11 / 13
第四章:鬼神と帝
第11話 後宮炎上
しおりを挟む後宮が燃えたのは、火を放たれたからではない。
真実が、漏れたからだ。
*
帝が倒れ、目覚めぬまま床に伏せた翌朝。
後宮には、奇妙な噂が走った。
――帝は、呪われていた。
――皇子は、あやかしに喰われかけた。
――すべては、薬師の一族の業だ。
噂は、正確ではない。
だが、都合がよかった。
*
「薬師・蘇玉玲を捕らえよ」
朝議が始まる前に、命は下った。
理由は単純。
帝が口を開けぬ今、責任を負わせる“生きた人間”が必要だった。
*
玉玲は、薬庫にいた。
静かだった。
あまりにも。
「……来ますね」
背後で、玄曜が息を殺す。
「ああ」
廊下の先から、足音。
人の数。
武具の擦れる音。
鬼ではない。
人だ。
*
扉が開く。
「蘇玉玲!」
甲高い声。
「帝に禁薬を盛り、皇子を怪異に晒した罪――」
「違います」
玉玲は、遮った。
「私は、救いました」
宦官は、嗤う。
「それを決めるのは、お前ではない」
*
玄曜が、一歩前に出る。
鬼気が、溢れかける。
「下がって下さい」
玉玲が、低く言った。
「……玉玲」
「あなたが出れば、“怪異の証明”になります」
玄曜は、歯を噛みしめ、動きを止めた。
*
玉玲は、宦官たちを見渡す。
「帝は、生きています」
「だが、眠ったままだ」
「それは――」
言いかけて、やめた。
(……言っても、聞かれない)
彼らは、結論を欲している。
真実ではない。
*
「捕らえよ!」
号令。
その瞬間。
――轟音。
遠くで、何かが崩れた。
*
後宮の奥から、黒煙が上がる。
「な、何だ!」
「怪異だ!」
悲鳴が、連鎖する。
玉玲は、目を閉じた。
(……来てしまった)
*
帝の夢から追い出された“残滓”。
喰われきらなかった影。
それは、人の恐怖を餌にして増える。
後宮は、格好の棲み処だった。
*
影が、柱を這う。
女官が、倒れる。
宦官たちが、我先にと逃げ出す。
秩序は、一瞬で崩れた。
「……玄曜様」
「分かっている」
彼は、もう抑えなかった。
*
鬼神が、顕れる。
炎のような鬼気。
影は、悲鳴を上げた。
喰われる。
消える。
だが――
「多すぎる」
玄曜が、低く呟く。
「後宮全体に、広がっている」
*
玉玲は、走った。
人の悲鳴の中を。
燃える灯。
倒れる人。
人が、人を踏み越える光景。
(……これが、炎上)
怪異よりも、よほど恐ろしい。
*
広場に出たとき。
玉玲は、見た。
人々が、一人の女官を囲んでいる。
「お前が、帝に薬を運んだ!」
「違います!」
否定は、届かない。
恐怖は、理由を欲しない。
「やめて!」
玉玲が、叫ぶ。
だが――
石が、投げられた。
*
その瞬間。
玉玲の中で、何かが切れた。
「――やめなさい」
声は、小さかった。
だが。
空気が、凍った。
人々が、動きを止める。
*
玉玲の瞳が、赤く光る。
鬼血丹の残滓。
境界の力。
「……怪異は、私が止めます」
震えない声。
「でも」
一歩、前に出る。
「それ以上、人を壊すなら」
言葉を、選ばない。
「あなたたち自身が、怪異になります」
*
沈黙。
誰も、反論できなかった。
なぜなら――
彼女の背後に、鬼神が立っていたから。
*
影は、すべて喰われた。
後宮に、朝が戻る。
瓦礫と、涙と、沈黙だけを残して。
*
玉玲は、広場の中央で、膝をついた。
身体が、重い。
人の視線が、突き刺さる。
恐れ。
憎しみ。
そして、わずかな――救われたという安堵。
それらすべてが、向けられていた。
*
老宦官が、前に出る。
「……蘇玉玲」
声が、震えている。
「そなたは、もはや後宮に置けぬ」
それは、処罰ではない。
追放だった。
*
「分かりました」
玉玲は、静かに答えた。
抵抗は、しない。
「帝が目覚めたとき」
老宦官が、続ける。
「そなたの名は、消される」
「……それで、結構です」
*
玉玲は、立ち上がる。
玄曜を見る。
「……行きましょう」
「ああ」
*
後宮の門を出るとき。
玉玲は、一度だけ振り返った。
燃え尽きた場所。
守られるはずだった世界。
(……母さん)
あなたが守れなかった後宮を、私は――燃やしてしまいました。
答えは、ない。
だが。
空は、静かに晴れていた。
0
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる