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第6話 囲い込みは失敗する 母は、それを知っていた
しおりを挟む王国魔導院の会議室は、重苦しい沈黙に包まれていた。
長い楕円卓の周囲に座るのは、院長、副院長、結界専門官、王宮から派遣された監察官。
卓上には、リオンに関する報告書が積み上げられている。
「……交渉は、決裂だ」
院長が低く告げる。
「母親――セレスティアが、管理を拒否した」
「想定内でしょう」
監察官が唇を歪めた。
「問題は、“どうやって”拒否したかです」
彼は書類をめくり、一枚を示す。
「試験時、彼女は一度も声を荒げていない。しかし、息子の感情変化に即座に対応し、魔力の揺れを未然に抑えた」
沈黙が深まる。
「……つまり」
副院長が、言葉を選ぶ。
「彼女は、あの少年を“制御”している?」
「違う」
院長が首を振った。
「理解しているのだ」
制御ではない。
命令でもない。
ただ、誰よりも深く、彼の“在り方”を知っている。
*
「――ならば、分断するしかない」
監察官の言葉に、空気が凍った。
「母親を排除すれば、少年は王国に残る」
「危険だ」
老結界官が即座に反論する。
「感情的ショックは、あの才能にとって最悪だ」
「だが、選択肢は少ない」
その時。
「失礼いたします」
扉がノックされ、使者が入ってきた。
「王都外縁で、結界異常が確認されました。……原因は、未特定」
その報告に、全員が息を呑む。
(――まさか)
*
同じ頃。
王都外縁、古い水路のそばで、リオンは困った顔をしていた。
「母さん……これ、結界がちょっと、歪んでる」
彼の視線の先では、防護結界が微細に揺れている。
だがそれは、魔力不足でも劣化でもない。
人為的に“ズラされた”痕跡だった。
「……やはりね」
セレスティアは、静かに息を吸う。
(試したわね、王国)
直接手を出すことはしない。
だが、“困りごと”を作り、息子を前に出させる。
そして、その功績を理由に、囲い込む。
あまりにも分かりやすい手口。
「直せば、いい?」
リオンが尋ねる。
「直す、ではないわ」
セレスティアは、優しく微笑んだ。
「見せなさい」
「見せる?」
「あなたが、“どう直すか”を」
リオンは少し考え、頷いた。
*
彼は結界の前に立ち、目を閉じた。
(ここが、流れすぎてる……)
魔力の川を、堰き止めるのではない。
流れを、元の地形に戻す。
リオンは、最小限の調整だけを行った。
派手さはない。
光も、ほとんど生じない。
だが――
結界は、完全に安定した。
「……できた」
その瞬間。
空気が、拍手のように震えた。
現れたのは、魔導院の監察官と数名の魔導士。
「見事です、リオン殿」
監察官は、感嘆を隠そうとしなかった。
「この短時間で、これほど自然な再構築を……」
「たまたまです」
即答。
セレスティアは、内心でため息をついた。
(本当に……)
*
「王国としては、正式な職位を用意したい」
監察官は続ける。
「常設結界技師として、王都防衛の中核に――」
「お断りします」
返答したのは、リオンだった。
場が、静まり返る。
「え……?」
監察官が言葉を失う。
リオンは、少し緊張した様子で、だがはっきりと言った。
「母さんが、“選べ”って言いました」
彼は、セレスティアを一瞬だけ見て、続ける。
「だから、僕が選びます」
「……理由は?」
「王都を守るのは、大事です」
素直な言葉。
「でも、誰かに壊された結界を、同じ人たちのためだけに直すのは……」
彼は、言葉を探す。
「ちょっと、違う気がします」
その一言が、深く突き刺さった。
*
監察官は、沈黙の後、ゆっくりと息を吐いた。
「……理解しました」
それは、敗北の受け入れだった。
「ですが、王国は諦めません」
セレスティアは、微笑んだ。
「ええ。存じております」
そして、静かに続ける。
「ですが――あなた方が焦るほど、この子は遠ざかります」
監察官は、返す言葉を失った。
*
夜。
宿舎の一室で。
「……僕、言いすぎた?」
リオンが不安そうに尋ねる。
セレスティアは、首を振った。
「いいえ。とても、立派だったわ」
そして、そっと抱き寄せる。
「あなたは、もう“選ぶ力”を持っている」
リオンは、母の肩に額を預け、静かに頷いた。
王国は、まだ理解していない。
――この親子を、力で縛ることはできないということを。
そして同時に。
セレスティアは確信していた。
(……次は、もっと露骨な手に出る)
その時こそ。
悪役令嬢として微笑む準備は、整っていた。
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