私は貴方を許さない

白湯子

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第4章「好奇心は猫をも殺す」

58話

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年の瀬が押し迫ってきた今日この頃、銀色の世界に包まれたノルデン帝国の人々は、慌ただしい日々を過ごしていた。


父は年末に帝国へと提出する書類をまとめるため、広大な領土を端から端まで足を運んでいる。そのため、邸に中々帰ってこれない日々が続いていた。
毎年この時期は忙しいのだが、今年は今まで以上に忙しいらしい。


そして、目の前にも忙しく日々を過ごしている人間がいる。


「…ユーリ、大丈夫?ちゃんと寝ているの?」
「はい、姉上。大丈夫ですよ。」


そう言いながらも眠そうに目を擦る義弟を見てため息をついた。

私たちは今、魔力保持者の校舎にある植物園にいる。
いつも昼食を過ごしていた中庭は、雪に埋もれてしまっているため、かわりに植物園の芝生の上で昼食をとっていた。
様々な木々が覆い茂る植物園の中は、春のように暖かく、この季節はここで過ごす生徒が多いようだ。


「全然大丈夫そうじゃないんだけど…」
「ふふ、大丈夫ですよ。はい、姉上。デザートのクリームブリュレです。」


眠気なのか疲れなのか、義弟はふわふわとした口調で私にデザートを差し出す。私はそれをお礼を言いつつ受け取った。

義弟は、今年中にデューデン国で学んだことを論文として提出しなければならない為、最近、夜遅くまで起きていることが多い。

自分のことで精一杯であるのに、義弟は今まで以上……いや、前世の記憶が戻る前のように私を甲斐甲斐しく世話をするようになっていた。

朝は必ず、義弟に起こされる所から始まる。前世の記憶が戻ってからは1人で起床出来ていたはずなのに、今の私は1人で起きれなくなってしまっていた。その上、その流れで身支度も手伝ってもらっている。

正直、義弟に甘えるのはとても楽だ。今まで何でも自分でやろうとしていたことが不思議に思えるほど、私は義弟の存在に依存している。


―私は一体何に抗っていたのかしら?


ふと、そんな疑問が湧き上がるが、直ぐにそれは消えてなくなった。
それでいいのだ。義弟が言っていたように、過去は忘れていくもの。だから、別に思い出す必要なんてない。
私には義弟がいる。それだけで十分だ。


デザートを食べ終わり、お腹がいっぱいになった頃、義弟は咬み殺すよう欠伸をした。


「ねぇ、ユーリ。論文はどう?終わりそう?」
「えぇ、もう少しです。今年中には終わりますので大丈夫ですよ。」
「そう、私に何か手伝えることは無い?」


甲斐甲斐しく世話をしてくれる義弟に後ろめたさを感じていた私はそう提案する。
私は義弟を手伝えて、義弟も負担が少し減るのであれば良い提案だ。たが、義弟は首を横に振り、にこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ、姉上。」
「…そう。」


何となく分かっていたが、少し寂しい気持ちになる。しゅんと俯く私に義弟はクスクスと笑う。


「だって、姉上…虫、苦手でしょう?」
「…え?虫??」


義弟の言う通り、私は虫が苦手だ。だが何故、ここで虫の話が出てくるのだろう。
確か、義弟はデューデン国の植物の生態について勉強していたはずだ。
…なのに、何故、植物ではなく虫??


「えぇ、虫です。お恥ずかしいお話しなのですが、ずっと薬草だと思っていたものが、実は虫だったのです。」
「…虫…。」
「なので、今までの知識が通用しなくて……少し手を焼いてました。」


…なるほど、だから珍しく論文に苦戦していたのか。納得している私の傍らで義弟はまた欠伸をした。


「…ねぇ、ユーリ。授業までまだ時間があるみたいだし、少し寝たら?辛そうよ。」
「大丈夫ですよ。」
「ユーリ。」


じっと義弟を見つめると、義弟は困ったように笑みを浮かべた。


「僕はだいじょう…」
「私は貴方が心配なの。」


そう言うと義弟は観念したように肩を竦めた。


「…わかりました。」
「分かってくれて嬉しいわ。さ、ここに頭を置いて。」


にっこりと笑った私は自身の膝をぽんぽんと叩く。それを見た義弟は目をぱちくりさせた。


「…え?」
「ん?何で驚いているの?ユーリだってよく私にしてくれるでしょ、膝枕。」
「そう…ですが…、姉上にそこまでして頂くだなんておこがましいですし…」
「おこがましいだなんて…私たち、姉弟じゃない。」


オロオロと視線を泳がせる義弟に首を傾げる。
義弟は自分でするのは平気なのに、逆にされると、こういった戸惑いを見せるのだ。


「私の膝じゃ、嫌なの?」
「いや、そんなことは…」
「嫌じゃないなら使っていいのよ。」
「…。」
「…ね?」
「…………じゃあ、失礼します。」
「どうぞ。」


もっと気楽で良いのにと私はクスクスと笑う。
気恥しそうに芝生に寝転んだ義弟は、恐る恐る私の膝に頭を乗せる。すると、パチッと義弟と目が合った。
上から義弟を見下ろすだなんて中々ない光景だ。物珍しくて、じっと眺めていると義弟は弾かれたかのように身体の向きを変えた。あら、残念。義弟の耳しか見えなくなってしまった。


―…おぉ。


義弟のふわふわとしたミルクティーブラウン色の髪が、目の前で誘惑してくる。うずうずと湧き上がる欲求に逆らえず、私は義弟の頭に触れた。


「―っ。」
「あ、ごめんなさい。触ったら寝れないわよね。」


突然頭を触れられて驚いたのだろう。義弟の身体は強ばっている。


「いえ、大丈夫です。」
「もう触らないから大丈夫よ。さ、寝て頂戴。時間になったら起こしてあげるから、安心してね。」
「………わかりました。おやすみなさい。」


しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。こんなにも早く眠りにつくとは…やはり疲れていたのだろう。

ガラスの天井から暖かな日差しが降り注ぐ。冬なのに、まるで春の陽気に包まれているようだ。


「…ユーリ。」


小声で名前を呼ぶが、義弟は心地よさそうに眠っている。それを見て私は満足げ微笑んだ。


―…少しだけ…


誘惑に簡単に負けた私は、義弟の髪に優しく触れた。柔らかで心地の良い感触が指先に伝わってくる。


「ふふ。」


あまりの気持ちよさに、私は義弟の頭を撫で始めた。


―可愛い、可愛い私の弟。


この穏やかな時間が、とても愛おしい。


―ずっと、この時間が続きますように…。


何か大切なことを忘れてしまった私は、身勝手にもそんなことを思ってしまった。




※※※※※


数十分後…。


「足が…足が…!痺れ…」
「姉上、大丈夫ですか?」
「ひっ、いやっ!ユーリ、今動いては駄目よっ!」
「ですが…」
「ひっん、そんな、動いちゃ、だめ……っ。あぁ…っ……。」
「………………………今、その痺れを取る魔法をかけてあげますね。」



その後、私は義弟の甲斐甲斐しい介護を受けることとなった。



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