花嫁と貧乏貴族

寿里~kotori ~

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見張り塔の少年

 ラン・ヤスミカ領の領境に建設された見張り塔の早鐘が鳴り響いた。

早鐘が響く意味は「不審者発見!捕縛する!」である。

リンと一緒に畑仕事をしていたユーリは急な警報に驚いたが迅速に対応した。

「リン!領内に侵入者がいる!通行手形を持たない人間だ!」

忘れがちだがラン・ヤスミカ領であっても、他所から入り込む際は通行証のようなものが必要になる。

行商や旅芸人など来ることが予めわかる者や周辺領主の関係者は顔パスで通るが、誰でもフリーダムという訳でもない。

国境に近いのでそれなりの用心はしているものなのだ。
過去にリンの異母兄ミシェルやエドガーはリンを頼ってラン・ヤスミカ領にやって来たが、それも通行証を持って領内に入っている。

バカチンのエドガーがどうやって通行証を手に入れたかといえば、手持ちの宝石で通行証を購入したのだ。

モモやミモザ王子だって偽装した身分の通行証を所持してラン・ヤスミカ領に入っているのだ。

それはさておき、問題の侵入者である。

ユーリがリンと急いで見張り塔まで駆けつけると塔を管理している領民が待っていた。

「おお!ユーリ様にリン様!!見慣れぬ子供がウロウロしていたので鐘をならしました!迷子でしょうか!?」

領民の言葉にユーリが改めて捕まっている者を見ると小さな少年である。

年齢的に7歳くらいか……ユーリの甥っ子ジャンより幼いとおぼしき背格好だ。

たしかにラン・ヤスミカ領の子供ではないが不審者にも見えない。

「君の名前は?どこから来たのか教えてくれないか?」

ユーリが穏やかに尋ねても少年は黙り込んでいる。

怯えて震えている様子を観察していたリンはユーリとは正反対の厳しい口調で詰めよった。

「喋れないのですか?なら文字で教えてください!書けますよね?」

普段では考えられないリンの冷淡な空気にユーリが驚いていると少年はカタカタ震えながら泣き出した。

「リン。この子は怯えている。詳しいことは屋敷に連れていってから……」

「ダメです!私にはわかります!この子、隣国の人間です。正体を知られたくないから喋らない!」

誰にどう命令されてラン・ヤスミカ領内に侵入したのか答えろと少年を尋問するリンの表情は本気だ。

少年は泣きながら震えているが口を割らないのでユーリは努めて優しい声で告げた。

「喋りたくないなら喋らなくてもいい。それよりお腹は空いてないか?うちで何か食べてくか?」

「ユーリ!迂闊に屋敷に近づけたら危険です!この子は確実に誰かに命令されて侵入してます!」

「それでも!ここで尋問していても埒があかない。リン……。警戒するのはわかるが少し時間をくれ」

ユーリが頼み込むとリンは少年を睨んでいたが息を吐いて頷いた。

「拘束はしますよ。危害を加えてくる可能性があるので!」

こうして不審な少年は見張りの塔からラン・ヤスミカ家別邸へと連行された。

ラン・ヤスミカ家別邸の個室で少年はリンの身体検査を受けていた。

するとリンの予想どおり暗殺用小型ナイフを持っていて、毒薬らしき小瓶まで発見されてしまう。

「迷子が持っていたらおかしいですよね?」

冷たいリンの声音に少年は震えるばかりで黙秘を続けている。

ユーリは幼い子供が物騒な武器を所持している事実に驚いたが、何があったのか事情を訊こうとした。

「こんなもの持ってたら危ないぞ?誰が君に持たせたか話してくれ。たのむ」

力を尽くしてユーリが説得しても少年はまったく応じてくれなかった。

おそらく少年がこのまま黙秘を続けたらリンは無理やりにでも自白を強要するかもしれない。

可憐で美しくてもリンはシルバー家の血縁者なのだ。
自分やユーリ、そしてラン・ヤスミカ領に有害だと判断した子供を無傷では返さないだろう。

そんなリンの姿は絶対に見たくないユーリはなんとか少年が助かり、リンが恐ろしい行為をしなくても良い道を考えていた。

「その武器で誰を殺そうと狙っていた?答えないなら小指から順に折りますよ?」

「待て!リン、この子のナイフは使用した痕がない!血痕もないから使用前だ!拷問はやめてくれ!」

「甘いです!ユーリやラン・ヤスミカ家の家族が狙われてからでは遅い!さぁ?答えてください?3秒以内に……」

本気で少年の指をへし折るつもりのリンをユーリが止めようとした瞬間である。

「リン殿。シルバー家の花嫁でも勝手な真似はしないでくれないかな?」

シオンが案内したらしくユーリの兄エセルが普段通りの笑顔で個室に入ってきた。

「あいにく。ラン・ヤスミカ家に拷問部屋はない。そしてユーリの制止も聞かず子供を脅かすのはやめてほしい」

「おそれながらエセル義兄上!この者は武器を所持した刺客です!捕まれたからには尋問します!」

リンが珍しく反論するのをエセルは無視して捕まっている少年に近寄って声をかけた。

「君が黙っていると悪い方向にしかいかないよ?誰に唆されたか話してほしいな?」

優しい声に少年はピクリと反応したがやはり口は開かずあたりに沈黙が漂う。

ユーリはエセルが仲裁に入ってくれてホッとしたが、このまま少年が黙秘をしていたら状況は解決しない。

リンは依然として納得できない顔で少年を睨み付けている。

しかし、エセルはホンワカした笑顔のまま少年に語りかけた。

「君のお父様とお母様は?兄弟はいるかい?」

「……い……ない……」

ようやく少年が喋ったのでユーリは目を見開いたがリンは油断していなかった。

身寄りのない子供だと同情をかうための演技だと警戒するリンを他所にエセルは次の質問を始めた。

「だれか……頼れる大人はいる?保護してくれる人は?」

「……いない」

少年が答えるとエセルは「そうか……」と優しく微笑み驚くべき発言をした。

「なら?うちの子になる?君と同じ年頃の息子と娘がいるから!」

これはユーリも想定していない展開なので仰天してしまった。

「兄上!保護するにしても急では?」

「私は反対します!絶対に怪しいですよ!」

戸惑うユーリと断固反対しているリンをしり目にエセルは少年に語りかけた。

「とりあえず名前だけでも教えて?じゃないと君をどう呼んだら良いかわからない」

「今はムリです。もう少し待って」

不意に少年が顔をあげて微笑んだ。

先程までの怯えた様子が消えているので何かと思っていたら個室にミモザ王子とモモが入ってきた。

「エセル殿。ご協力感謝する」

「リン様に指をへし折られる前でよかった!」

ミモザ王子の笑顔を見てリンはそう言うことかと息を吐いた。

「ユーリに怖いところを見せてしまいました。試験ならば言ってください!」

「すまぬ。リンの厳しい尋問に耐えたら合格としておいた。まさか拷問にまで発展するとは」

ポカンとしていたユーリだったが次第に少年の正体がわかってきた。

「この子はスパイですか?そのイリス殿(ミモザ王子)の?」

「正確にはモモが束ねるスパイ網に入る予定の子だ。試験としてわざと武器と毒薬を持たせてラン・ヤスミカ領に侵入させた」

そこでミモザ王子とモモが来るまで身元を証さなければ採用と決めていたらしい。

「この子は具体的にどんな仕事をするのですか?」

ユーリの問いかけにモモはニヤリとして言ってのけた。

「隣国の貴族の屋敷で働かせます。そこで得た情報を伝えてもらう」

その奉公先は隣国の中枢と密接な関係があるらしい。
幼い少年にそんなスパイ活動は酷ではないかとユーリは心配になったが、モモは確信したように言い切った。

「コイツはうまく立ち回れる!リン様の圧にも負けなかったし度胸もあります」

たしかに最後まで自白をしなかった少年はスパイとしては優秀だろう。
しかし、ユーリはそれでも少年を手駒のように危険な場所に送り込むのに抵抗があった。

(ミモザ王子が認めていることに異議は挟めない。だけど!)

自分の甥っ子より小さい子供に危険な真似はしてほしくない。

ダメもとでそう伝えようとしたら隣にいたリンが先手を打った。

「おそれながら!この子供はユーリの兄エセル殿が引き取ると先に申しました!だから、隣国でスパイ活動はできません」

モモが張り巡らせたスパイ網ならば子供1人いなくても困らないでしょう、とリンは少年をスパイにすることに反対した。

モモはリンがどういう反応をするか予測していたらしく冷静な声で応じた。

「これは国政に関わることです。隣国の情報を1番警戒されづらい子供に探らせる。リン様ならその意味はわかるよな?」

「そうだけど!もし……この子の正体が露見したら!」

リンがしたより更に残酷な拷問を受ける可能性があるのではないか?

国家に有益でも子供にスパイをさせるのは人道的に問題があるとリンが続けようとすると近くで笑い声がした。

エセルがスパイ候補の少年の頭を撫でて柔らかな声で告げたのだ。

「この子を最初に発見したのはラン・ヤスミカ領の者です。なのでこの子はラン・ヤスミカ家が面倒を見る責任がある」

モモ殿の主張は無理があり通りませんよ、とエセルが言うとミモザ王子はクスクス笑った。

「エセル殿の言い分の方が正論だな。モモ、この子は諦めよ」

ミモザ王子のひと声でモモは仕方ないといった顔でため息を吐くと子供に告げた。

「聞いてた通りだ。お前は残念ながら不採用!ラン・ヤスミカ家に感謝して暮らせよ!?」

隣国の貴族の屋敷には別の人間を侵入させるとモモは作戦を変更した。

奇しくもスパイにならなかった少年は予想外な展開にポカーンとしていたが、エセルに改めて訊かれた。

「君のお名前は?私はエセル。今日から君のお父様になる。よろしくね」

あたたかい笑みを浮かべるエセルに少年は照れながらモジモジと返答した。

「キトリ……。キトリです」

「キトリか!良い名前だね。ちょっと本邸に行ってお母様にもご挨拶しようか?あと、お祖父様とお祖母様にも!」

エセルに連れられて少年ことキトリが去ったあと、リンはモモにズバリ質問をした。

「モモ?あらかじめこうなると計算してた?」

モモが沈黙しているのでミモザ王子が代わりにユーリとリンに詫びた。

「本当にすまぬ。隣国の調査で見つけたあの子をどうにか保護してやりたかった」

負担にならぬようキトリの生活費は工面するとミモザ王子が申し出るとユーリが笑顔で言い切った。

「恐縮ですが辞退いたします。キトリはエセル兄上の息子となるゆえ!」

こんな調子でラン・ヤスミカ家に新しい家族が加わった。

キトリの実年齢は8歳だったのでエセルとフィンナの養子となり、ジャン&クレールの弟として成長することになる。

end











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