婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第6話 崩れた威光

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王城・大評議場。

本来ならば、王太子が堂々と政務報告を行い、次代の王としての威厳を示す場だ。

――だが、この日の空気は違っていた。

「……では、次に」

司会官の声が、どこかぎこちない。

列席する貴族たちは、表向きは静かに座っているが、視線は鋭く、探るように王太子カイエルへ向けられていた。

(……何だ、この空気は)

カイエルは、胸の内に湧き上がる不安を押し殺し、演台へ進み出る。

「諸君」

声を張る。

「先日の一件について、不安の声が上がっていると聞く。だが、心配には及ばない」

彼は、あらかじめ用意していた言葉を続けた。

「王国は揺らいでなどいない。不正を働いた者が処罰されただけだ」

――その瞬間。

「では、質問を」

一人の老貴族が、ゆっくりと立ち上がった。

「マルクス侯爵の件ですが」

場が、静まり返る。

「彼は、王太子殿下の最側近でしたな。なぜ、そこまでの不正を、殿下は把握していなかったのですか?」

ざわ、と低い波紋が広がる。

「そ、それは……」

カイエルは、一瞬言葉に詰まる。

「私も、被害者だ。彼が私を欺いて――」

「では」

別の声が重なった。

「侯爵の帳簿改竄に、殿下の署名がある件については?」

空気が、凍りついた。

「な……!」

カイエルは、思わず声を荒げる。

「それは形式的なものだ!すべてを逐一確認するなど――」

「王太子としては、“確認すべき責務”では?」

淡々とした指摘。

逃げ道が、一つずつ塞がれていく。



評議場の後方。

軍の席に座るレオンハルトは、一言も発さず、ただ成り行きを見ていた。

彼は、何も仕掛けていない。

――今日は、崩れる様を見せているだけだ。



「……もう一つ」

先ほどの老貴族が、静かに続ける。

「聖女ミレーネの件です」

カイエルの喉が、鳴った。

「最近、奇跡の検証結果が医療局より提出されましたな」

ざわめきが、一段と大きくなる。

「殿下は、その内容をご存じで?」

「当然だ!」

カイエルは、思わず声を張り上げた。

「聖女は本物だ!あれほど民衆に支持されている存在を、疑うなど――」

「感情論ではなく」

冷静な声が、遮る。

「王太子として、事実をどう評価するのかを、お聞きしている」

沈黙。

カイエルは、初めて気づいた。

――誰も、自分を庇っていない。

「……検証は、必要ない」

絞り出すように言う。

「これ以上、聖女の威光を損なうことは――」

「つまり」

言葉を被せる。

「不都合な調査は、行わせない、と?」

その瞬間。

評議場の空気が、決定的に変わった。



「……本日の議事は、ここまでとします」

司会官が、慌てて締めに入る。

だが、もう遅かった。

貴族たちは、何も言わず立ち上がり、王太子を見ないまま退場していく。

――誰一人、挨拶すらしなかった。

カイエルは、演台に取り残される。

(……なぜだ)

胸が、苦しい。

(私は、王太子だ……次の王のはずだ……)

その背中に、静かな声が届いた。

「殿下」

振り向く。

そこにいたのは、レオンハルトだった。

「……何だ」

精一杯、威厳を保とうとする。

レオンハルトは、一礼もせず、淡々と告げた。

「今日の発言は、すべて記録された」

カイエルの顔が、引きつる。

「それが、何だ……」

「いずれ」

灰色の瞳が、冷たく細められる。

「判断材料になる」

それだけ言って、彼は去った。



その夜。

王太子の部屋で、カイエルは、一人、頭を抱えていた。

(……失言だ)

初めて、はっきりと理解する。

――自分は、守られる側ではない。

王太子という肩書きが、もはや盾にならないことを。

彼は、震える手で呟いた。

「……エミリア……」

その名を呼んだ瞬間、何かが、完全に壊れた。




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