婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第8話 裁きの舞台

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王都中央、王城前大広場。

かつては祝祭や演説に使われたその場所に、今日は異様な緊張が漂っていた。

「公開裁判だって……」

「王太子殿下が、出るらしい」

「聖女様も……?」

噂は、もう噂ではない。
王国から正式に発表された事実だった。

――王太子派不正事件 公開審問。



高壇に設えられた席に、重臣、法務官、監査官が並ぶ。

その中心に立つのは、
王国軍総司令官――
レオンハルト・ヴァルシュタイン。

彼は裁く側であり、同時に、この場を整えた人物でもあった。

「これより、王国における一連の不正行為について、公開のもと、審問を行う」

静かな声。
だが、広場の隅々まで届いた。

「対象は、元王太子側近、ならびに関係者」

一拍置いて。

「――そして、王太子カイエル・ルーヴェン殿下」

ざわめきが、怒涛のように広がる。



現れた王太子は、かつての威厳を失っていた。

衣装は整っている。
だが、その足取りは重く、視線は落ち着かない。

(……なぜ、こんなことに)

彼は、まだ理解しきれていなかった。

自分が「裁かれる側」に立つという現実を。

続いて、白い衣をまとったミレーネが、護衛に伴われて姿を現す。

群衆の反応は、以前とはまるで違った。

「……聖女様?」

「本当に、出てきた……」

「答えるってことだよな……?」

期待ではない。
検証の目だった。



「まず、マルクス侯爵の証言を」

拘束区画から連れ出された侯爵は、すでに見る影もない。

「……私は、王太子殿下の指示で、不正会計に関与しました」

広場が、息を呑む。

「帳簿改竄、軍需物資の横流し、そして……」

侯爵は、一瞬だけ、言葉を詰まらせた。

「……エミリア・ヴァルシュタイン令嬢を“悪役令嬢”として断罪するための、虚偽証言の準備」

ざわっ――!

怒号にも似た声が上がる。

「嘘だろ……」

「婚約破棄は、仕組まれていたのか……?」



「異議あり!」

カイエルが、叫ぶように声を上げた。

「そ、その男の証言は、自己保身だ!信じるに値しない!」

だが、冷静な声が返る。

「証言だけではない」

法務官が、書類を掲げる。

「指示書、資金の流れ、関係者の一致した証言。すべて、記録として残っています」

一枚、また一枚。

証拠が、容赦なく突きつけられる。



「次に、聖女ミレーネ」

その名を呼ばれ、ミレーネは、小さく肩を震わせた。

「奇跡とされた治癒行為について、説明を求めます」

沈黙。

群衆の視線が、一斉に集まる。

「……私は……」

声が、かすれる。

「私は……治癒の力を……持っていると、教えられて……」

「誰に?」

その問いに、ミレーネは、答えられなかった。

答えた瞬間、全てが崩れると、理解していたからだ。



高壇の中央で、レオンハルトが、一歩前に出る。

「本日の審問は、ここまでとする」

ざわめき。

「だが、結論は一つだ」

灰色の瞳が、王太子を捉える。

「王太子カイエルは、不正を見逃し、利用し、そして関与した」

一拍。

「――王国は、その責を問う」

広場に、鐘の音が鳴り響いた。

それは、裁きの開始を告げる音。



群衆の中。

遠く離れた場所から、エミリアは、その光景を見つめていた。

自分の名が、何度も口にされるのを聞きながら。

(……終わりではない)

これは、始まりだ。

奪われた名誉が、戻るその時まで。

そして。

王太子カイエルは、初めて理解する。

――この裁判に、逃げ場はないということを。




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