王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

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第6話 囲い込みは失敗する 母は、それを知っていた

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 王国魔導院の会議室は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 長い楕円卓の周囲に座るのは、院長、副院長、結界専門官、王宮から派遣された監察官。
 卓上には、リオンに関する報告書が積み上げられている。

「……交渉は、決裂だ」

 院長が低く告げる。

「母親――セレスティアが、管理を拒否した」

「想定内でしょう」

 監察官が唇を歪めた。

「問題は、“どうやって”拒否したかです」

 彼は書類をめくり、一枚を示す。

「試験時、彼女は一度も声を荒げていない。しかし、息子の感情変化に即座に対応し、魔力の揺れを未然に抑えた」

 沈黙が深まる。

「……つまり」

 副院長が、言葉を選ぶ。

「彼女は、あの少年を“制御”している?」

「違う」

 院長が首を振った。

「理解しているのだ」

 制御ではない。
 命令でもない。
 ただ、誰よりも深く、彼の“在り方”を知っている。



「――ならば、分断するしかない」

 監察官の言葉に、空気が凍った。

「母親を排除すれば、少年は王国に残る」

「危険だ」

 老結界官が即座に反論する。

「感情的ショックは、あの才能にとって最悪だ」

「だが、選択肢は少ない」

 その時。

「失礼いたします」

 扉がノックされ、使者が入ってきた。

「王都外縁で、結界異常が確認されました。……原因は、未特定」

 その報告に、全員が息を呑む。

(――まさか)



 同じ頃。

 王都外縁、古い水路のそばで、リオンは困った顔をしていた。

「母さん……これ、結界がちょっと、歪んでる」

 彼の視線の先では、防護結界が微細に揺れている。

 だがそれは、魔力不足でも劣化でもない。
 人為的に“ズラされた”痕跡だった。

「……やはりね」

 セレスティアは、静かに息を吸う。

(試したわね、王国)

 直接手を出すことはしない。
 だが、“困りごと”を作り、息子を前に出させる。

 そして、その功績を理由に、囲い込む。

 あまりにも分かりやすい手口。

「直せば、いい?」

 リオンが尋ねる。

「直す、ではないわ」

 セレスティアは、優しく微笑んだ。

「見せなさい」

「見せる?」

「あなたが、“どう直すか”を」

 リオンは少し考え、頷いた。



 彼は結界の前に立ち、目を閉じた。

(ここが、流れすぎてる……)

 魔力の川を、堰き止めるのではない。
 流れを、元の地形に戻す。

 リオンは、最小限の調整だけを行った。

 派手さはない。
 光も、ほとんど生じない。

 だが――

 結界は、完全に安定した。

「……できた」

 その瞬間。

 空気が、拍手のように震えた。

 現れたのは、魔導院の監察官と数名の魔導士。

「見事です、リオン殿」

 監察官は、感嘆を隠そうとしなかった。

「この短時間で、これほど自然な再構築を……」

「たまたまです」

 即答。

 セレスティアは、内心でため息をついた。

(本当に……)



「王国としては、正式な職位を用意したい」

 監察官は続ける。

「常設結界技師として、王都防衛の中核に――」

「お断りします」

 返答したのは、リオンだった。

 場が、静まり返る。

「え……?」

 監察官が言葉を失う。

 リオンは、少し緊張した様子で、だがはっきりと言った。

「母さんが、“選べ”って言いました」

 彼は、セレスティアを一瞬だけ見て、続ける。

「だから、僕が選びます」

「……理由は?」

「王都を守るのは、大事です」

 素直な言葉。

「でも、誰かに壊された結界を、同じ人たちのためだけに直すのは……」

 彼は、言葉を探す。

「ちょっと、違う気がします」

 その一言が、深く突き刺さった。



 監察官は、沈黙の後、ゆっくりと息を吐いた。

「……理解しました」

 それは、敗北の受け入れだった。

「ですが、王国は諦めません」

 セレスティアは、微笑んだ。

「ええ。存じております」

 そして、静かに続ける。

「ですが――あなた方が焦るほど、この子は遠ざかります」

 監察官は、返す言葉を失った。



 夜。

 宿舎の一室で。

「……僕、言いすぎた?」

 リオンが不安そうに尋ねる。

 セレスティアは、首を振った。

「いいえ。とても、立派だったわ」

 そして、そっと抱き寄せる。

「あなたは、もう“選ぶ力”を持っている」

 リオンは、母の肩に額を預け、静かに頷いた。

 王国は、まだ理解していない。

 ――この親子を、力で縛ることはできないということを。

 そして同時に。

 セレスティアは確信していた。

(……次は、もっと露骨な手に出る)

 その時こそ。

 悪役令嬢として微笑む準備は、整っていた。




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