婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香

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第9話 王太子、堕ちる

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王城前大広場。

裁きの鐘が鳴り終わっても、誰一人としてその場を離れなかった。

――結末を、見届けるためだ。



高壇に、新たな人物が現れる。

王国の象徴、国王陛下。

その姿を認めた瞬間、群衆は一斉に跪いた。

「面を上げよ」

老いた声。
だが、王としての威厳は揺るがない。

「本日の審問内容、すべて聞いた」

国王の視線が、まっすぐに王太子カイエルを捉える。

「カイエル・ルーヴェン」

名を呼ばれただけで、彼の喉が鳴った。

「……父上……」

縋るような声。

だが、国王の表情は変わらない。



「そなたに問う」

国王は、一枚の書状を掲げた。

「マルクス侯爵に与えた権限、不正資金の承認、虚偽断罪への関与――」

静かに、しかし確実に。

「これは、すべて事実か」

沈黙。

広場の空気が、張り詰める。

「……わ、私は……」

カイエルは、言葉を探す。

「王国のために……最善を……」

「最善?」

国王の声が、低くなる。

「ならばなぜ、責任を取らず、切り捨て続けた?」

一歩、前に出る。

「側近を切り、聖女を切り、最後は――婚約者を“悪役”に仕立てた」

その言葉が、決定打だった。



「……違う……」

カイエルは、首を振る。

「私は……王になる器だ……」

その瞬間。

「――いいえ」

凛とした声が、広場に響いた。

群衆が、割れる。

そこに立っていたのは、エミリアだった。

「王になる器とは、責任から逃げない者のことです」

彼女は、一礼する。

「陛下、お許しを」

国王は、静かに頷いた。



「私は、無実の罪で断罪され、名誉を奪われました」

一語一語、はっきりと。

「それは、王太子殿下の保身のためでした」

視線が、カイエルに向く。

彼は、何も言えなかった。



国王は、ゆっくりと宣告する。

「カイエル・ルーヴェン」

「その不徳と無責任をもって、王国の未来を託すことはできぬ」

一拍。

「――よって、ここに王太子の地位を剥奪する」

その言葉が落ちた瞬間、広場は、凍りついた。

「廃嫡……?」

誰かの呟き。

それは、王族としての死刑宣告に等しい。



「父上……待ってくれ……!」

カイエルは、崩れ落ちる。

「私は……王太子だ……それだけは……!」

「“だった”のだ」

レオンハルトが、静かに告げる。

「地位は、責任と引き換えだ」

彼は、一切の感情を込めず、続けた。

「責任を放棄した瞬間、資格は失われる」



国王の声が、最後の裁きを告げる。

「元王太子カイエルは、王城から追放」

「爵位は剥奪、政治への関与を永久に禁ずる」

ざわめきが、怒号に変わる。

「当然だ……」

「民を欺いた報いだ……」



ミレーネは、その光景をただ呆然と見ていた。

守ってくれると思っていた人は、もう、何も持っていない。

彼女の肩書きも、同時に、崩れ落ちた。



護衛に引き立てられ、カイエルは、広場を去る。

振り返った先に、エミリアがいた。

「……許してくれ……」

消え入りそうな声。

エミリアは、静かに首を振る。

「許しは、裁きの後にしか来ません」

それが、最後の言葉だった。



王城の鐘が、再び鳴る。

それは、新しい未来のための音。

――王太子は、完全に堕ちた。




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