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雪那 由多

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夏を迎える前のアレ 2

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「お風呂掃除終わったー?」
「玲さん男性風呂の方は終わりました!」
「女性風呂の方は脱衣所の後片付けだけです!」
「ありがとう!終わったら電気落としていいからね!
 ちょっと裏に行ってくるから気を付けて帰ってね!」
「「「「おつかれーっす!」」」」
 タイル張りの室内は声が響いて少しだけ楽しくて無駄に声を張り上げてしまう。


 大学4年生となりこのバイトも残り半年と少し。
 時代はスーパー銭湯なのにいまだ昔ながらの銭湯は時代に合わなくなっているにもかかわらず愛されている。
 この地域ではかつて各家庭にお風呂がなかったり、俺達のアパートみたいにお風呂のないアパートもざらにあり、ここはそんな住人が通っていたという銭湯だった。お風呂があるのは金持ちの物と言うか薪の入手が難しい時代の名残らしい。いつの時代だ……
 とはいえ修司さんのおばあさんだってかつては銭湯に通っていたと言う。
 風呂は早々に修司さんが今住んでいる離れの所に建てて作ったらしいが、修司さんのお父さんが生まれた頃一度リフォームをしてちゃんとした住居として使えるようにしたというなかなかの歴史ありだ。それ以降もリフォームを繰り返したらしいけど、それとは別に家を建てて引っ越したのにあのアパートを維持するのだからお金持ちの金銭感覚ってよくわからない。
 俺達としては大学卒業まであの格安アパートを残してくれる、それだけで感謝だけどね。
 だけどこれから4年間も俺達に付き合ってもらっていいのだろうか。
 修司さんを知れば知るほど俺達が修司さんを無駄遣いしているような気は……
 しないな。



 先日用事があって夕食後に修司さんの所にお邪魔したら机の真ん中にパソコンを置いて周囲を書類いっぱいに広げて何やら難しい顔をしている修司さんがいた。
 夕食の時によく「親父の奴人使い荒すぎ」なんてぼやいているけどそのぼやきも納得の量だった。
 難しい顔をしていたのに俺の顔を見てすぐに俺達が知る何時もの何不自由なく暮らしてきた育ちの良い人間の顔をしていたけど、ちらりと見た書類はすべて日本語ではなかった。
 ちゃんとしっかりと勉強をしてきて、難しい仕事を任されるちゃんとした社会人の姿があった。
缶ビール片手にTシャツと短パン姿だったけど。
 それでもその部屋とは別の部屋で俺の用事にちゃんと耳を傾けて聞いてくれてほんと上司にするならこういう人が良いなと料理が上手なだけな人じゃない事に尊敬をしてしまった。
 いや、別に料理しかできない人だなんておもってません。
 でなければしのさんみたいな人と仲良くなるわけがない。
 そして決してしのさんも修司さんのご飯につられてなんて思ってない。
 そして今回話をしたのは

「まあ、就職のためにぎりぎりまでこっちでバイトしたいって言うのも了解したし、こっから就職先の研修受けるのも了解だ。 
 だがここは社会人NGの大学生向けの所だからな」
「それは解ってます。前の大家さんにも先輩たちが追い出されていたのは見てましたので」
「追い出したのかようちのお婆ちゃんは……」
 どうやら修司さんの知らない顔の一面だったらしい。
「ありがたい事に就職先は東京の方で寮っていうかアパートの方も会社の物がありまして……」
「今時珍しいな。コスパ考えてアパート借り上げとか家賃支払いって言うのが多いのに……」
「ですよね。一度寮の方を見に行ったのですがここより新しい物件なのにすごくくたびれていてなんて言うか……」
 二人で最悪を考える。
「取り潰されるのも時間の問題か。同時に家賃補助も削られる方向に進むかもな」
「やっぱりそうなりますよねー」
 修司さんの意見でもこれだけの情報でそういう結果が出たのならたぶんそうなるのも時間の問題だろうとなればだ。
「一応近くのアパート代調べてきたんですが……」
「築年数考えずにとにかくちゃんとそろってるところを選んだか」
「こんな親切なアパートとバイト先って他に聞いたことないですし」
「年寄りの道楽だからな。
 だけど、お前の就職先を調べると……」
 そう言ってスマホを取り出し俺の就職先の採用情報を見て渋い顔をする。
 何かを計算するように右手の指先がととと……とテーブルを叩く音が静かに響く。
 丸で計算をするその動きの後に
「風邪をひかず病気もせずで何とか生活できるって金額だな」
「ムリゲーっすね」
「あと大学時代支払先伸ばしている国民年金の支払いも始まるし、学生ローンの返済の余裕あるのか?」
「それも兼ねて相談を!」
「ってもな。とりあえず今そこそこバイト代溜まってるだろ」
「ええと、新居に必要なものを買うお金と卒業旅行代ぐらいは……」
「卒業旅行はあきらめろ。それでまずは年金支払って来い」
「俺の初海外……」
「この時期ならまだ申し込みもしてないんだろ。一生残る思い出か一生を棒に振る人生のスタートかどっちか選べ」
「旅行、断ってきます」
「だったら今すぐ断りの連絡を入れろ」
「はい」
 エグエグと泣きながら俺はさっき仕事していた時みたいなすごく怖い顔をしていた修司さんの言う事に従って断りの連絡を入れればあっさりと一言
「残念。お土産かってくるから落ち込むな」
 なんて卒業後に会えるかどうかもわからないのにそんなお断りの内容に改めて別に一緒に行ってもいかなくてもいい間柄だったことに気が付いてしまった。
「瑞己、国内旅行でよければ叔父さんに頼んで別荘連れてってやるから山がいいか海がいいか考えておけ」
「海がいいです。美味しいものも食べさせてください」
 落ち込んだ顔をしながらもしっかりと要望だけは言うたくましい俺に修司さんは笑って
「友達の代わりにみんなと一緒に行けばいい。渉にとってもきっと初めての友達との旅行になるだろうし、克己も連れて行けば楽しいだろうしな。あいつきっと来年はこっちに来ると思うし」
 なんて言ってくれる。
「いつものメンツで目新しいものはないけど。
 学生時代の最後の思い出にそれじゃダメか?
 豪華で至れり尽くせりの設備なんてないどこにでもある別荘に俺の運転する車でみんなで行く。
 途中どこかに寄り道しながら美味しいものを食べて別荘近くを観光したりする、そんなごく普通な旅行になるけどたぶんそれが国外か国内かだけの差だ。
 海外に行きたければちゃんと払うものを払って生活に余裕が出来てからだ。
 周囲に合わせて自分の生活を削るのは楽しい思い出も楽しいと思えなくなる」
「はい」
「分かっていて確認しに来たのなら落ち込むな」
「無理っすよ。せっかくやっと独り立ちが出来るって舞い上がってたのに」
「有頂天。それがすべての間違いの始まりだ」
 そう言って席を立ったかと思えば俺の目の前に缶ビールを一本差し出してくれた。
 修司さんも持ってきたビールのプルタブを開けて景気よく呑み

「失敗を重ねて仕事を辞める事になって無気力になって田舎に帰る。そんな事の為にお婆ちゃんはお前たちの面倒を見てきたわけじゃない。
 それに本気でこっちで一人暮らしするのならもう一度就活始めろ。
 今なら二次募集とか潜り込めるところもぼちぼち出始める。
 成績もいい方なんだから、今からでももっといい会社に食らいつけ」

 言いながらビールと一緒に持ってきたのは修司さんの会社の

「うちの系列会社だけど、お前の就職先より条件は良い。
 採用に俺は一切手どころか口も出せないけど頑張れば本社勤めもあるから。
 残り半年、バイトもいいけど自分磨きでいい男になって見せろ」

 採用条件を見て思いっきり困惑気な顔で

「英語、苦手なんですけど」
「今からでも教えてやる。しのさんも綺麗な英語を使うからしのさんが来るときは積極的に学んで資格を取りに行け」

 妙にいい笑顔で受験のつもりで勉強しろと言う修司さんに俺はしのさんに教えてもらいたいなと心の中で泣き言をしのさんに伝えれば

「英語?俺でよければいくらでも教えてあげるよ」
「ほんと?しのさんありがとう!」
「ふふっ。
 とりあえず英語に慣れるためにこれから日本語禁止ね?」
「?!」
 
 思わず言葉も出せずに修司さんを見ればものすごくかわいそうな子を見る目で

「俺も覚えがあるけどしのさんめっちゃスパルタだから。
 だけどそれがしのさんの標準だから。
 まあ、頑張れよ」

 結論を言おう。
 修司さんも逃げ出すくらいのしのさんのスパルタ具合のおかげで英語を始めいろいろ勉強をし直し無事修司さんのとこの系列会社に就職を俺はもぎ取ってみせた。


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