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第6話 崩れた威光
しおりを挟む王城・大評議場。
本来ならば、王太子が堂々と政務報告を行い、次代の王としての威厳を示す場だ。
――だが、この日の空気は違っていた。
「……では、次に」
司会官の声が、どこかぎこちない。
列席する貴族たちは、表向きは静かに座っているが、視線は鋭く、探るように王太子カイエルへ向けられていた。
(……何だ、この空気は)
カイエルは、胸の内に湧き上がる不安を押し殺し、演台へ進み出る。
「諸君」
声を張る。
「先日の一件について、不安の声が上がっていると聞く。だが、心配には及ばない」
彼は、あらかじめ用意していた言葉を続けた。
「王国は揺らいでなどいない。不正を働いた者が処罰されただけだ」
――その瞬間。
「では、質問を」
一人の老貴族が、ゆっくりと立ち上がった。
「マルクス侯爵の件ですが」
場が、静まり返る。
「彼は、王太子殿下の最側近でしたな。なぜ、そこまでの不正を、殿下は把握していなかったのですか?」
ざわ、と低い波紋が広がる。
「そ、それは……」
カイエルは、一瞬言葉に詰まる。
「私も、被害者だ。彼が私を欺いて――」
「では」
別の声が重なった。
「侯爵の帳簿改竄に、殿下の署名がある件については?」
空気が、凍りついた。
「な……!」
カイエルは、思わず声を荒げる。
「それは形式的なものだ!すべてを逐一確認するなど――」
「王太子としては、“確認すべき責務”では?」
淡々とした指摘。
逃げ道が、一つずつ塞がれていく。
*
評議場の後方。
軍の席に座るレオンハルトは、一言も発さず、ただ成り行きを見ていた。
彼は、何も仕掛けていない。
――今日は、崩れる様を見せているだけだ。
*
「……もう一つ」
先ほどの老貴族が、静かに続ける。
「聖女ミレーネの件です」
カイエルの喉が、鳴った。
「最近、奇跡の検証結果が医療局より提出されましたな」
ざわめきが、一段と大きくなる。
「殿下は、その内容をご存じで?」
「当然だ!」
カイエルは、思わず声を張り上げた。
「聖女は本物だ!あれほど民衆に支持されている存在を、疑うなど――」
「感情論ではなく」
冷静な声が、遮る。
「王太子として、事実をどう評価するのかを、お聞きしている」
沈黙。
カイエルは、初めて気づいた。
――誰も、自分を庇っていない。
「……検証は、必要ない」
絞り出すように言う。
「これ以上、聖女の威光を損なうことは――」
「つまり」
言葉を被せる。
「不都合な調査は、行わせない、と?」
その瞬間。
評議場の空気が、決定的に変わった。
*
「……本日の議事は、ここまでとします」
司会官が、慌てて締めに入る。
だが、もう遅かった。
貴族たちは、何も言わず立ち上がり、王太子を見ないまま退場していく。
――誰一人、挨拶すらしなかった。
カイエルは、演台に取り残される。
(……なぜだ)
胸が、苦しい。
(私は、王太子だ……次の王のはずだ……)
その背中に、静かな声が届いた。
「殿下」
振り向く。
そこにいたのは、レオンハルトだった。
「……何だ」
精一杯、威厳を保とうとする。
レオンハルトは、一礼もせず、淡々と告げた。
「今日の発言は、すべて記録された」
カイエルの顔が、引きつる。
「それが、何だ……」
「いずれ」
灰色の瞳が、冷たく細められる。
「判断材料になる」
それだけ言って、彼は去った。
*
その夜。
王太子の部屋で、カイエルは、一人、頭を抱えていた。
(……失言だ)
初めて、はっきりと理解する。
――自分は、守られる側ではない。
王太子という肩書きが、もはや盾にならないことを。
彼は、震える手で呟いた。
「……エミリア……」
その名を呼んだ瞬間、何かが、完全に壊れた。
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