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54 カーバンクル帰る①
しおりを挟むティナはぐっすりと眠ることができた。
フカフカのベッドの寝心地は最高だった。これから毎日ベッドを使えるなんて、夢のようだ。
入学試験の合格発表は一週間後だという。それから一か月後が入学式になる。
それまでティナはゆっくり過ごせそうだ。
……と、思っているのはティナだけで、実際はそうではない。
ティナのように文字の読み書きが出来ない者達は、毎年何名か入学してくる。その者達は、この一カ月の間に基礎学力の強化として、地獄の特訓があるのだ。
それに2学期制の学園では、学期終了前にテストがあり、実技もだが座学もある。
貴族の子ども達は家庭教師から基本は習ってきているが、読み書きもおぼつかない者達は、テストで落第しないようにと、通常授業の他に補習や予習、復習の特別授業がある。もちろん強制参加だ。
他から見れば、とても手厚い行き届いた学園だ。それでも毎年落第生は多く出るのだが。
まだそのことを知らないティナは、何もしなくても寮に住めて食事が出るとノホホンと思っている。
上機嫌だ。
「スーさん朝だよ。私よりもお寝坊さんなのは珍しいね」
ティナの枕元でカーバンクルと一緒に寝こけているスーを軽く揺らす。
昨晩スーとカーバンクルが何をしてきたかなんてティナは知らない。自分の大切なペットとそのお友達なだけだ。
起きて身づくろいをすると、次は朝食だ。
だが、残念なことに共同棟にペット達は連れては行けない。
他の生徒達から嫌がられるからと、最初に断られている。
だからティナは食堂からお弁当を貰ってきて、寮で皆と一緒に食べることにしている。
本来は学園には獣舎のお世話をしてくれる人がいて、その人が従魔の食べる物を朝と晩、用意してくれる。
だけどティナが、スー達は自分と同じ物を食べると申請したので、食堂でティナの分プラスのお弁当を出してくれるようになった。
「どうしよう、こんなに美味しい食事を毎回食べていたら、太っちゃうわ」
ティナは頬が落ちそうになるらしく、片手で頬を押さえながら、嬉しそうにお弁当を食べている。
(ご主人様が太ったって、俺は大好きです)
「この前王子と一緒に食べたのに比べればぜんぜんだな。まあ、喰えないってほどじゃないけどな」
「肉よこせ、にくー」
共同棟で食事をしないティナはポッチかもしれないが、食事はとても賑やかだ。ただティナに言葉は通じてはいないが。
コンコンコン。
誰かがドアベルを鳴らした。
ドアベルと言っても、ドアに板が吊るしてあり、それを小さな木槌で叩くようになっている。
学園には、ほぼ知り合いのいないティナは、まさか誰かが来るとは思っていなかったので、飛び上がって驚いてしまった。
慌てて扉へと向かう。
「あの、どちら様でしょうか……」
「私は寮母をしているトリカ=サーリャだ。お前がティナで間違いないな」
扉を開けたら壁が出現した。
もとい、壁のようにそびえ立つ人がいた。
身長も高いが身体つきもデカイ。だが、決して太っているわけではない。腕も背中も筋肉でムキムキだ。
寮母というからには女性なのだろうが、雰囲気も顔も厳つい。
ティナは固まってしまう。
(ほう、人族の割にはなかなかやるな。隙が無い)
「おぉー、マッチョだ。俺達妖精には無理なんだよねぇ。なんせ妖精は可愛い系だからな」
「シャーッ!」
スーとちょうちょは大人(?)の余裕なのか、スーはニヒルな笑みを浮かべ(本人的には)ちょうちょは腕組みしている。カーバンクルだけは怖かったのか、尻尾まで膨れている。
「は、はいっ、ティナです」
「了解した。では、これよりミッションを開始する。付いてこい」
「え、え、ええ?」
トリカはクイッと親指を立てると、ティナが部屋から出てくるのを促す。
だがティナは、何がなんだか分からない。
「あ、あのミッションとはなんですか? どこに行くのですか?」
「なんだ、話は聞いていないのか?」
「話ですか? いえ、何も」
「まったく……。いいかアール教頭よりミッションを受けた。内容はティナの身の回り品の購入だ」
「え、購入?」
ティナは面食らう。それと共に悲しくもなった。
だってティナは、豆銅貨一枚すら持ってはいないのだから。
「あの、私は何かを買うわけには……」
「アール教頭より、入学支度金を預かっている。代金の心配をする必要は無い。これは学園に入学する上で必要な措置だ。購入予定の物品は、こちらでリストアップしているから、ティナは付いて来るだけでいい。このことに関して異議を申し立てたい場合は、寮に帰ってきた後にアール教頭に直接言うように。以上だ!」
「え、あ、あの」
「では出発する」
トリカは戸惑ったままのティナの手首をむんずと掴む。
(よーし俺もご主人様と一緒に買い物だー)
「しょうがないか、俺も付き合ってやるよ」
「人族が多くいる所に行くのなら、旨い物があるのか?」
ペット達は、一緒に行く気満々だ。
「街中に畜生は連れては行けない。大人しく獣舎で待っていろ」
トリカはにべもない。
(えー。なんでだよ)
「俺は抗議するぞ」
「肉―。肉を寄越せー」
ペット達は不満タラタラだ。
「本日のミッションには女性の下着を売る店での買い物もある。お前達がオスかメスかは知らないが、女性客が嫌がるだろうから店には入れんぞ」
魔獣の念話は人族には伝わらない。それなのにトリカには、ペット達の不満が伝わったようだ。
女性の下着……。
手首を掴まれたままのティナは、ちょっと驚くが、次に期待してしまう。
ティナが今一番困っていること。
それは下着の替えが無いことだ。
着の身着のままのティナには替えの服どころか何も無い。
別れたキャラバン隊の馬車に置いて来てしまった。
毎日下着を替えたいのだが、それが叶わず、今のティナは、脱いで、洗って、干して、履いている。
要するに生乾きだ。
でもノーパンはやっぱり嫌だし抵抗がある。
このまま寮母さんに付いて行ったらパンツを買ってもらえるかも……。
手首を掴まれたまま、フラフラとトリカに付いて行ってしまうティナだった。
ティナの後ろを、見つからないようにちょうちょが付いて行った。
トリカにちょうちょが見えているのかどうかは分からない。だがちょうちょを追い払うようなことはしないだろう。
ティナを連れ出してもらったのはスーの依頼だから。
「ちぇっ、美味い肉が食いたかった」
拗ねているカーバンクルに視線を向ける。
この幼いカーバンクルを元の住み家に戻してやらなくてはならない。
そのためには半日以上ご主人様と離れる必要があった。
カーバンクルの住んでいた森は、ここからは遠い。
スーにすれば、ご主人様と離れるのは寂しいというよりは怖い。何かが有った時、ご主人様と一緒にいられないのは、恐怖でしかない。
だが、もうカーバンクルがここにいることはできない。
昨晩、カーバンクルは人族を襲った。
すぐに追手が来るだろう。
その前に森に帰す。
スーはご主人様を連れ出してもらえるように、グリファスを通じてクライブに頼んでもらった。
ご主人様の心配をするスーが安心するようにと、クライブは元女性騎士で凄腕のトリカをご主人様のボディガード兼案内役にしてくれた。
ちょうちょにもご主人様と一緒にいてもらう。
(来たか)
スーは上空を見上げる。
羽音がどんどんと近づいて来る。
「シャー」
気配に気づいたカーバンクルが、やんのかステップになっている。
やって来たのはグリファス。
スー達なら時間がかかる遠距離も、翼のある神獣グリフォンならば、ひとっ飛びで行くことができる。
カーバンクルの住んでいた森へ向かって、スー達は出発するのだった。
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