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第5話 揺らぐ聖女の光
しおりを挟む王都中央広場は、朝から人で溢れていた。
「聖女様が来るぞ!」
「今日も奇跡を見せてくださるんだって!」
期待と信仰が、熱気となって渦巻く。
その中心に立つのは、純白の衣を纏った少女――
聖女ミレーネ。
「皆さま……お集まりいただき、ありがとうございます」
控えめに微笑み、祈りの姿勢を取る。
それだけで、群衆は静まり返った。
(大丈夫……いつも通りにすればいい)
ミレーネは胸元で、そっと護符に触れる。
――奇跡は、準備されている。
*
広場の一角。
人知れず、数名の男たちが立っていた。
軍服ではない。
だが、その目は鋭く、ただの見物人ではないことがわかる。
「……例の補助術式、確認しました」
「薬剤反応も、想定通り」
低い声で、短い報告が交わされる。
「では、記録を」
彼らは、“奇跡”を見に来たのではない。
――検証しに来たのだ。
*
「それでは……」
ミレーネが祈りを捧げると、あらかじめ用意されていた“病人”が前に出る。
「聖女様……どうか、この痛みを……」
群衆が息を呑む。
次の瞬間。
淡い光が広がり、男は立ち上がった。
「……治った!」
「すごい……奇跡だ!」
歓声が上がる。
だが。
「……おかしい」
誰かが、小さく呟いた。
「確か、あの症状……回復まで最低でも数日は――」
別の声が、重なる。
「それに、今の光……治癒魔法の詠唱構成と、微妙に違う」
ざわり。
歓声の中に、わずかな違和感が混じり始める。
*
その日の午後。
王城・医療局。
「――再検査の結果です」
机に置かれた書類を前に、数名の医師と魔術師が顔を見合わせていた。
「治癒されたとされた患者ですが……実際には、治癒前から症状は大幅に軽減していました」
「事前に、薬剤が投与されていた可能性が高い」
「加えて、聖女の魔力反応は……“治癒”というより、演出補助に近い」
重たい沈黙。
「……つまり」
誰かが、言葉を絞り出す。
「奇跡は、“完全な奇跡”ではない、ということですか」
その問いに、明確な否定は返ってこなかった。
*
同時刻。
王太子カイエルは、不機嫌そうに報告書を投げ捨てた。
「何だこれは……聖女に疑い?ふざけるな!」
側近は、慎重に言葉を選ぶ。
「殿下……あくまで、“検証の必要性”が出たというだけで……」
「民衆が信じているんだぞ!今さら疑惑など――」
言いかけて、彼は言葉を失った。
報告書の末尾に、見覚えのある署名があったからだ。
――王国軍監査局。
(……また、軍か)
冷たい感覚が、背骨を這い上がる。
*
その夜。
王国軍本部。
「第一段階、完了しました」
参謀の報告に、レオンハルトは静かに頷いた。
「民衆は?」
「まだ信仰は強いですが、“疑問”は確実に芽生えています」
「それでいい」
彼は、机の上の書類を閉じる。
「奇跡を否定する必要はない。ただ――」
灰色の瞳が、冷たく光る。
「神聖視できなくなれば、それで終わりだ」
参謀が、一瞬だけ息を呑んだ。
「……聖女ミレーネの今後は?」
「様子を見る」
即答だった。
「彼女自身が、どこまで理解しているかが重要だ」
一拍置いて、付け加える。
「――無自覚なら、なお悪い」
*
一方、その頃。
ミレーネは、自室で一人、胸元の護符を見つめていた。
(……どうして、皆あんな目で見たの?)
広場で感じた、ほんの一瞬の“疑いの視線”。
それが、どうしても頭から離れない。
「私は……聖女よ……?」
誰に言うでもなく、そう呟いた声は、震えていた。
彼女は、まだ知らない。
その“光”が疑われた瞬間から、自分もまた、断罪の舞台に立たされていることを。
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