愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香

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後日談① 帰る場所

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 朝の光が、ゆっくりとカーテン越しに差し込んでくる。

 目を覚ました瞬間、最初に感じたのは温もりだった。

 背中から抱き寄せられ、私はセドリック様――いいえ、今は夫の胸に収まっている。
 規則正しい呼吸と、腕の確かな重み。

 ……夢ではない。

 そう思った途端、胸の奥がじんわりと満たされる。

「起きたか」

 低く、少し眠たげな声。

「はい」
 小さく答えると、腕の力がわずかに強まった。

「まだ早い」

「もう十分、眠りました」

「それは、君の判断だろう」

 そう言いながら、解放する気はまったくない。

 私は思わず笑ってしまった。

「……独占欲、隠す気ありませんね」

「妻を抱いているだけだ」

 平然とした声で言う。

「何か問題が?」

「いいえ」

 むしろ――

「嬉しいです」

 そう告げた瞬間、彼の呼吸が一拍、乱れた。

 ゆっくりと体を起こし、私の顔を覗き込む。

「そういうことは」

 低く囁く。

「無自覚に言うものではない」

「……自覚しています」

 今度は、私が言った。

 彼は、一瞬言葉を失ったあと、観念したように額に口づけた。

「……敵わないな」



 朝食は、二人でとるようになった。

 公爵家の当主とその妻という立場上、忙しさは変わらない。
 それでも、この時間だけは、必ず一緒に過ごす。

「今日は、視察が入っている」

「はい。昼過ぎには戻られますか?」

「ああ。夕方には」

 そう言って、彼はふと視線を和らげる。

「何か欲しいものは?」

「……欲しいもの、ですか」

 少し考えてから、私は答えた。

「一緒に過ごす時間があれば、それで」

「それは、私の欲でもある」

 さらりと言われ、胸が熱くなる。

 かつての結婚生活では、こうした会話は「邪魔」だと切り捨てられていた。

 今は違う。

 互いの存在を、前提として生きている。



 午後、公爵邸の庭を歩いていると、使用人たちの穏やかな視線を感じた。

 尊敬と、親しみ。
 そして、安心。

 それらが混ざった眼差し。

「奥様、お花を摘まれますか?」

「ええ、少しだけ」

 差し出された籠に、季節の花を選びながら、私は思う。

 ――ここが、私の居場所だ。

 無理に完璧である必要はない。
 役割に縛られることもない。

 ただ、在ることを許されている。



 夕刻。

 仕事を終えたセドリック様が戻ると、私は書斎に呼ばれた。

「どうしましたか?」

「確認したいことがある」

 机の前に立つと、彼は書類を脇に置き、私の手を取る。

「公爵夫人としての公務」

「はい」

「負担になっていないか」

 その問いに、私は少し驚いた。

「……考えたこともありませんでした」

「今、考えてほしい」

 真剣な眼差し。

「君が望まない役割を、私は与えない」

 その一言に、胸が詰まる。

「……ありがとうございます」

 私は、正直に答えた。

「でも、大丈夫です。今は」

 彼は、私の答えを尊重するように頷いた。

「“今は”という言葉を、覚えておく」

 そう言って、微笑む。

「変わったら、必ず言え」

「はい」

 ――言える。

 この人には。



 夜。

 同じ寝室で、同じ灯りの下。

 私は、彼の肩に寄り添って座っていた。

「……以前の私は」

 ふと、口を開く。

「自分の価値を、誰かの評価で測っていました」

 彼は、黙って聞いている。

「でも今は」

 胸に手を当てる。

「ここにあるものを、大切にしたいと思える」

 彼は、ゆっくりと私を抱き寄せた。

「それでいい」

 低く、確かな声。

「君の価値は、君が決める」

 その言葉に、目が潤む。

「……あなたに出会えて、よかった」

「それはこちらの台詞だ」

 彼は、私の髪に顔を埋める。

「ようやく、帰る場所を得た」

「……私もです」

 互いに、失われた時間はある。
 けれど、そのすべてが、今へと繋がっている。

 灯りを落とし、
 彼の腕の中で、私は静かに目を閉じた。

 もう、不安はない。

 ここが、私の――
 帰る場所なのだから。




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