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後日談② 受け継がれるもの
しおりを挟む春の午後、公爵邸の庭は穏やかな陽射しに包まれていた。
白い花が咲き誇る小径を、私はゆっくりと歩く。
以前よりも、歩調は少しだけ慎重になっていた。
「無理はするな」
すぐ隣で、セドリック様――今は当然のように“夫”が言う。
「大丈夫です」
そう答えながら、私は小さく笑った。
「もう慣れましたから」
彼は納得していない顔だったが、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、自然な仕草で私の手を取る。
数年前なら、この距離、この触れ方すら、私は知らなかっただろう。
「今日は、医師の診察だったな」
「はい。問題はないそうです」
そう言うと、彼の表情がわずかに緩んだ。
――問題はない。
その一言が、どれほど彼を安心させるかを、私は知っている。
*
結婚してから、私たちは忙しい日々を送ってきた。
公爵夫妻としての責務。
領地の視察。
社交界での立ち回り。
それでも、決して“二人でいる時間”を後回しにはしなかった。
「君は、よくやっている」
ある日の夜、書斎で書類を閉じながら、彼はそう言った。
「頑張っているのは、あなたです」
「いや」
首を横に振る。
「君がここにいる。それだけで、私は余計な心配をしなくて済む」
私は、その言葉を胸にしまった。
かつての私は、役に立つことでしか、居場所を得られないと思っていた。
今は違う。
“存在しているだけでいい”と、
そう言われる日が来るなんて。
*
庭の東屋で腰を下ろすと、私は小さく息を吐いた。
「疲れたか」
「少しだけ」
そう答えると、彼は迷いなく私の隣に座り、肩を貸す。
私は、自然にそこへ身を預けた。
――当たり前になった、この距離。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……不思議ですね」
ふと、口を開く。
「以前は、未来を考えるのが怖かったのに」
「今は?」
「楽しみです」
正直な答えだった。
彼は、少し驚いたように目を瞬かせたあと、穏やかに微笑む。
「それは、いい変化だ」
彼の手が、そっと私のお腹に添えられる。
とても慎重で、大切なものに触れるような仕草。
その意味を、言葉にしなくても分かる。
「……気が早いかもしれません」
私は、静かに言った。
「でも、この子が」
そこで、言葉を切る。
確定させない。
けれど、否定もしない。
彼は、私の沈黙を受け止めるように頷いた。
「どんな未来であっても」
低く、確かな声。
「私は、君と共に迎える」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
*
夕方、公爵邸に戻ると、使用人たちが変わらぬ笑顔で迎えてくれた。
「奥様、お帰りなさい」
「ただいま」
そのやり取りが、自然にできるようになったことが、嬉しい。
夜、寝室で灯りを落とす前。
私は、窓辺に立ち、星空を見上げていた。
「……昔の私に、教えてあげたいです」
背後にいる彼に、そう告げる。
「ちゃんと、幸せになれるって」
彼は、私の背後からそっと抱きしめる。
「なら、こうも伝えてくれ」
耳元で囁く。
「君は、選ばれる価値のある人間だ、と」
私は、ゆっくりと頷いた。
もう、疑わない。
誰かに雑に扱われた過去があっても、
それが、私の価値を決めるわけではない。
彼の腕の中で、私は静かに目を閉じる。
これから先、
何が待っているかは分からない。
けれど――
手を取り合い、守り合い、
受け継いでいく未来なら。
きっと、大丈夫だ。
私たちには、
帰る場所があり、
共に歩む人がいる。
そして――
新しい命が、この幸せをさらに広げていく。
そんな予感を胸に、
私は、静かに微笑んだ。
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