私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
37 / 237
第3章「後退」

36話

しおりを挟む

女生徒の甲高い悲鳴が響く中、私は重力に従うままに下へ下へと風を切りながら落下していく。どんどん近づいてくる地面に私は咄嗟に目を瞑った。


―さよなら、世界。


ドンッと身体に強い衝撃が走る。

…だが、不思議と痛みは感じない。即死だと痛みを感じないのだろうか。


「大丈夫ですか?」


優しく柔らかな声が鼓膜をくすぐる。
恐る恐る目を開けると、そこには美しい天使がいた。

私を天国へ連れていくために、わざわざ迎えに来てくれたのだろうか。

蜂蜜のように甘く蕩けるようなシトリンの瞳に、ややクセのある柔らかなミルクティーブラウンの髪を持つ天使は、慈愛に満ちた表情で私を見下ろしていた。
その神々しさに、しばし見とれる。


「姉上?」


天使は不思議そうに首を傾けた。


「…ユーリ?」


私を“姉上”と呼ぶのは義弟のユリウスしか居ない。大きく目を見開き天使を食い入るよう見つめていると、天使は嬉しそうに破顔した。


「はい、ユリウスです。ただいま帰りました。姉上、お変わりありませんか?」


視界から入り込む情報を脳が処理しきれない。私は呆けた表情でその天使…義弟を見つめた。

彼は本当に義弟なのだろうか。記憶にある義弟の顔よりも少し大人びて見える。
私は思わず目の前にある彼の顔に両手を伸ばし、ペタペタと触った。
キメ細やかな肌、スッキリとした顔のライン、高い鼻梁に形の良い唇、左目の下にある泣きぼくろ…


「ふふふ。姉上、擽ったいですよ。」


そう言って彼は少し首を竦めて笑う。擽ったそうに…でも何処か嬉しそうに目を細める姿は私の知っている義弟だ。


「ユーリ、貴方…どうしてここに?」


彼が私の元に舞い降りた天使ではなく、義弟のユリウスであると認識は出来たが、本来ここに居るはずのない義弟が目の前に居ることに私は混乱していた。
義弟は現在進行形で南にあるデューデン国に留学中のはずだ。


「デューデン国で学びたいものは全て習得出来たので、早めに留学を切り上げてきたんです。姉上に早く会いたかったので、邸には寄らずに直接学校に来ちゃいました。」


しれっと答える義弟に唖然とする。留学とはそんなにも簡単に帰ってこられるものなのだろうか。てっきり帰ってくるのは春頃だろうと思っていたのだが、まさかこんなにも早いとは…。

帰ってくるならそれはそれで良いのだが、何故知らせてくれなかったのだろう。


「姉上こそ、どうして2階から落ちてきたのですか?一体何が…」
「…私にも分からないわ。」


確か、私は聖女に頼まれて絵のモデルをしていたはずだ。そのお手伝い中に突然眩暈に襲われて身体を支えようとバルコニーの柵を掴んだら、ぐらりと身体が傾き…

落ちたのだ。

さっきまで居た2階のバルコニーを見上げれば、柵が無くなっていた。どうやら柵に体重をかけたことによって、柵が外れてしまったらしい。バルコニー下の地面には外れた柵が無惨に散らばっていた。

義弟が居なかったら今頃私は…。

遅れてやってきた恐怖感にぶるりと身体が震える。それに気付いた義弟は私を安心させるように身体を寄せ「安心してください。姉上は無事です。ちゃんと生きてますよ。」と優しく微笑んだ。

ふと、今自分が義弟に抱き抱えられていることに気が付いた。その体勢は俗に言うお姫様だっこだ。落下してきた私を義弟が受け止めてくれたのだろう。状況を把握した私はサッと顔を青くした。


「ユーリ!私より貴方は大丈夫なの!?腕とか…、あぁ、私の事なんていいから、早く降ろして!腕が…!」


2階から落ちた私を受け止めてくれた義弟の身体へ負担は、けっして軽くはないだろう。その上、義弟は身体が弱いのだ。私のせいで昔のようにベッド生活へ逆戻りさせてしまったら、私は耐えられない。

狼狽する私に義弟は微笑む。


「姉上、落ち着いてください。僕だって姉上を抱き抱えられるくらいの力はありますよ。それに、貴女は羽が生えているみたいに軽いので大丈夫です。」
「そんな嘘はいらないから早く降ろして!」


義弟の腕の中から自力で降りようともがくが、義弟の身体はびくともしない。それに戸惑っていると、こちらに必死に駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


「エリザベータ様っ!!!」


悲痛な声を上げて、こちらに駆け寄ってくるのは聖女ベティだ。聖女はそのまま崩れ落ちるかのように、義弟に抱き抱えられたままの私に縋り付いた。


「あぁ、良かった、本当に良かった。貴女が無事で本当に良かった。貴女が目の前で落ちた時はどうしようかと…あぁ、エリザベータ様…。」


聖女は、そのピンクダイヤモンドの瞳からはらはらと涙を流した。
そのいたいけな少女の姿に胸が締め付けられる。


やっぱり、私にはこの聖女が嘘を言っているようには思えなかった。









しおりを挟む
感想 473

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...