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第8話 裁きの舞台
しおりを挟む王都中央、王城前大広場。
かつては祝祭や演説に使われたその場所に、今日は異様な緊張が漂っていた。
「公開裁判だって……」
「王太子殿下が、出るらしい」
「聖女様も……?」
噂は、もう噂ではない。
王国から正式に発表された事実だった。
――王太子派不正事件 公開審問。
*
高壇に設えられた席に、重臣、法務官、監査官が並ぶ。
その中心に立つのは、
王国軍総司令官――
レオンハルト・ヴァルシュタイン。
彼は裁く側であり、同時に、この場を整えた人物でもあった。
「これより、王国における一連の不正行為について、公開のもと、審問を行う」
静かな声。
だが、広場の隅々まで届いた。
「対象は、元王太子側近、ならびに関係者」
一拍置いて。
「――そして、王太子カイエル・ルーヴェン殿下」
ざわめきが、怒涛のように広がる。
*
現れた王太子は、かつての威厳を失っていた。
衣装は整っている。
だが、その足取りは重く、視線は落ち着かない。
(……なぜ、こんなことに)
彼は、まだ理解しきれていなかった。
自分が「裁かれる側」に立つという現実を。
続いて、白い衣をまとったミレーネが、護衛に伴われて姿を現す。
群衆の反応は、以前とはまるで違った。
「……聖女様?」
「本当に、出てきた……」
「答えるってことだよな……?」
期待ではない。
検証の目だった。
*
「まず、マルクス侯爵の証言を」
拘束区画から連れ出された侯爵は、すでに見る影もない。
「……私は、王太子殿下の指示で、不正会計に関与しました」
広場が、息を呑む。
「帳簿改竄、軍需物資の横流し、そして……」
侯爵は、一瞬だけ、言葉を詰まらせた。
「……エミリア・ヴァルシュタイン令嬢を“悪役令嬢”として断罪するための、虚偽証言の準備」
ざわっ――!
怒号にも似た声が上がる。
「嘘だろ……」
「婚約破棄は、仕組まれていたのか……?」
*
「異議あり!」
カイエルが、叫ぶように声を上げた。
「そ、その男の証言は、自己保身だ!信じるに値しない!」
だが、冷静な声が返る。
「証言だけではない」
法務官が、書類を掲げる。
「指示書、資金の流れ、関係者の一致した証言。すべて、記録として残っています」
一枚、また一枚。
証拠が、容赦なく突きつけられる。
*
「次に、聖女ミレーネ」
その名を呼ばれ、ミレーネは、小さく肩を震わせた。
「奇跡とされた治癒行為について、説明を求めます」
沈黙。
群衆の視線が、一斉に集まる。
「……私は……」
声が、かすれる。
「私は……治癒の力を……持っていると、教えられて……」
「誰に?」
その問いに、ミレーネは、答えられなかった。
答えた瞬間、全てが崩れると、理解していたからだ。
*
高壇の中央で、レオンハルトが、一歩前に出る。
「本日の審問は、ここまでとする」
ざわめき。
「だが、結論は一つだ」
灰色の瞳が、王太子を捉える。
「王太子カイエルは、不正を見逃し、利用し、そして関与した」
一拍。
「――王国は、その責を問う」
広場に、鐘の音が鳴り響いた。
それは、裁きの開始を告げる音。
*
群衆の中。
遠く離れた場所から、エミリアは、その光景を見つめていた。
自分の名が、何度も口にされるのを聞きながら。
(……終わりではない)
これは、始まりだ。
奪われた名誉が、戻るその時まで。
そして。
王太子カイエルは、初めて理解する。
――この裁判に、逃げ場はないということを。
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