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エルムウッド伯爵家の薔薇園に、秋の夕陽が静かに降り注いでいる。アリアドネ・エルムウッド伯爵令嬢は、まもなく結婚するはずの婚約者レグルス・ヴァーミリオン侯爵子息と、妹リディアに呼び出されていた。
「お待たせしました、レグルス様」
アリアドネが微笑みかけると、レグルスは冷ややかに振り返った。その水色の瞳には、これまで見たことのない冷たい光が宿っている。
「アリアドネ。単刀直入に言う。君との婚約を破棄させてもらう」
その言葉に、アリアドネの心臓が一瞬止まったかのように感じられた。
「え……?」
「君のような地味で退屈な女ではなく、可憐で私を心から愛してくれるリディアと結婚することにした」
レグルスの隣で、リディアが涙を浮かべながら顔を伏せている。桃色の髪が夕陽に輝き、まるで俗っぽい絵画のようだった。
「お姉様、ごめんなさい……でも、レグルス様と私は真実の愛で結ばれたのです」
リディアの震え声は、まるで舞台の演技のように聞こえた。アリアドネは、妹が以前からレグルスに秋波を送り、自分の悪評を吹き込んでいたことを薄々感づいていた。自分の贈り物を横取りし、自分の話を遮って彼の注意を引こうとしていたことも。
(信じたくなかった。でも、これが現実なのね……)
「レグルス様、私たちの婚約は両家で正式に結ばれたものです。このような一方的な……」
「うるさい!」
レグルスの怒声に、庭園の鳥たちが一斉に飛び立った。
「君が私をどれほど退屈させていたか、わかっているのか? リディアは私の話に心から興味を示し、共感してくれる。君のように上辺だけの愛想笑いを浮かべるだけの女とは違うんだ」
(上辺だけの愛想笑い……?)
アリアドネは愕然とした。確かに彼女は控えめな性格で、レグルスの武勇伝や自慢話に派手な反応を示すことはなかった。しかし、それは彼を立てようとする心遣いからだったのに。
「それに、君は薬草なんかに興味を持って、女らしさというものがまったくない。リディアのように可憐で従順な女性こそ、ヴァーミリオン侯爵家の妻にふさわしい」
その時、庭園の奥から重い足音が響いた。エルムウッド伯爵が姿を現す。
「父上……」
「アリアドネ。ヴァーミリオン侯爵家との縁組はエルムウッド家にとって重要だ。リディアがその役目を果たせるのなら、お前は身を引け」
父の冷たい言葉が、アリアドネの心に突き刺さった。
「家の恥にならぬよう、速やかに辺境の修道院へ行け。そこで一生を過ごすがよい」
「父上、お待ちください! 私は何も悪いことは……」
「黙れ! 男性の心も掴めぬ出来損ないの娘が、何を言うか!」
アリアドネの懇願も弁明も、誰にも聞き入れられることはなかった。長年信じてきた家族と婚約者からの裏切りに、彼女の心は凍りついていく。
(私は……私は本当に、そんなに価値のない人間だったの?)
夕陽が薔薇園を血のように染める中、アリアドネは深い絶望と孤独の淵に突き落とされた。薔薇の棘が彼女の心を刺すように、痛みが全身を駆け巡る。
「明日の朝には出発してもらう。荷物は最低限で構わん」
父の宣告が、彼女の運命に終止符を打った。しかし、アリアドネはまだ知らない。この絶望こそが、彼女の真の覚醒への第一歩だということを。
「お待たせしました、レグルス様」
アリアドネが微笑みかけると、レグルスは冷ややかに振り返った。その水色の瞳には、これまで見たことのない冷たい光が宿っている。
「アリアドネ。単刀直入に言う。君との婚約を破棄させてもらう」
その言葉に、アリアドネの心臓が一瞬止まったかのように感じられた。
「え……?」
「君のような地味で退屈な女ではなく、可憐で私を心から愛してくれるリディアと結婚することにした」
レグルスの隣で、リディアが涙を浮かべながら顔を伏せている。桃色の髪が夕陽に輝き、まるで俗っぽい絵画のようだった。
「お姉様、ごめんなさい……でも、レグルス様と私は真実の愛で結ばれたのです」
リディアの震え声は、まるで舞台の演技のように聞こえた。アリアドネは、妹が以前からレグルスに秋波を送り、自分の悪評を吹き込んでいたことを薄々感づいていた。自分の贈り物を横取りし、自分の話を遮って彼の注意を引こうとしていたことも。
(信じたくなかった。でも、これが現実なのね……)
「レグルス様、私たちの婚約は両家で正式に結ばれたものです。このような一方的な……」
「うるさい!」
レグルスの怒声に、庭園の鳥たちが一斉に飛び立った。
「君が私をどれほど退屈させていたか、わかっているのか? リディアは私の話に心から興味を示し、共感してくれる。君のように上辺だけの愛想笑いを浮かべるだけの女とは違うんだ」
(上辺だけの愛想笑い……?)
アリアドネは愕然とした。確かに彼女は控えめな性格で、レグルスの武勇伝や自慢話に派手な反応を示すことはなかった。しかし、それは彼を立てようとする心遣いからだったのに。
「それに、君は薬草なんかに興味を持って、女らしさというものがまったくない。リディアのように可憐で従順な女性こそ、ヴァーミリオン侯爵家の妻にふさわしい」
その時、庭園の奥から重い足音が響いた。エルムウッド伯爵が姿を現す。
「父上……」
「アリアドネ。ヴァーミリオン侯爵家との縁組はエルムウッド家にとって重要だ。リディアがその役目を果たせるのなら、お前は身を引け」
父の冷たい言葉が、アリアドネの心に突き刺さった。
「家の恥にならぬよう、速やかに辺境の修道院へ行け。そこで一生を過ごすがよい」
「父上、お待ちください! 私は何も悪いことは……」
「黙れ! 男性の心も掴めぬ出来損ないの娘が、何を言うか!」
アリアドネの懇願も弁明も、誰にも聞き入れられることはなかった。長年信じてきた家族と婚約者からの裏切りに、彼女の心は凍りついていく。
(私は……私は本当に、そんなに価値のない人間だったの?)
夕陽が薔薇園を血のように染める中、アリアドネは深い絶望と孤独の淵に突き落とされた。薔薇の棘が彼女の心を刺すように、痛みが全身を駆け巡る。
「明日の朝には出発してもらう。荷物は最低限で構わん」
父の宣告が、彼女の運命に終止符を打った。しかし、アリアドネはまだ知らない。この絶望こそが、彼女の真の覚醒への第一歩だということを。
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