かばず悩んでいるところで……」
このエドガーの発言にミモザ王子とモモは咄嗟に顔を見合わせた。
「モモ!隣の領地のエクソシストを連れて来ておくれ。エドガーが破廉恥な妄想を楽しまず悩むなど悪魔の仕業だ!」
「た、たしかに!俺が記憶している限りでもこんなことはなかったです!ちょっと、ひとっ走りエクソシストをレンタルしてきます!」
ミモザ王子はそこまで迷信深くないが、エドガーからエロ妄想が消失したのを悪魔の仕業と考えるくらいには迷信深い。
本当にモモが隣のシーモア家の領地まで行ってしまったがエドガーは何も言わなかった。
残されたミモザ王子は憂いのある表情で黙っているエドガーにそっと声をかけた。
「破廉恥な妄想をせず、なにを夢想していた?答えられるなら答えてみよ」
「……シオンのことです。必要以上に働き平気だと強がる。私が付きまとってもシオンが過去の亡霊から解放されることはない」
それは仕方がないにしても寂しいものですとエドガーは淡々と口にする。
ミモザ王子は静かにエドガーの話を聴くと少し息を吐いた。
「エドガー……。過去と決別せず生きる道を選んだのはシオンだ。そういう者を愛したのなら気が済むまで見守ってやるしか方法はない」
「はい。私はシオンに過去を忘れてほしい訳ではない。無理をしないでほしいだけです」
その想いは充分シオンに伝わっているとミモザ王子が口を開きかけた直後、噂のシオンが階段から降りてきた。
シオンはミモザ王子を見つけると礼儀正しく頭を下げた。
「玄関を掃除したらご昼食を用意します。少しお待ちください」
「シオン。先程からエドガーがそなたを心配しておる。仕事を止めはしないが無理はしないでおくれ」
「ありがとうございます。これくらいは平気ですので」
そのままシオンが去ろうとした瞬間であった。
「エクソシストを連れてきた!おい!エクソシスト!あの金髪の澄ました顔のイケメンに悪魔が憑いた疑惑がある!エロ妄想をしないんだ!」
説明が意味不明すぎるがモモは本気だ。
しかし、モモの理解に苦しむ説明をエクソシストはまったく聞いていなかった。
彼はキョトンとした顔で立ち尽くしているシオンを凝視している。
なにやらおかしな雰囲気になったとモモが察する前にエクソシストはシオンを見ながら号泣しだした。
「イリス様!アンバー・ライラック伯爵の若君!?生きていたのですね!」
隠している本名で呼ばれてシオンは仰天して鳶色の瞳を大きく見開いた。
「ひ!人違いだ!俺はシオン!ラン・ヤスミカ家の執事!貴族ではない!」
慌てて誤魔化そうとするシオンに向かってエクソシストは泣きながら首を横にふった。
「嘘です!私はイリス若様の屋敷の下男でした!あなた様のお顔を忘れるはずがございません!」
このエクソシストの告白にモモは「ん?」と疑問を抱いた。
「シーモア殿からお前は元占い師でジョブチェンしてエクソシストになったと聞いたけど?」
「はい!それは真です。アンバー・ライラック伯爵家がなくなった後に趣味の占いを本業にして、それからエクソシストなので!」
経歴詐称はしていないが、シオンにとっては厄介な人物と再会してしまった。
自分の凶行が原因で御家の爵位を剥奪されたことは妻子を失った件と同様にシオンを苦しめている。
御家が潰れたので奉公人たちを路頭に迷わせたのだ。
「もう……イリス・アンバー・ライラックなんてガキはいない!そいつは母兄殺しで斬首された。俺はシオンだ。そういうことにしてくれ」
たのむから騒がずソッとしておいてほしい、とエクソシストにシオンが頼み込むと、エクソシストは意外なことを告げた。
「イリス様のご生家ですが別の貴族が移り住んだと思ったらすぐに病で亡くなりました。その次も……さらに次の持ち主も」
「そうか。俺が事件を起こしたから……。母上と兄上の亡霊でも出るのかな」
シオンがつらそうに呟くとエクソシストは違うとハッキリ否定した。
「これは最初に移り住んだ貴族が言っていたらしいですが。アンバー・ライラック伯爵家の斬首された若君の亡霊が屋敷を夜中歩いている。首なし姿で……。恐ろしくて今では無人だそうです」
「は?俺は斬首寸前に助かったのに変だろ?」
シオンが唖然とすると様子を見ていたエドガーがポツリと言ってのけた。
「思い込みだ。当時15歳の少年が非業の死を遂げたと噂される屋敷に暮らせば神経質な者はそうなる」
「それか!罪悪感だな。シオンの御家の没落にひと役買った者ならば幻を視ても不思議ではない」
ミモザ王子の言葉にモモはたしかにと納得したが、困ったのはエクソシストをどう口止めするかだ。
「エクソシスト!口止め料なら金貨を渡す。その代わりシオンの存在は他言無用。ばらしたら命の保証はねーからな!」
鋭くモモが睨むとエクソシストは怖がる様子もなく頷くと金貨は要らないと申し出た。
「こうしてイリス様……いえ!シオン様のご無事がわかってなによりでございます。あの、ついでに暇なのでお仕事を手伝いますよ。玄関掃除と庭木も少々荒れてましたね?」
エクソシストは暇潰しにシオンのハードスケジュールを手伝ってくれた。
お陰でシオンの仕事は減ったが、モモがレンタルしてきたエクソシストは隣の領地の者なので雑用させて良いのか心配していたら、その隣領地の領主の嫡男シーモアが訪ねてきた。
「失礼いたす。ラン・ヤスミカ領で悪魔憑きが出たと聞いたので見学に来た。もう悪魔払いは終わったのかな?」
シーモアがキョロキョロしているとエクソシストは真っ直ぐにエドガーを見ながら言った。
「シーモア様。この美しい金髪のイケメンはエロエロの悪魔を調伏して使役しております!私には祓えませなんだ」
「そ、そうか……!シルバー家のご子息がエロエロの悪魔を使役!名門貴族は悪魔をも使役してしまうとは!?おそれいった!」
エロエロの悪魔を使役していることにされてしまったエドガーは澄ました顔でシオンが淹れた紅茶を飲んでいる。
シーモアとエクソシストが帰るときシオンは見送りに出たが、タイミングよくユーリとリンが屋敷に戻ってきた。
「あれ?シーモア殿!来ていたのか!?すまない。留守にしていて!」
「ユーリと2人で遠乗りに出掛けていて!見張り塔を視察していたら遅くなりました!」
不在を詫びるユーリとリンに対してシーモアは鷹揚に笑うとこう告げた。
「うちのエクソシストが悪魔払いに成功したので自慢したくてな!なに!大した用ではない。こちらこそ急にすまぬ!」
そう言ってシーモアはエクソシストを従えて帰路に着いた。
「エクソシストが悪魔払いに成功って結構大事だよな?」
「はい。どなたが悪魔に憑かれてたのか気になります」
ユーリとリンが話していたそばでシオンは心で確信していた。
あの元下男のエクソシストはエドガーで誤魔化したが本当に悪魔に取り憑かれているのはシオンであると見抜いていた。
「後悔と怨念の悪魔に憑かれたのか。15歳の頃からずっと……」
その悪魔は死ぬまで自分を苦しめるだろうとシオンは自嘲するように微笑んだ。
だが、いつもそばにエドガーが付きまとってくれるようになってからその苦しみは軽減されている。
エドガーこそがシオンの消えない心の傷という悪魔を癒すことができる天使なのかもしれない。
そんなことを思いながらシオンはユーリとリンのための紅茶を用意するため早足で立ち去った。
その後をすかさずエドガーが追いかけるのを見てミモザ王子はモモに囁いたのだ。
「エドガーは安易に天使や悪魔などにくくれぬ。あれは言うなれば神の部類だ」
「たしかに!すべてが善くも悪くも常人離れしている。もうエドガー様はエロ神と認識した方がしっくり来ますね」
こうしてミモザ王子とモモのなかでエドガー・イリス・シルバーの評価はちょっと残念なイケメン貴公子ではなく紛れもない【神】として破格のランクアップを遂げたのである。
ちなみにエクソシストは暇なので主人シーモアの許可をとって通いでラン・ヤスミカ家別邸で雑用をするようになった。
実はこのエクソシストがシオンの命を助けたも同然であった。
斬首を執行する処刑人はシオンを憐れんで逃がした訳ではまったくなかった。
処刑人がエクソシストに恋愛運を占ってもらった結果、シオンを斬首すると恋人と別れる羽目になると出たので処刑しなかった。
もちろん、これは真っ赤な嘘でエクソシストがシオンを救える一縷の希望として吐いた虚言である。
処刑人は斬首の執行より恋人を選んだのでシオンの命は助かった。
「生きたことでシオンは苦しみを背負うことになったが人生とはどこかで救いもある」
ミモザ王子は淡く笑いながら仕事をするシオンに付きまとうエドガーを眺めながら呟いた。
邪魔だと怒りながらもエドガーを見ているシオンは後悔と怨念を背負いながらも、けして不幸には映らない。
「まあ!シオンは基本が薄幸だからな!」
人間よりか神に近いエドガーをその薄幸さで引き寄せたシオンも、やはり只者ではないとモモは思い知った。
end
2
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
閉ざされた森の秘宝
はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。
保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる