婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第7話 聖女の居場所

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王城の回廊は、ひどく静かだった。

つい数日前まで、歩けば誰もが道を譲り、祝福と感謝の言葉が降り注いでいた。

――今は、違う。

「……聖女様?」

すれ違った侍女が、一瞬だけ躊躇い、小さく頭を下げて去っていく。

それ以上は、近づかない。

ミレーネは、胸の奥に広がる冷たい感覚を、必死に無視して歩いた。

(気のせいよ……)

そう、思いたかった。



王太子の執務室。

「殿下……少し、お時間を……」

ミレーネは、勇気を振り絞って声をかけた。

「……何だ」

返ってきたのは、以前のような優しい声音ではない。

「最近……私に関する噂が……」

「噂?」

カイエルは、苛立たしげに眉をひそめた。

「今はそれどころじゃない」

「で、ですが……検証などと言われて……私、何か悪いことを……?」

縋るような視線。

――かつてなら、確実に庇われていた。

だが。

「……ミレーネ」

カイエルは、視線を逸らした。

「しばらく、表に出るのは控えた方がいい」

この言葉にミレーネの胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「え……?」

「今は時期が悪い」

淡々とした口調。

「騒ぎが収まるまで、静かにしていてくれ」

「……それは……私が、疑われているから……?」

問いかけは、震えていた。

カイエルは、答えなかった。

それが、答えだった。



その日の午後。

王都中央広場では、いつもと同じ“聖女の癒し”が、告知されていた。

だが――。

「……今日は、来ないらしい」

「聖女様、体調不良だって」

「本当か?」

人々の声に、失望と疑念が混じる。

「検証って話、やっぱり関係あるのかな……」

「奇跡が本物なら、堂々と見せればいいのに……」

信仰というのは、一度疑われると、驚くほど脆い。



王城・医療局。

「……こちらが、これまでの“奇跡”記録です」

机に並べられた書類を前に、ミレーネは立ち尽くしていた。

「聖女様には、説明義務があります」

穏やかな口調。
だが、逃げ道はない。

「治癒前に投与された薬剤、補助術式の痕跡……これらについて、心当たりは?」

ミレーネの唇が、小刻みに震える。

(違う……)

「私は……言われた通りに……」

――誰に?

その言葉を、彼女は飲み込んだ。

言えば、全てが終わる。

「……私は、聖女です……」

絞り出した言葉は、祈りにも似ていた。

医師は、静かに首を振る。

「“聖女”であることと、検証を拒否することは、別です」

その一言で、足元が崩れた。



その夜。

ミレーネの私室に、公式文書が届けられる。

【通達】
聖女ミレーネは、
即日、公式行事への参加を停止する。
検証が完了するまで、
王城内での待機を命ずる。

紙が、指の間から滑り落ちた。

「……そんな……」

彼女は、初めて気づいた。

――自分は、守られていたのではない。

  “使われていただけ”なのだと。



同時刻。

王国軍本部。

「聖女の行動制限、正式に通りました」

参謀の報告に、レオンハルトは、短く頷く。

「順調だ」

「王太子は……?」

「すでに、切る準備に入っている」

冷たい判断。

「追い詰められた人間は、必ず“守るもの”を捨てる」

彼は、書類の一番下に記された名を、指でなぞる。

――ミレーネ。

「彼女が捨てられた瞬間、王太子は完全に孤立する」

一拍置いて、静かに続けた。

「――そして、裁きの場が整う」



王城の一室で、ミレーネは、一人、膝を抱えていた。

(……どうして……)

胸元の護符を握りしめる。

それはもう、“奇跡”を約束してはくれない。

扉の向こうで、遠ざかる足音。

誰も、戻ってこなかった。

――聖女は、その日、居場所を失った。




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