婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第3話 兄という名の絶対権力

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王都中央、王国軍本部。

重厚な石造りの建物の前に、数台の馬車が止まった。
早朝だというのに、門前の空気は異様に張り詰めている。

「……来たぞ」

誰かが小さく呟いた。

音もなく降り立った男を見た瞬間、その場にいた将校たちは、反射的に背筋を伸ばす。

王国軍総司令官――
レオンハルト・ヴァルシュタイン。

黒髪を後ろで束ね、感情の読めない灰色の瞳で前を見据える。
戦場に立つ者だけが知る、“逆らってはならない存在”の気配を、彼は纏っていた。

「総司令官閣下!」

「おはようございます」

次々と敬礼が飛ぶ中、レオンハルトは最低限の頷きだけを返し、執務棟へと足を進める。

その歩みに、迷いは一切なかった。



執務室。

扉が閉まるや否や、待機していた参謀が一斉に報告を始める。

「王太子派貴族、現在二十三名。不正会計、徴税操作、物資横流し……いずれも証拠は揃っています」

「聖女ミレーネ関連の調査も進展しました。奇跡とされた治癒事例の大半が、事前に薬剤と魔術補助を用いた演出と判明しています」

淡々と並べられる“王国の膿”。

だが、レオンハルトは驚きもしない。

「……遅い」

その一言に、室内が静まり返った。

「昨日の時点で、すでに切れるものはすべて切れているはずだ」

参謀が息を呑む。

「では……次の段階へ?」

「ああ」

レオンハルトは、机上の書類に視線を落とす。

その最上段に記されていたのは、ある伯爵令嬢の名前。

エミリア・ヴァルシュタイン。

一瞬だけ、彼の指が止まった。

「……妹の件は?」

参謀は、慎重に答える。

「屋敷で静養中です。表向きは平静ですが……」

それ以上、言葉は続かなかった。

――不要だ。
それだけで、十分すぎるほど伝わった。

「そうか」

レオンハルトは、ゆっくりと目を閉じる。

「……やはり、王太子は理解していなかったようだな」

声は低く、静かだった。
だがその静けさこそが、怒りが“制御された状態”である証だった。

「妹は、王国のために動いた」

彼は淡々と続ける。

「諫言を嫌われ、不正を指摘すれば疎まれ、それでも立場を守り続けた」

視線が上がる。

「その妹を、衆目の前で“悪役”に仕立て上げた」

沈黙。

「――愚かだ」

それは断罪ではない。
ただの、事実の確認だった。



その頃。

王城では、王太子カイエルが苛立ちを隠そうともせずに歩いていた。

「なぜだ……なぜ、誰も来ない」

呼び出したはずの貴族は姿を見せず、側近たちもどこか歯切れが悪い。

「殿下……」

「言い訳は聞きたくない!」

そう叫びかけた瞬間、廊下の奥から、規則正しい足音が響いた。

――軍靴の音。

現れたのは、王国軍の将校たちと、その先頭に立つ男。

「……レオンハルト、卿?」

カイエルの声が、わずかに揺れる。

「王国軍総司令官が、なぜここに……」

レオンハルトは、一礼もしなかった。
ただ、王太子を見下ろす。

「報告に来た」

「報告……?」

「王国軍として、今後の“協力体制”を見直す」

それだけで、周囲の貴族たちの顔色が変わった。

軍が、王太子から距離を取る――
それが何を意味するか、理解できない者はいない。

「な、何を勝手なことを……!」

カイエルが声を荒げる。

「私は王太子だぞ!」

「だからだ」

レオンハルトは、静かに言った。

「王太子だからこそ、これ以上の失態を許容できない」

一歩、近づく。

その距離に、カイエルは思わず後ずさった。

「安心しろ。まだ“処分”ではない」

その言葉に、一瞬、安堵が走る。

だが次の一言が、その希望を叩き潰した。

「――ただの、準備だ」

レオンハルトは背を向ける。

「すべては、正しい手続きのもとに行われる」

去り際、振り返りもせずに告げた。

「妹を泣かせた代償が、どれほど高くつくか――じきに、わかる」

残された王太子は、その場に立ち尽くすしかなかった。

彼は、まだ知らない。

この瞬間、自分がすでに“詰み”の局面にいることを。




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