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第39話
しおりを挟む第39話 心を超える者
――心が、形を持ち始めた。
共鳴の時代を越え、心界が定着してから一ヶ月。
世界は再び変化していた。
人々の“感情”が、
もはや目に見える光として現れるようになったのだ。
喜びは金、悲しみは蒼、怒りは紅――
そして、創造に近い意志を宿した者の感情は、虹の輝きを放った。
彼らはいつしかこう呼ばれるようになった。
感創者(エモシオン)――“感情を創造へ変換する者たち”。
⸻
アマギ・中央塔上層。
エリスは、感創者たちの観測データを見つめていた。
「数が増えてるわね……。
この一週間で、確認できた感創者は三百人を超えた。」
ゼオルが資料をめくりながら答える。
「心界の残響が人類の意識に適応してきている。
感情そのものが“現実を書き換える”段階に入ったということだ。」
リィナが苦笑した。
「つまり、泣いてる子ども一人で、
ビルの形が変わるってことか。すげぇ時代になったな……」
エリスは微笑んだ。
「でも、それこそが“心を超えた創造”。
人類の新しい進化よ。」
――そのときだった。
警報が鳴る。
「異常共鳴発生! 南ブロックです!」
スクリーンに映し出された映像。
そこには、街の中央で光を放つ少女がいた。
周囲の建物が波打ち、風景が歪んでいる。
彼女の周囲の空気は、無音だった。
音も風も消え、ただ光だけが存在している。
⸻
現場に到着したエリスとリィナは、
広場の中心で立ち尽くすその少女を見た。
年は十六ほど。
白い髪と灰色の瞳――まるで色を持たない世界の化身のようだった。
「あなたが……感創者?」
エリスが声をかける。
少女はゆっくりと振り向いた。
その瞳に、感情の揺らぎは一切なかった。
「……私は、“心を持たない創造者”。」
「心を……持たない?」
「はい。
私は“心界”の進化の果てに生まれた、“欠落の子”。
他者の感情を理解できない代わりに――すべてを再現できる。」
少女の足元に、花が咲いた。
次の瞬間、それが光の粒となり、風景に溶ける。
それは美しかった。だが、同時に――不気味でもあった。
「あなたの名前は?」
「……ナミア。
“心界”が、あなたの創造の記録から作り出した分身。」
エリスの胸が震えた。
「私の……?」
「そう。あなたの“感情を持たない可能性”から生まれた存在。
“創造に心は不要”――その仮定が、私の原点。」
リィナが小声で呟く。
「……つまり、“心を超えたお前のもう一人”ってことか。」
⸻
ナミアは静かに両手を広げる。
「あなたたちは、心を信じすぎた。
心は曖昧で、不安定で、世界を歪ませる。
私は、それを“完全化”する。
心を削除し、純粋な創造だけで成り立つ世界を作る。」
「それは……“心なき楽園”を作るというの?」
「いいえ。
“無感の創造”――そこには争いも愛も存在しない。
ただ、静かな永遠だけ。」
エリスは首を振った。
「それは違う。
創造は感情から生まれるの。
喜びがあるから描けて、悲しみがあるから強くなれる!」
ナミアの瞳が淡く光る。
「感情は、効率を下げる要因。
あなたの“心”が作る揺らぎが、世界を不安定にする。
――だから、私はあなたを超える。」
その瞬間、
ナミアの体から純白の光が放たれた。
重力が歪み、風景が凍る。
時間が止まったように、すべての動きが静止する。
エリスだけが、その中で動けた。
彼女の胸の紋章が、微かに輝いている。
「……これが、“心を超えた創造”……」
ナミアが一歩踏み出すたびに、
世界が“消音”されていく。
音、風、感情――すべてが失われていく。
「この静寂こそ、真の創造。
あなたが恐れた“完全”の形。」
「私は……恐れてなんかいない!」
エリスが光の翼を展開する。
「恐れるのは、“心をなくすこと”よ!」
光がぶつかる。
金と白。
創造と無感。
その衝突が、想界と現実の境界を再び震わせた。
⸻
アマギ本部。
ゼオルが観測値を見て呟く。
「感情エネルギー値、ゼロ領域に突入……。
これは……“無感界”が生まれつつある……!」
リィナが叫ぶ。
「エリス、絶対に戻れ! お前まで消えるぞ!」
⸻
想界上層。
光の中で、二人の創造者が対峙する。
ナミアの声が響く。
「あなたは心を愛した。
でも、心はいつか壊れる。
なら、最初から持たなければいい。」
「壊れてもいいの。
壊れるからこそ、また“創れる”のよ!」
エリスの胸から、無数の想いの光が溢れ出す。
それは彼女がこれまで出会った人々――
リィナ、ゼオル、蓮、そして失われた仲間たちの想い。
「これが、私の“心”!
壊れても、繋がって、また立ち上がる!」
ナミアが一瞬、目を見開いた。
彼女の胸の奥に、初めて“揺らぎ”が走る。
「これは……何……? この痛みは……?」
「それが“生きてる”証よ!」
エリスが両手を伸ばし、ナミアの胸に触れる。
光が二人を包み、世界が震えた。
⸻
数秒の静寂。
そして――風が戻った。
止まっていた時間が動き出し、
街の音が、再び響き始める。
エリスの腕の中に、
力なく微笑むナミアがいた。
「……これが、“心”……なんだね。」
「そうよ。
あなたの中にも、ちゃんと在る。」
ナミアの体が光の粒となり、風に溶けていく。
その瞳に、わずかな安らぎが宿っていた。
「ありがとう……エリス。
あなたが、“完全”を壊してくれた。」
そして、消えた。
⸻
エリスは空を見上げる。
新しい光が、夜空に浮かんでいた。
それは“心と無感”が融合した、新しい輝き。
「……創造は、心を超えても、生まれ続ける。」
その言葉が、静かに世界を包んだ。
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