婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第2話 勝者たちの夜

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舞踏会が終わった王城は、祝宴の余韻に包まれていた。

「はは、見ただろう?あの女の顔。何も言い返せず、逃げるように去っていった」

王太子カイエルは、酒杯を掲げながら高らかに笑った。
その隣では、聖女ミレーネが控えめに微笑んでいる。

「殿下……あまり大きなお声で話されるのは……」

「構わないさ。もうエミリア・ヴァルシュタインは終わった女だ」

そう言い切り、カイエルは満足そうに頷いた。

「ずっと邪魔だった。口を開けば政務だ、規律だ、国益だ……。王太子妃という立場を盾に、俺を管理しようとする」

彼は鼻で笑う。

「愛想も可愛げもない女だったよ」

その言葉に、周囲の貴族たちが同調する。

「まったくです」

「聖女様こそ、次代の妃に相応しい」

「悪役令嬢が消えて、王国も清々しますな」

ミレーネは、わずかに視線を伏せた。

「……私、そんなつもりでは……。エミリア様を追い詰めるつもりは……」

「君は優しすぎる」

カイエルはそう言って、彼女の手を取った。

「だが、国民は“正義の聖女”を求めている。あれは必要な断罪だった」

――そう。
誰もが、そう信じて疑わなかった。



翌朝。

王太子の執務室に、異変は静かに訪れた。

「殿下。北部貴族のマルクス伯より、謁見辞退の知らせが」

「……は?」

「体調不良とのことですが、昨夜まではご機嫌で……」

カイエルは眉をひそめる。

「まあいい。代わりに、東部の――」

「そちらも同様です。加えて、南部のラウレン子爵家が、王太子派からの離脱を宣言しました」

「なぜだ!」

苛立った声が、室内に響く。

側近は、言いづらそうに続けた。

「それが……理由は不明ですが、『今後の身の振り方を考え直す』と……」

カイエルは、机を叩いた。

「昨日まで、私に媚びていた連中だぞ!?婚約破棄で、立場は明確になったはずだろう!」

――そう。
彼はまだ、自分が“勝者”であると疑っていない。



同じ頃。

王都の別の一角で、密やかな会話が交わされていた。

「……動き始めました」

「当然だ」

低く、冷たい声が応じる。

「妹が切られた以上、盤面はすでに崩れている」

地図の上に、黒い駒が置かれた。

「王太子派、第一層。切り捨てる」

「了解しました」

命令は短く、感情はない。
ただ一つを除いて。

「……妹は?」

「屋敷に戻られました。体調は――問題ありませんが」

一瞬だけ、沈黙が落ちる。

「……そうか」

その声には、先ほどまでになかった、かすかな揺れがあった。

「ならばいい」

次の瞬間、再び冷酷な命令者の顔に戻る。

「では続けろ。これは“粛清”ではない」

黒い駒が、次々と盤上から消されていく。

「――報復だ」



その夜。

王太子カイエルは、理由のわからない不安に、何度も寝返りを打っていた。

(おかしい……)

頭の中に、舞踏会でのエミリアの姿が浮かぶ。

怒りも、涙も、懇願もなかった。
ただ、静かな微笑み。

――まるで。

(最初から、結果を知っていたような……)

その考えを、彼は強く振り払った。

「馬鹿な。あの女に、何ができる」

そう呟いた瞬間。

城の鐘が、深夜を告げて鳴り響いた。

それは、王太子の“終わり”を告げる、最初の合図だった。




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