婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

文字の大きさ
4 / 10

第4話 最初に落ちた駒

しおりを挟む

王都は、噂に弱い。

朝市の喧騒の中で、ひそひそと囁かれる声が、まるで感染症のように広がっていく。

「ねえ、聞いた?」

「何が?」

「マルクス侯爵が、今朝方――」

言葉の続きを、誰もが飲み込んだ。



王城・政務棟。

「――マルクス侯爵を、拘束いたしました」

淡々とした報告が、重苦しい会議室に落とされる。

王太子カイエルは、思わず椅子から立ち上がった。

「な、何だと!?あの男は、王太子派の中核だぞ!」

「ええ。だからこそ、です」

報告役の官吏は、表情一つ変えない。

「不正徴税、軍需物資の横流し、ならびに帳簿改竄の証拠が確認されました」

「馬鹿な……!昨日まで、何の問題も――」

「昨日まで“表に出ていなかった”だけです」

その一言が、会議室の空気を凍らせた。

「証拠は、すべて軍監査局より提出されています」

――軍。

その言葉を聞いた瞬間、カイエルの背中に、冷たい汗が伝った。

(……まさか)

彼の脳裏に、あの灰色の瞳が浮かぶ。



同時刻。

王国軍本部・地下拘束区画。

鉄格子の向こうで、マルクス侯爵は、みすぼらしい姿で床に座り込んでいた。

「冗談だろう……」

昨日まで、王太子の隣で酒を飲み、未来を語っていた男。

「私は……王太子殿下に従っただけだ……!」

その叫びに、監視兵は何の反応も示さない。

ほどなくして、足音が響いた。

「……誰だ」

顔を上げた瞬間、侯爵は息を呑む。

そこに立っていたのは、
王国軍総司令官――
レオンハルト・ヴァルシュタインだった。

「ど、どうして……これは誤解だ!私はただ――」

「理解している」

レオンハルトは、静かに言った。

「お前は“選んだ”だけだ」

侯爵は、縋るように叫ぶ。

「王太子殿下の指示だった!私は命じられただけだ!」

その言葉に、レオンハルトの表情は、微塵も動かない。

「それが、何だ」

一瞬、侯爵は言葉を失った。

「命じられたから、不正をした。命じられたから、捏造した。命じられたから、一人の令嬢を“悪役”に仕立てた」

淡々と、だが確実に、心を折る声音。

「――それを、人は“罪”と呼ぶ」

侯爵の喉から、かすれた声が漏れた。

「……私は、助かるのか……?」

その問いに、レオンハルトは、はっきりと答えた。

「助かるかどうかは、お前次第だ」

彼は背を向ける。

「すべてを話せ。誰が、何を、どこまで指示したか」

振り返らずに、告げた。

「――妹の名前を口にした瞬間から、お前の立場は、すでに“加害者”だったのだから」

扉が閉まる。

残された侯爵は、震える手で、頭を抱えた。



その夜。

王都中に、公式発表が流れた。

【公告】
王国監査の結果、
マルクス侯爵を不正行為により拘束。
関係者についても、順次調査を行う。

名指しは、一人。

だが、それで十分だった。

「……始まったぞ」

「王太子派だ……」

「次は誰だ……?」

貴族たちは、一斉に距離を取り始める。

そして。

王太子カイエルの元には、誰一人として、助けに来なかった。

彼は、自室で一人、爪を噛みながら呟く。

「……たった一人、だ……まだ、挽回できる……」

だが彼は、気づいていない。

最初の駒が落ちた時点で、盤面は、もう戻らないことを。

そして。

王都の伯爵家の一室で、エミリアは、何も知らぬまま、窓の外を見ていた。

――この静けさが、嵐の前触れであることを。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

処理中です...