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1972年 夏シリーズ
第二章『渡邉美子の手紙』
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喜内 幸代さんへ
この手紙を書くことについて、とても躊躇われる思いがありましたが、あなただけには伝えておきたいことがあります。
私、渡邉美子は、今から三十余年ほど前である大正十四年の春、山と海に囲まれた彼の地で、喜内美子として生を受け、実に十八年の間、彼の村で育ちました。
何不自由ない家庭環境の下、蝶よ花よと育てられてきました。ですが、それが全くの虚構であり、見せかけの優遇であったと気づいたのは、二十五の頃でした。
きっかけは三年周期で行われるお盆の御鈴会の日に、私の母が失踪した事に端を発します。
その頃の私は十五歳でした。突然のことに慌てふためく若い私を他所に、周囲の反応は何故か冷淡なものでした。
大人達は、母が何処へ姿を消したかよりも、何故姿を消したのか。その理由を探すことに執心していたように思います。
結局、母の失踪は家庭内不和による突発的なものであると片づけられました。取って付けたような、到底納得できない理由で、優しかった母を失ったことにより、私は喜内家に大きな不信感と怒りを覚えました。
その後、私は周囲の猛反発を受けつつ、ほとんど夜逃げのような形で彼の地から脱し、遠く離れた東京の酒場で雑用をして過ごしました。
それから数年がたち、私と同じ様に地方から、単身上京してきた渡辺清という男と、所帯を持ちました。慎ましく、細やかで、幸せな一時を過ごしていました。
ですがある日、軍の男が召集令状を届けにやってきました。
清は喜び勇んで出征しましたが、彼の乗った船は、遠い異国の地で沈んでしまいました。
彼は帰らぬ人となりました。私と、お腹の子どもを残して。
彼を失った悲しみが癒えぬうちに、私は子供を産みました。忘れえもしない、七月六日の蒸し暑い夜のことでした。長い間いきんでいたように思います。産声が聞こえるや否や、私の意識は疲れからか安堵からか、ぷっつりと途絶えてしまいました。
目が覚めると、傍らに子供はいませんでした。
お医者さんは神妙な顔で、お腹の子供が女の子だったこと。そして、生まれて間もなくして、亡くなったことを私に告げました。
嘘だ、嘘だと言ってくれと、必死で縋り付きました。勢いに任せて酷い言葉を口走ったような気もしますが、あまり覚えていません。長い苦しみの末、喇叭の様に響き渡った産声が、未だ耳に残っていました。
それより後の日々は、あまり思い出したくありません。毎夜、優しくたくましい男であった旦那と、抱くことすら叶わなかった我が子との夢を見ました。
身に余る幸福を味わう甘い夢から覚めて、非情な現実が止めどない悲しさを伴い、連日連夜まるで津波のように私を襲いました。
そうして、泣き疲れては幸せな夢を見て、冷酷な現実に打ちのめされてを繰り返し、毎日抜け殻のように過ごしていました。
そんな私を気にかけてくださったのが、同じ集合住宅に住んでいらっしゃった川本邦男という男性でした。彼は東京帝国大学の教授であり、研究の合間にたびたび私の部屋においでになり、南国から仕入れたというその当時では珍しい珈琲という飲み物を淹れてくださいました。
その先生の影響で、私は孤独と悲しみの日々を埋めるように、勉学にのめり込むようになりました。そこから私は川本先生のお手伝いを微力ながら続けさせていただき、あっという間に五年の月日が流れていました。
その後、長かった戦争が終わり、焼け野原になった東京の街にも、復興の兆しが見え始めてきました。
その日私はいつものように、川本先生の手伝いから自分の部屋へ帰りました。家に着くと、郵便受けに投書がされていました。
送り主の住所を見ると、そこには遠い昔に逃げ去った喜内家の文字が書かれていました。
頭を鈍器で打たれたような、眩暈がするような心持で、暫くその封筒を眺めていました。
我に返った私は、本家の連中に居場所が発覚した事による恐ろしさで、手紙の中身を確認する事よりも、此処から逃げる事の方が先決であると思い、川本先生の御実家である郊外に、無理を言って住まわせていただきました。
ほとぼりが冷めた頃、ふと手紙の内容が気に掛かり、何度も捨てようとしたけれど、結局思い留まっては捨てないでおいた喜内家からの手紙を、遂に開きました。
そこに書かれていた文言に、頭が真っ白になりました。
手紙には、私が六年前に産んだ子供が生きていると書かれていました。
どうやら、信頼していたあの町医者の産婆と医者は、その頃とうに私の居所を掴んでいた喜内家から金を掴まされていたらしく、生まれて直ぐの赤ん坊を私から引き離し、東京の別の病院で経過を観察した後、彼の地へ連れ、表向きは喜内の分家の子供として、育てていたとの事でした。
恐怖と嬉しさが交互にやってきました。
そのあとすぐに、疑問が残りました。
なぜここまでして、喜内家は私を彼の地へ呼び戻したいのだろう。
尋常ではない執着の裏に、気味の悪い画策が隠れているような気がしました。
ほどなくして元の集合住宅に戻った私は、喜内家の過去について徹底的に調べ始めました。
時に、川村先生のお力も借りつつ、随分昔の資料や、郷土誌も漁りました。
そこから見えてきた喜内家と、代々伝わる御鈴会の恐ろしい真実が、私を再び彼の地へ赴かせることになったのです。
先ず、御鈴会の時期に起こった母の時のような女性の失踪事件は、それが初めてではありませんでした。
記録に残されている限り、古くは、私の曾祖母、そのまた祖母、その母親、そのまた上と、なぜか御鈴会の時期に度々本家の血筋でかつ、長女であった女性が煙の様に消えてしまう事件が起きていたのです、彼女らが生きていた痕跡すら残して。
にもかかわらず、山狩りなど、大規模な捜索が行われた試しは一度としてありませんでした。
誰も彼もいなくなった者の行方など、まるで関心がないようで、あたかも最初から分かっていたかのように、淡々と処理していました。
奇妙な事柄はこれだけではありませんでした。
喜内家といえば、古くから代々権力者としてこの地に根付いていますが、その体制は必ずしも盤石ではありませんでした。
盛者必衰という諺がある様に、一族の中でも病弱な者や、不祥事を起こし、その地位を追われた者が出る度、繁栄が脅かされてきました。
ですが、不思議なことに、喜内家に如何ほどの受難が降りかかろうが、それから二、三年が経つと、この一族はまた元のような栄華を誇っているのです。
奇妙な事柄とは、この衰弱からの不自然なまでの復活劇と、本家の女性の失踪事件の時期とが、ぴたり合わさっていることです。
ここで私は、ある推測を立てました。
あの御鈴会とは、伝承にあるような魔除けの儀式などではなく、一種の人身御供なのではないかと。
一族がいつまでも安泰の地位を築けるように、喜内家が存亡の危機に晒される度、一族の女性、直系の長女を山の何者かに捧げることで、恩恵を受けているのではないかと。
あの鈴の音は、山から降りてくる魔を祓うことが目的ではなく、山から降りてくる魔を呼び寄せるための代物ではないのかと。
あの日、直前まで母が寝ていた、もぬけの殻となった仏間の中では、風鈴だけが只揺れていました。
何が失踪なものか。
母は殺されていたのでした。
誰にも助けてもらえず、怯えながら、苦しみながら。あの仏間の、深い闇の中一人死に。
その遺体は山の奥深くに攫われていったのでしょう、喜内家の繁栄と引き換えに。
彼の地で生まれ育った私は、何不自由なく生きていたのではなく、来るべき時に山の神に捧げる供物として、家畜のように、只生かされていたのです。
恐らくは、母や曾祖母も同じだったのでしょう。
喜内家からの手紙には、戻ってくるなら従姉としてだが会わせてやると、半ば脅迫めいたことさえ書かれていました。私の子供が本当に生きているのか、冷静に考える度、これは私をおびき寄せるための連中の罠なのではないのかという考えが幾度も頭を過ぎりました。
それよりも私を突き動かしたのは、先に記した推察から生まれた、ある恐ろしい予感でした。
それは、もし私が彼の地に戻らなかった場合、次に生贄として捧げられるのは、唯一本家の血筋で、女である、私の幼い子供なのではないかということでした。
それだけは決して避けなければならない。
真偽の程を確かめる術はありませんでしたが、居てもたってもいられませんでした。
そして私は捨て去った過去の忌まわしい彼の地へ、再び足を踏み入れたのです。
出産以来、初めて目にしたあなたはあどけなく育った少女でした。
喜内幸代と名づけられていましたが、一目見た時から、あなたが私の子供であると確信しました。
月のように丸く輝く瞳。
高く透き通った声。
無邪気に走り回る様子は、夫である清の朗らかさを彷彿とさせました。
母と偽る女に、楽しそうに抱き着くあなたの姿に、何度胸が張り裂けそうになった事か。できることなら、あなたを強く抱きしめて、そのまま逃げ去ってしまいたかった。
でもそれはできませんでした。
屋敷の中も、外も、四六時中私の周囲には監視の目が光っていました。
私にできることとすれば、双方が辛い思いをするのを避けるため、出来る限りあなたと距離を置くことでした。
威圧感を出すため、声をできる限り低く保ち、男の様な喋り方を心掛けました。
ですが、内から溢れ出る母性と母娘の情が、あなたとの触れ合いを心から楽しんでいました。
そしてあなたも、こんな私を慕ってくれました。そのことがどんなに私の心の支えになったことでしょうか。
正直に言ってしまえば、これを書いている今でも、私に待ち受ける恐ろしい運命を悟って、幾度も手が震えました。ですがそのたび思い出される屈託のない笑顔のあなたが、私の脆い心に勇気を通わせ、再び筆を持つ手を力強く支えるのです。
長くなりましたが、私がこのような手紙を書いたのには訳があります。それは、あなたがこれを読む頃には、私はもうこの世にいないであろうからです。
理由は単純です。代々繁栄を築いてきた喜内家の餌食に、私もなる時が来たということです。
日本は敗戦国として戦後GHQの支配下に置かれました。その時に進められた財閥解体や、寄生地主制の撤廃が起因し、喜内家はここ数年で一気に衰退の一途を辿りました。
それに呼応するように、しつこく私の元に御鈴会の招待の葉書が届きました。一族の女を山の神に差し出し、繁栄を保っているといった私の恐ろしい推察は、正に的中していたわけです。
そして私はこれから、私の母がそうだったように、供物として捧げられるのでしょう。
ですが、悔いはありません。
何一つ、あなたに親らしいことをしてやることはできなかったけれど。そんな私が最後の最後に、あなたという一番大切な宝物を守ることができるのだから。
ただでこの身を捧げてやるつもりはありませんが、もし私の身に何か起こった場合、この手紙を和子さんに預け、あなたに託すよう頼んでおきました。
彼女はこの家の中で、唯一信頼できる女性であり、私が心許すことのできる数少ない友人です。私が生贄になることで、数年は時間を稼げるでしょう。
その間あなたはしっかりと己を育み、学び、成長しなさい。そして、いつの日かこの地から離れて、東京の軍畑という所にいる川本先生のご子息を訪ねなさい。
そこにある私が残しておいた少しの財産と共に、自立できるその日まで、身を隠しつつ、自由に、健やかに生きてください。
いつでも私は、さっちゃんを見守っています。
渡邉 美子より
母の最期の手紙を読み終えた私は、只泣いていました。あれだけ嫌っていた自分の甲高い声を大きく震わせて。
胸の内の後悔と、どうしようもない悲しみの渦が収まるまで。
いつまでもいつまでも、泣いていました。
涙で所々滲んだ手紙を、抱きかかえていました。
もはや抱きしめることも、抱きしめられることも叶わない、母親からの最後の愛情を確かめるように。
微かに伝わる温もりが、消えてしまわぬように。
こうして私を守り抜いた日輪は、その幾許かの夕焼けを残し、彼の山へ没してゆきました。
この手紙を書くことについて、とても躊躇われる思いがありましたが、あなただけには伝えておきたいことがあります。
私、渡邉美子は、今から三十余年ほど前である大正十四年の春、山と海に囲まれた彼の地で、喜内美子として生を受け、実に十八年の間、彼の村で育ちました。
何不自由ない家庭環境の下、蝶よ花よと育てられてきました。ですが、それが全くの虚構であり、見せかけの優遇であったと気づいたのは、二十五の頃でした。
きっかけは三年周期で行われるお盆の御鈴会の日に、私の母が失踪した事に端を発します。
その頃の私は十五歳でした。突然のことに慌てふためく若い私を他所に、周囲の反応は何故か冷淡なものでした。
大人達は、母が何処へ姿を消したかよりも、何故姿を消したのか。その理由を探すことに執心していたように思います。
結局、母の失踪は家庭内不和による突発的なものであると片づけられました。取って付けたような、到底納得できない理由で、優しかった母を失ったことにより、私は喜内家に大きな不信感と怒りを覚えました。
その後、私は周囲の猛反発を受けつつ、ほとんど夜逃げのような形で彼の地から脱し、遠く離れた東京の酒場で雑用をして過ごしました。
それから数年がたち、私と同じ様に地方から、単身上京してきた渡辺清という男と、所帯を持ちました。慎ましく、細やかで、幸せな一時を過ごしていました。
ですがある日、軍の男が召集令状を届けにやってきました。
清は喜び勇んで出征しましたが、彼の乗った船は、遠い異国の地で沈んでしまいました。
彼は帰らぬ人となりました。私と、お腹の子どもを残して。
彼を失った悲しみが癒えぬうちに、私は子供を産みました。忘れえもしない、七月六日の蒸し暑い夜のことでした。長い間いきんでいたように思います。産声が聞こえるや否や、私の意識は疲れからか安堵からか、ぷっつりと途絶えてしまいました。
目が覚めると、傍らに子供はいませんでした。
お医者さんは神妙な顔で、お腹の子供が女の子だったこと。そして、生まれて間もなくして、亡くなったことを私に告げました。
嘘だ、嘘だと言ってくれと、必死で縋り付きました。勢いに任せて酷い言葉を口走ったような気もしますが、あまり覚えていません。長い苦しみの末、喇叭の様に響き渡った産声が、未だ耳に残っていました。
それより後の日々は、あまり思い出したくありません。毎夜、優しくたくましい男であった旦那と、抱くことすら叶わなかった我が子との夢を見ました。
身に余る幸福を味わう甘い夢から覚めて、非情な現実が止めどない悲しさを伴い、連日連夜まるで津波のように私を襲いました。
そうして、泣き疲れては幸せな夢を見て、冷酷な現実に打ちのめされてを繰り返し、毎日抜け殻のように過ごしていました。
そんな私を気にかけてくださったのが、同じ集合住宅に住んでいらっしゃった川本邦男という男性でした。彼は東京帝国大学の教授であり、研究の合間にたびたび私の部屋においでになり、南国から仕入れたというその当時では珍しい珈琲という飲み物を淹れてくださいました。
その先生の影響で、私は孤独と悲しみの日々を埋めるように、勉学にのめり込むようになりました。そこから私は川本先生のお手伝いを微力ながら続けさせていただき、あっという間に五年の月日が流れていました。
その後、長かった戦争が終わり、焼け野原になった東京の街にも、復興の兆しが見え始めてきました。
その日私はいつものように、川本先生の手伝いから自分の部屋へ帰りました。家に着くと、郵便受けに投書がされていました。
送り主の住所を見ると、そこには遠い昔に逃げ去った喜内家の文字が書かれていました。
頭を鈍器で打たれたような、眩暈がするような心持で、暫くその封筒を眺めていました。
我に返った私は、本家の連中に居場所が発覚した事による恐ろしさで、手紙の中身を確認する事よりも、此処から逃げる事の方が先決であると思い、川本先生の御実家である郊外に、無理を言って住まわせていただきました。
ほとぼりが冷めた頃、ふと手紙の内容が気に掛かり、何度も捨てようとしたけれど、結局思い留まっては捨てないでおいた喜内家からの手紙を、遂に開きました。
そこに書かれていた文言に、頭が真っ白になりました。
手紙には、私が六年前に産んだ子供が生きていると書かれていました。
どうやら、信頼していたあの町医者の産婆と医者は、その頃とうに私の居所を掴んでいた喜内家から金を掴まされていたらしく、生まれて直ぐの赤ん坊を私から引き離し、東京の別の病院で経過を観察した後、彼の地へ連れ、表向きは喜内の分家の子供として、育てていたとの事でした。
恐怖と嬉しさが交互にやってきました。
そのあとすぐに、疑問が残りました。
なぜここまでして、喜内家は私を彼の地へ呼び戻したいのだろう。
尋常ではない執着の裏に、気味の悪い画策が隠れているような気がしました。
ほどなくして元の集合住宅に戻った私は、喜内家の過去について徹底的に調べ始めました。
時に、川村先生のお力も借りつつ、随分昔の資料や、郷土誌も漁りました。
そこから見えてきた喜内家と、代々伝わる御鈴会の恐ろしい真実が、私を再び彼の地へ赴かせることになったのです。
先ず、御鈴会の時期に起こった母の時のような女性の失踪事件は、それが初めてではありませんでした。
記録に残されている限り、古くは、私の曾祖母、そのまた祖母、その母親、そのまた上と、なぜか御鈴会の時期に度々本家の血筋でかつ、長女であった女性が煙の様に消えてしまう事件が起きていたのです、彼女らが生きていた痕跡すら残して。
にもかかわらず、山狩りなど、大規模な捜索が行われた試しは一度としてありませんでした。
誰も彼もいなくなった者の行方など、まるで関心がないようで、あたかも最初から分かっていたかのように、淡々と処理していました。
奇妙な事柄はこれだけではありませんでした。
喜内家といえば、古くから代々権力者としてこの地に根付いていますが、その体制は必ずしも盤石ではありませんでした。
盛者必衰という諺がある様に、一族の中でも病弱な者や、不祥事を起こし、その地位を追われた者が出る度、繁栄が脅かされてきました。
ですが、不思議なことに、喜内家に如何ほどの受難が降りかかろうが、それから二、三年が経つと、この一族はまた元のような栄華を誇っているのです。
奇妙な事柄とは、この衰弱からの不自然なまでの復活劇と、本家の女性の失踪事件の時期とが、ぴたり合わさっていることです。
ここで私は、ある推測を立てました。
あの御鈴会とは、伝承にあるような魔除けの儀式などではなく、一種の人身御供なのではないかと。
一族がいつまでも安泰の地位を築けるように、喜内家が存亡の危機に晒される度、一族の女性、直系の長女を山の何者かに捧げることで、恩恵を受けているのではないかと。
あの鈴の音は、山から降りてくる魔を祓うことが目的ではなく、山から降りてくる魔を呼び寄せるための代物ではないのかと。
あの日、直前まで母が寝ていた、もぬけの殻となった仏間の中では、風鈴だけが只揺れていました。
何が失踪なものか。
母は殺されていたのでした。
誰にも助けてもらえず、怯えながら、苦しみながら。あの仏間の、深い闇の中一人死に。
その遺体は山の奥深くに攫われていったのでしょう、喜内家の繁栄と引き換えに。
彼の地で生まれ育った私は、何不自由なく生きていたのではなく、来るべき時に山の神に捧げる供物として、家畜のように、只生かされていたのです。
恐らくは、母や曾祖母も同じだったのでしょう。
喜内家からの手紙には、戻ってくるなら従姉としてだが会わせてやると、半ば脅迫めいたことさえ書かれていました。私の子供が本当に生きているのか、冷静に考える度、これは私をおびき寄せるための連中の罠なのではないのかという考えが幾度も頭を過ぎりました。
それよりも私を突き動かしたのは、先に記した推察から生まれた、ある恐ろしい予感でした。
それは、もし私が彼の地に戻らなかった場合、次に生贄として捧げられるのは、唯一本家の血筋で、女である、私の幼い子供なのではないかということでした。
それだけは決して避けなければならない。
真偽の程を確かめる術はありませんでしたが、居てもたってもいられませんでした。
そして私は捨て去った過去の忌まわしい彼の地へ、再び足を踏み入れたのです。
出産以来、初めて目にしたあなたはあどけなく育った少女でした。
喜内幸代と名づけられていましたが、一目見た時から、あなたが私の子供であると確信しました。
月のように丸く輝く瞳。
高く透き通った声。
無邪気に走り回る様子は、夫である清の朗らかさを彷彿とさせました。
母と偽る女に、楽しそうに抱き着くあなたの姿に、何度胸が張り裂けそうになった事か。できることなら、あなたを強く抱きしめて、そのまま逃げ去ってしまいたかった。
でもそれはできませんでした。
屋敷の中も、外も、四六時中私の周囲には監視の目が光っていました。
私にできることとすれば、双方が辛い思いをするのを避けるため、出来る限りあなたと距離を置くことでした。
威圧感を出すため、声をできる限り低く保ち、男の様な喋り方を心掛けました。
ですが、内から溢れ出る母性と母娘の情が、あなたとの触れ合いを心から楽しんでいました。
そしてあなたも、こんな私を慕ってくれました。そのことがどんなに私の心の支えになったことでしょうか。
正直に言ってしまえば、これを書いている今でも、私に待ち受ける恐ろしい運命を悟って、幾度も手が震えました。ですがそのたび思い出される屈託のない笑顔のあなたが、私の脆い心に勇気を通わせ、再び筆を持つ手を力強く支えるのです。
長くなりましたが、私がこのような手紙を書いたのには訳があります。それは、あなたがこれを読む頃には、私はもうこの世にいないであろうからです。
理由は単純です。代々繁栄を築いてきた喜内家の餌食に、私もなる時が来たということです。
日本は敗戦国として戦後GHQの支配下に置かれました。その時に進められた財閥解体や、寄生地主制の撤廃が起因し、喜内家はここ数年で一気に衰退の一途を辿りました。
それに呼応するように、しつこく私の元に御鈴会の招待の葉書が届きました。一族の女を山の神に差し出し、繁栄を保っているといった私の恐ろしい推察は、正に的中していたわけです。
そして私はこれから、私の母がそうだったように、供物として捧げられるのでしょう。
ですが、悔いはありません。
何一つ、あなたに親らしいことをしてやることはできなかったけれど。そんな私が最後の最後に、あなたという一番大切な宝物を守ることができるのだから。
ただでこの身を捧げてやるつもりはありませんが、もし私の身に何か起こった場合、この手紙を和子さんに預け、あなたに託すよう頼んでおきました。
彼女はこの家の中で、唯一信頼できる女性であり、私が心許すことのできる数少ない友人です。私が生贄になることで、数年は時間を稼げるでしょう。
その間あなたはしっかりと己を育み、学び、成長しなさい。そして、いつの日かこの地から離れて、東京の軍畑という所にいる川本先生のご子息を訪ねなさい。
そこにある私が残しておいた少しの財産と共に、自立できるその日まで、身を隠しつつ、自由に、健やかに生きてください。
いつでも私は、さっちゃんを見守っています。
渡邉 美子より
母の最期の手紙を読み終えた私は、只泣いていました。あれだけ嫌っていた自分の甲高い声を大きく震わせて。
胸の内の後悔と、どうしようもない悲しみの渦が収まるまで。
いつまでもいつまでも、泣いていました。
涙で所々滲んだ手紙を、抱きかかえていました。
もはや抱きしめることも、抱きしめられることも叶わない、母親からの最後の愛情を確かめるように。
微かに伝わる温もりが、消えてしまわぬように。
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