婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第5話 揺らぐ聖女の光

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王都中央広場は、朝から人で溢れていた。

「聖女様が来るぞ!」

「今日も奇跡を見せてくださるんだって!」

期待と信仰が、熱気となって渦巻く。
その中心に立つのは、純白の衣を纏った少女――
聖女ミレーネ。

「皆さま……お集まりいただき、ありがとうございます」

控えめに微笑み、祈りの姿勢を取る。
それだけで、群衆は静まり返った。

(大丈夫……いつも通りにすればいい)

ミレーネは胸元で、そっと護符に触れる。

――奇跡は、準備されている。



広場の一角。

人知れず、数名の男たちが立っていた。
軍服ではない。
だが、その目は鋭く、ただの見物人ではないことがわかる。

「……例の補助術式、確認しました」

「薬剤反応も、想定通り」

低い声で、短い報告が交わされる。

「では、記録を」

彼らは、“奇跡”を見に来たのではない。

――検証しに来たのだ。



「それでは……」

ミレーネが祈りを捧げると、あらかじめ用意されていた“病人”が前に出る。

「聖女様……どうか、この痛みを……」

群衆が息を呑む。

次の瞬間。

淡い光が広がり、男は立ち上がった。

「……治った!」

「すごい……奇跡だ!」

歓声が上がる。

だが。

「……おかしい」

誰かが、小さく呟いた。

「確か、あの症状……回復まで最低でも数日は――」

別の声が、重なる。

「それに、今の光……治癒魔法の詠唱構成と、微妙に違う」

ざわり。

歓声の中に、わずかな違和感が混じり始める。



その日の午後。

王城・医療局。

「――再検査の結果です」

机に置かれた書類を前に、数名の医師と魔術師が顔を見合わせていた。

「治癒されたとされた患者ですが……実際には、治癒前から症状は大幅に軽減していました」

「事前に、薬剤が投与されていた可能性が高い」

「加えて、聖女の魔力反応は……“治癒”というより、演出補助に近い」

重たい沈黙。

「……つまり」

誰かが、言葉を絞り出す。

「奇跡は、“完全な奇跡”ではない、ということですか」

その問いに、明確な否定は返ってこなかった。



同時刻。

王太子カイエルは、不機嫌そうに報告書を投げ捨てた。

「何だこれは……聖女に疑い?ふざけるな!」

側近は、慎重に言葉を選ぶ。

「殿下……あくまで、“検証の必要性”が出たというだけで……」

「民衆が信じているんだぞ!今さら疑惑など――」

言いかけて、彼は言葉を失った。

報告書の末尾に、見覚えのある署名があったからだ。

――王国軍監査局。

(……また、軍か)

冷たい感覚が、背骨を這い上がる。



その夜。

王国軍本部。

「第一段階、完了しました」

参謀の報告に、レオンハルトは静かに頷いた。

「民衆は?」

「まだ信仰は強いですが、“疑問”は確実に芽生えています」

「それでいい」

彼は、机の上の書類を閉じる。

「奇跡を否定する必要はない。ただ――」

灰色の瞳が、冷たく光る。

「神聖視できなくなれば、それで終わりだ」

参謀が、一瞬だけ息を呑んだ。

「……聖女ミレーネの今後は?」

「様子を見る」

即答だった。

「彼女自身が、どこまで理解しているかが重要だ」

一拍置いて、付け加える。

「――無自覚なら、なお悪い」



一方、その頃。

ミレーネは、自室で一人、胸元の護符を見つめていた。

(……どうして、皆あんな目で見たの?)

広場で感じた、ほんの一瞬の“疑いの視線”。

それが、どうしても頭から離れない。

「私は……聖女よ……?」

誰に言うでもなく、そう呟いた声は、震えていた。

彼女は、まだ知らない。

その“光”が疑われた瞬間から、自分もまた、断罪の舞台に立たされていることを。




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