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第1話 断罪の舞踏会
しおりを挟む王立学園の卒業記念舞踏会。
水晶のシャンデリアが夜空の星を閉じ込めたように輝き、王太子の一声を待つ沈黙が、会場を満たしていた。
――その沈黙を、彼は破った。
「エミリア・ヴァルシュタイン」
名を呼ばれた瞬間、無数の視線が私に突き刺さる。
同情、好奇、嘲笑。
そのすべてを、私はもう知っていた。
「本日をもって、君との婚約を破棄する」
ざわり、と空気が揺れる。
待っていましたと言わんばかりの反応に、私は心の中で小さく息を吐いた。
(やはり、今日なのね)
王太子カイエルは、満足そうに続ける。
「君はこれまで、身分を笠に着て他者を見下し、聖女であるミレーネを執拗に苛め抜いた。その悪行の数々、もはや見過ごせない」
――来た。
私は“悪役令嬢”として、完成していた。
「証言者もいる。君が彼女の努力を嘲笑い、孤立させ、陰で妨害していたことをな」
王太子の隣で、ミレーネが小さく身を震わせる。
庇護される弱き乙女。
守られるべき聖女。
その姿に、会場の空気は一気に王太子側へ傾いた。
「最低だわ……」
「やはり噂は本当だったのね」
「さすが悪役令嬢」
小声の刃が、次々と突き刺さる。
――でも、不思議と痛くはなかった。
なぜなら私は、彼女が聖女に選ばれた理由も、奇跡と呼ばれた出来事の裏側も、王太子がどれほど政務を疎かにしてきたかも――
すべて、知っていたから。
「エミリア・ヴァルシュタイン。君には、王太子妃の資格はない」
カイエルは、勝ち誇ったように言い放つ。
「よって、ここに正式に婚約破棄を宣言する」
拍手が起こった。
誰かが始め、誰かが乗り、やがてそれは“正義の断罪”の音へと変わる。
その中で、私は静かに一歩前へ出た。
「――異議は、ございません」
一瞬、音が止んだ。
王太子は目を見開き、ミレーネは驚いたように私を見る。
私は微笑んだ。
長年、社交界で磨いてきた、完璧な令嬢の微笑みで。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
会場が凍りつく。
「……反論はしないのか?」
王太子が戸惑ったように問う。
「なぜ、反論する必要が?」
私は首を傾げた。
「殿下は、すでに結論を出しておられるのでしょう?でしたら、私が何を申し上げても、それは“悪役の言い訳”にしかなりませんもの」
くすり、と誰かが笑った。
しかしそれは、先ほどまでの嘲笑とは違う、微妙なざわめきだった。
「私は、ただ――」
私は一礼する。
「どうぞ、お幸せに」
それだけ言って、踵を返した。
誰も、引き止めなかった。
誰も、声をかけなかった。
――そう。
この瞬間、私はすべてを失った。
少なくとも、彼らはそう思っただろう。
*
夜風が、火照った頬を冷やす。
王城を離れる馬車の中で、私はようやく、深く息を吐いた。
「……終わったわね」
気丈に呟いたつもりだった。
けれど、膝の上に落ちた雫が、その言葉を裏切る。
(……悔しい、わよ)
努力してきた。
国のために諫言もした。
それでも私は、“物語の悪役”にされた。
――その時。
馬車が止まる。
御者が、緊張した声で告げた。
「お嬢様。……軍の伝令が」
差し出された一通の書簡。
そこには、短く、ただ一文だけ記されていた。
《妹君、涙を流す》
それは、王国軍総司令官――
私の兄、レオンハルトへ送られた合言葉。
その瞬間。
王国の運命が、静かに決まったことを、王太子たちはまだ、知らない。
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