私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
38 / 237
第3章「後退」

37話

しおりを挟む


「その瞳と、その髪色…」


頭上からポツリと呟く義弟の声が聞こえた 。


「姉上、この方は…?」


義弟は目をパチクリさせながら、私と聖女を見下ろす。その姿を見て義弟には聖女のことを伝えていなかったことに気が付いた。


「ごめんなさい、伝えてなかったわよね。この方はせい…」
「なんの騒ぎだっ!」


突然響き渡った低い声に私の声は掻き消された。
この声は…と思いつつ声がする方へ視線を向ければ、外の騒ぎを聞きつけたのであろうテオドール殿下が険しい顔をしてこちらに向かってきた。


「なんで、お前が…」


義弟の存在に気付いた殿下は驚いたように目を見開いた後、私に縋り付いている聖女を見て眉間にしわを寄せた。


「…またお前か、聖女殿。」
「ひっ。」


ギロリと殿下に睨まれた聖女は小さく悲鳴を上げ、咄嗟に義弟の後ろに隠れた。顔を青くした聖女は身体を小さくし、ガタガタと震えている。彼女は殿下のことがトラウマになっているようだ。


「殿下、おやめください!聖女様は関係ありません。」


聖女を庇おうと私は声を張り上げる。そんな私を一瞥した後、殿下は呆れたかのように深いため息をついた。


「また、お前は…。じゃあ、何を騒いでいたのか説明しろ。あと何で、留学に行っているはずの公子がここに居て、公然の面前でお前が抱き抱えられているか、それもな。」
「こ、これは…その…ユーリ、降ろして!」


義弟に抱き抱えられたままでは何を言っても説得性に欠ける。  
殿下に訝しそうに見られた私は慌てて義弟から降りようとするが、相変わらず義弟の腕はびくともしない。「いい加減に…」と義弟を睨むも、義弟はただ首を振るだけだった。


「僕が話しますよ。まずは…尊く偉大なるノルデン帝国のテオドール皇太子殿下、ご挨拶が遅れてしまいまして申し訳ございません。デューデン国での目的の単位を全て習得しましたので留学を切り上げ、祖国へと帰還しました。」


いつもの様に穏やかに答え始める義弟に殿下は少し驚いた表情を見せた。


「は?そんな早く…」
「それと何故僕が姉上を抱き抱えているのか…それは、2階から落ちてきた姉上を僕が受け止めたからです。」
「は?落ちた…?何でそれを先に言わないんだ!おい、大丈夫なのか?怪我は…」


終始ピリピリとした雰囲気だった殿下は、その雰囲気を緩め私を心配そうに見下ろした。


「大丈夫ですよ。ユーリが受け止めてくれたので、大事に至らずに済みました。」


安心させるため微笑んで見せれば、殿下は安堵の息を漏らした。そして何故かこちらに自らの両手を差し出す。


「…公子、そいつをこっちに寄越せ。念の為、皇宮医に診せる。」


皇宮医とは皇族のお抱えの医者だ。高位の魔力保持者で高度の技術をもって皇族達の健康管理につとめているらしい。本来、皇宮医は皇族以外を診るなんて有り得ない。
流石にそれは恐れ多い上に、特に怪我もしていないので断ろうと口を開く。


「いえ、殿下にそこまでして頂く必要はありません。」


殿下からの申し出を断ったのは私ではなく義弟だ。思わず義弟の顔を見上げれば、いつものように穏やかな表情で殿下を見据えていた。

いつもの…?いや、違う。目が笑っていない。いつも甘く蕩けるような蜂蜜色の瞳は硬く無機質な色をしており、私の胸をざわつかせた。


「ああん?」


殿下のドスの効いた声に怯んだ様子もなく義弟は淡々と答えていく。


「僕が居ない間、姉上のことを見ていて下さいましてありがとうございました。ですが、姉上には僕がいますのでもう大丈夫です。」
「お前…」
「あぁ、だいぶ冷えてきましたね。姉上の体に障るといけませんので、僕達はこれで失礼致します。」


義弟はそう言うと殿下と聖女に軽く会釈をして、私を抱えたまま馬車が待機している方角へと歩き出した。


「ちょっと、ユーリ!待って…」


私は慌てて義弟を止めようとするも義弟は聞く耳を持たない。その珍しく反抗的な態度に戸惑いながらも、私は話しを聞いて欲しくて義弟の耳を引っ張った。


「…痛いです、姉上。」


やっとこちらを見てくれた義弟は情けなく眉を下げた。だが、その足は止まらず前に進み続ける。


「ユーリが私の話を聞いてくれないからよ。あのまま殿下達を置いては行けないわ。1回降ろしてちょうだい。」
「駄目です。」
「な…」


きっぱりと断る義弟に私は絶句した。いつもなら私のお願いを素直に聞いてくれるというのに…。
少しショックを受けた私は呆然と義弟を見つめる。そんな私を義弟は柔らかな表情で見下ろした。


「見たところ何ともないように見えますが、姉上は2階から落ちたのです。早く邸に帰って念の為、医者に診てもらいましょう。」
「…。」
「睨んでもダメです。」


いつも素直で優しい義弟は、変なところで頑固だ。
私は諦めてため息をついた。義弟に抱き抱えながら、ちらりと後方を見ればどんどん殿下と聖女が小さくなっていく。あの2人をそのままにしてしまって大丈夫だろうか?心配だ。


「姉上。」


殿下と聖女を見つめていた私に義弟は声をかけた。


「僕が居ない間に殿下とは随分と仲良くなっているようですが…」


その言葉に義弟を見上げれば、心配そうに揺れるシトリンの瞳と目が合った。


「姉上を油断させて、その隙に殿下が姉上に危害を加えようとしているんじゃないかと…思って…。…どうか…殿下と放課後を一緒に過ごすのはもう、やめてください。僕は貴女が心配で、とても不安です。」
「…。」


…この子は、留学前からちっとも変わっていない。何処か危うげで、心配症で、依存的。留学中にもこうして不安を募らせていたのだろうか。
…だが、この感じは嫌ではない。むしろ心地いい。あぁ、最近にはなかったこの感覚…。
義弟は私の元に帰ってきたのだと改めて実感した。


「そんなに不安がらなくても大丈夫よ。」


そう言って私は義弟の頭を撫でる。


「言うのが遅くなってしまったけど…おかえりなさい、ユーリ。」
「はい。ただいま、姉上。」


シトリンの瞳を嬉しそうに細める義弟を見て、ふと違和感を感じた。


―…あら、私…ユーリに殿下のこと、話したっけ?


聖女の事だけでなく、殿下のことも義弟には伝えてなかったはずだ。放課後、殿下と一緒に過ごしているなんて伝えたらきっと心配するだろうと思っていたのだが……

まぁ…自分が覚えていないだけで、手紙に書いてしまったのだろう、と自己完結をした。














しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

最初からここに私の居場所はなかった

kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。 死なないために努力しても認められなかった。 死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。 死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯ だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう? だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。 二度目は、自分らしく生きると決めた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。 私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~ これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

処理中です...