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第53話
しおりを挟む第53話 祈りなき神
白い空間の中心に、青い光が浮かんでいた。
それは炎のように揺らぎながらも、決して熱を持たない。
リュシスはその光を見つめ、足を踏み出す。
「……本当に、ハルなのか?」
『――名は、もう意味を持たない。
私は“祈りの裏側”に封じられていた意識。
人が恐れ、拒んだ“創造の真核”。』
声は穏やかで、それでいて冷たい。
かつてミラの話で聞いたハルの優しさとは、まるで違っていた。
「祈りの裏側……?」
『祈りは願い。だが願いには必ず“恐れ”が伴う。
叶わぬ願い、壊れる希望。
人はそれを祈りの中で覆い隠した。
私はその“拒絶された恐れ”として生まれた。』
リュシスの胸が締めつけられる。
この声――確かに、どこかハルに似ている。
けれど、それは光ではなく“影”のような存在だった。
⸻
ノアが後方から叫ぶ。
「リュシス、距離を取れ! そのエネルギー波、心界と同質だ!」
だがリュシスは首を振った。
「いいんです。
――僕は、話をしなければならない。」
光の中の存在が、ゆっくりと姿を変える。
青い輝きが人の形を取り、
そこには“もう一人のハル”が立っていた。
『私は、創造の本能。
祈りを超え、恐れをも超え、ただ“生み出す”力。
君たち人間は、いまだに祈りに縛られている。』
「……祈りは縛りじゃない。」
リュシスは一歩近づき、拳を握る。
「それは、僕たちが“生きたい”と願う証です!」
『だが祈りは、いつも誰かに依存する。
祈りは望む。望みは失う。
そして、人はまた祈る。
それは終わらぬ循環だ。』
声が空間に響くたび、白い世界が震える。
リュシスの心に、かつてミラが言った言葉が蘇る。
――「祈りは終わりじゃない。生きようとする意志よ。」
⸻
リュシスは顔を上げた。
「確かに、祈りは繰り返す。
でも、それを“無駄”と呼ぶなら――あなたは人じゃない!」
『私は人ではない。
私は創造そのもの。
お前たちが“祈り”によって封じた本能の形。
今、解き放たれた。』
ハルの影が腕を広げると、
空間が裂け、黒い光が世界を覆い始めた。
ノアが警報を叫ぶ。
「祈り拒絶波、拡散! このままじゃ共鳴層が――!」
ミラの声が通信に割り込む。
『リュシス、聞いて! それは“神核の暴走”よ!
あなたの中の祈りで、干渉できるはず!』
「……僕の、祈りで?」
⸻
リュシスは胸に手を当てた。
その奥で、微かに“ハルの声”が響く。
『リュシス……君は、まだ信じてる?
祈りが、誰かを救うって。』
彼は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「ええ。信じています。
祈りは他人を救うためじゃない。
――誰かを想うためにあるんです!」
その瞬間、彼の胸から金色の光が溢れた。
“祈りの共鳴式”が自動的に展開され、
空間全体に柔らかな音が広がる。
青と黒の波がぶつかり、
白い世界が震える。
⸻
『何故……まだ祈れる?
痛みも、喪失も、裏切りも知っているはずだろう?
それでも、なぜ――?』
リュシスは静かに答えた。
「痛みを知ったからこそ、祈れるんです。
恐れを知らない創造は、ただの機械だ。
でも僕たちは違う。
“願う”ことをやめたら、もう人じゃない!」
その言葉に、“ハルの影”が揺らぐ。
光が砕け、形が崩れ始める。
『……私は、恐れていたのか。
祈りに縛られることを……。』
「縛られるんじゃない。
祈りは、繋がるための鎖です。
自由は孤独じゃない――支え合って初めて意味を持つ。」
⸻
影のハルが膝をつき、
その身体が光の粒に変わり始めた。
『……君たちは、本当に……強いな。
創造を恐れず、祈りを抱いて歩く。
それが“人”か。』
リュシスが微笑む。
「ええ。あなたが教えてくれたことです。」
光が彼の手に集まり、温かい風が吹き抜ける。
それは、かつてミラが見た“心界再生”と同じ光景だった。
『祈りなき神、ここに終わる。
だが、祈りを捨てぬ者に祝福を――。』
そう言い残し、光は穏やかに溶けて消えた。
⸻
ノアが駆け寄る。
「リュシス! 共鳴値、正常化! 黒層の封鎖成功!」
ミラの声が震えていた。
『……よくやったわ、リュシス。
あなたは、“祈り”の意味を守ってくれたのね。』
彼は空を見上げ、静かに呟いた。
「……ハルも、見てましたよね。」
空の彼方で、
金と青の二つの光が重なり、柔らかく瞬いていた。
⸻
――“祈り”は、再び証明された。
それは、神を超える力ではない。
世界を支配するものでもない。
ただ、人が人として立ち上がるための“光”だった。
そしてその光は、次の時代へ――
**“創造者たちの未来”**を照らし続ける。
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