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1972年 夏シリーズ
終章『それから』
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その後私は、十八歳になると密かに貯めていた少しばかりの路銀を持って、ほぼ脱走のような形で喜内のお屋敷から逃げ出しました。
物心ついた時から生まれ育ったこの地に多少心残りはありましたが、母親が必死の思いで託した「自由に生きてほしい」という願いを、無駄にすることなどできるはずがありませんでした。
しばらくしてから和子さんに聞いたのですが、私が出て行った後のお屋敷は蜂の巣をつついたような大騒ぎになったらしく、方々に捜索の魔手が散っていきました。
ですが、男たちの横暴に耐えかねた女性達の陰ながらの尽力で、私が身を潜めて居た軍畑にまでその手が及ぶことはなく、結局貢物がいなくなったことにより、恩恵が受けられなくなり、私がいた村はほどなくしてあっけなく廃村になったそうです。
母の推察は寸分の狂いもなく、的を得ていたのでした。
喜内家で幅を利かせていた男たちのほとんどは、変死や怪死などそれぞれ悲惨な末路を送ったと聞きました。
生贄に捧げられた女性達の無念か、はたまた、捧げ物が無くなったことで何らかの怒りを買ったのか。
反対に身内の枷と喜内の呪縛から解かれた女性たちは各々の子供を連れて、新しい男性とともに人生を歩む者がほとんどでした。
母は強しというべきでしょうか。
あの時実はお腹に子供を宿していた和子さんも、夫である清志郎が山で変死体となって発見されたことを皮切りに、早々に喜内家から遠ざかり、東北にある親戚の家業を継いでいるそうです。
こうして、私たちを生かし、育み、縛り、殺した、あの大きなお屋敷は、いまや見る影もない廃屋と成り果てたのです。
かくいう私も五年前に、とある男性と籍を入れました。そして、去年の冬に女児を出産しました。私や母に似た、丸い凛とした目を持ち、可愛らしい声で笑う女の子です。
今年の夏もまた、何処からか一陣の風が、ベランダに吊るしてあった風鈴を鳴らしてゆきました。その涼しげな音に、傍らであおむけに小さな腕をじたばたさせていた美代が、キャッキャと笑いました。
私はというと、先ほどからその音が鳴る度、あの丘陵から見える綺麗な海の白波と、それ以上に綺麗な母の、あの艶やかな後ろ髪を思い出しているのです。
追伸
コレカラ数多ノ苦難ヲ乗リ越エナケレバイケナイサッチャンニ、私ガ好キナ小説ノ言葉ヲ、御守リトシテ送リマス。
風立ちぬ、いざ生きめやも
一陣の風が吹き、あなたは生きてみなければならない。
コノ先ドンナ向カイ風ガ吹コウト、気丈ニ胸ヲ張ッテ生キテクダサイ。
物心ついた時から生まれ育ったこの地に多少心残りはありましたが、母親が必死の思いで託した「自由に生きてほしい」という願いを、無駄にすることなどできるはずがありませんでした。
しばらくしてから和子さんに聞いたのですが、私が出て行った後のお屋敷は蜂の巣をつついたような大騒ぎになったらしく、方々に捜索の魔手が散っていきました。
ですが、男たちの横暴に耐えかねた女性達の陰ながらの尽力で、私が身を潜めて居た軍畑にまでその手が及ぶことはなく、結局貢物がいなくなったことにより、恩恵が受けられなくなり、私がいた村はほどなくしてあっけなく廃村になったそうです。
母の推察は寸分の狂いもなく、的を得ていたのでした。
喜内家で幅を利かせていた男たちのほとんどは、変死や怪死などそれぞれ悲惨な末路を送ったと聞きました。
生贄に捧げられた女性達の無念か、はたまた、捧げ物が無くなったことで何らかの怒りを買ったのか。
反対に身内の枷と喜内の呪縛から解かれた女性たちは各々の子供を連れて、新しい男性とともに人生を歩む者がほとんどでした。
母は強しというべきでしょうか。
あの時実はお腹に子供を宿していた和子さんも、夫である清志郎が山で変死体となって発見されたことを皮切りに、早々に喜内家から遠ざかり、東北にある親戚の家業を継いでいるそうです。
こうして、私たちを生かし、育み、縛り、殺した、あの大きなお屋敷は、いまや見る影もない廃屋と成り果てたのです。
かくいう私も五年前に、とある男性と籍を入れました。そして、去年の冬に女児を出産しました。私や母に似た、丸い凛とした目を持ち、可愛らしい声で笑う女の子です。
今年の夏もまた、何処からか一陣の風が、ベランダに吊るしてあった風鈴を鳴らしてゆきました。その涼しげな音に、傍らであおむけに小さな腕をじたばたさせていた美代が、キャッキャと笑いました。
私はというと、先ほどからその音が鳴る度、あの丘陵から見える綺麗な海の白波と、それ以上に綺麗な母の、あの艶やかな後ろ髪を思い出しているのです。
追伸
コレカラ数多ノ苦難ヲ乗リ越エナケレバイケナイサッチャンニ、私ガ好キナ小説ノ言葉ヲ、御守リトシテ送リマス。
風立ちぬ、いざ生きめやも
一陣の風が吹き、あなたは生きてみなければならない。
コノ先ドンナ向カイ風ガ吹コウト、気丈ニ胸ヲ張ッテ生キテクダサイ。
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