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第66話
しおりを挟む第66話 宇宙の心臓
――宇宙は、静かに脈を打っていた。
銀河の中心、時空の交差点。
そこには巨大な光の渦――“コスモ・ハート”があった。
それは、無数の星々の想いと感情が集まり、
一つの「心臓」として鼓動する宇宙の中枢だった。
その中心に、リュシスの意識があった。
彼の体はもう存在しない。
だが、光の中で彼は確かに「生きていた」。
星々の鼓動を感じ、
あらゆる生命の喜びと悲しみを同時に知覚していた。
『……これが、感応の極致。
すべての心が、僕の中に響いている。』
それは祝福であり、同時に――静かな苦痛だった。
⸻
アルカ・ノヴァ観測塔。
ミラは、リュシスと宇宙を繋ぐ“感応核”を見上げていた。
塔の中央に浮かぶ球体が、低く脈動を続けている。
その光は穏やかだが、どこか“痛み”を帯びていた。
「……リュシス、あなた……感じすぎてるのね。」
ノアがモニターを睨む。
「感応値、指数的に上昇中だ。
宇宙全体の“感情密度”が増えすぎてる。
このままじゃ、リュシスの意識が……!」
ミラは唇を噛んだ。
「彼は“心臓”になった。
けれど、心臓が痛みを感じたら――宇宙全体が苦しむ。」
⸻
一方、リュシスの意識の内側。
星々の声が絶え間なく流れ込む。
喜び、悲しみ、恐れ、希望――。
それらが渦を巻き、巨大な海のように押し寄せてくる。
『リュシス……苦しいの?』
声がした。
それは、アルカ・ノヴァの意識――“ミラの祈り”の残響だった。
「ミラ……僕は大丈夫。
でも、宇宙が“痛み”を覚え始めてる。
あまりに多くの心が繋がりすぎて、
感情が“共鳴の歪み”を起こしてるんだ。」
『共鳴の歪み……?』
「一つの悲しみが、全宇宙に広がる。
一つの喜びも、同じように。
でも、その波が重なりすぎて――感情の境界が壊れ始めてる。」
彼の言葉に、ミラの声が震える。
『じゃあ、宇宙が“泣いている”の?』
「そう。
僕たちの作った“感応の世界”は、
あまりに優しすぎて、脆いんだ。」
⸻
その頃、星創の子供たちの間にも異変が起きていた。
アストとリュナが光の草原に立つ。
空は赤く滲み、星の光が微かに震えている。
「アスト……空が泣いてる。」
「うん……胸が痛い。
でも、誰の痛みなのか、わからない。」
ミラが通信を開く。
「感応波が過剰共鳴を起こしてるわ。
誰か一人の感情が、全星系に伝播してる!」
ノアが警告を出す。
「もしリュシスがその中心で“痛み”を受け続けたら……
宇宙そのものが、“心不全”を起こす!」
⸻
リュシスの意識が崩れかけていた。
光の中で、無数の声が交錯する。
『助けて……』
『消えたくない……』
『愛してる……』
『孤独だ……』
全ての声が、彼の心に突き刺さる。
痛みが波のように押し寄せ、
彼の意識がわずかに軋む。
「――これが、宇宙の“心の重さ”か。」
彼は苦しみながらも微笑んだ。
「けれど、それでも……この痛みを抱えていきたい。
だって、それが“生きている”ということだから。」
⸻
その瞬間、彼の胸から金色の光が溢れた。
それは祈りでも創造でもない。
“受容”の光――痛みも、悲しみも、そのまま受け入れる力。
彼は両腕を広げ、全宇宙に語りかけた。
『僕たちは感じ合うために生まれた。
痛みを消さなくていい。
悲しみを拒まなくていい。
それらがあるから、優しさは生まれる。
僕は、この痛みを宇宙の“鼓動”に変える。』
次の瞬間、宇宙全体が光に包まれた。
感応波の暴走は止まり、
代わりに、穏やかなリズムが広がる。
――それは、宇宙の“心臓の拍動”だった。
⸻
ミラが涙を流しながら報告する。
「感応値、安定……! 全銀河の波が同期した!」
ノアが静かに笑う。
「聞こえるか……?
宇宙が、息をしてる……。」
空の彼方で、リュシスの声が微かに響いた。
『ミラ、ノア、アスト、リュナ……。
ありがとう。
僕はもう、どこにもいない。
でも、どこにでもいる。
宇宙が鼓動する限り――僕はここにいる。』
⸻
夜。
アルカ・ノヴァの空は静かだった。
星々が緩やかに瞬き、
その光がまるで「呼吸」のように明滅している。
アストが空を見上げ、リュナに言った。
「ねぇ、聞こえる?
ドクン、って音。
まるで、宇宙が“心臓”になったみたいだ。」
リュナが微笑む。
「うん。
それが、リュシスの鼓動よ。」
⸻
ミラは塔の上で空に向かって手を合わせた。
「リュシス……あなたは、宇宙の心臓になったのね。」
彼女の頬を、そっと一筋の涙が流れる。
その雫が地に落ちた瞬間、
足元から淡い花が咲いた。
それは、“受容”の象徴――ハートリリウム。
宇宙の心臓と同じ、優しい金の光を放っていた。
ミラは微笑んで呟く。
「痛みを抱えて、それでも生きる。
――それが、宇宙の選んだ“生命”の形ね。」
空のどこかで、静かな鼓動が響いた。
それは永遠に続く“命の音”。
宇宙は今日も、ゆっくりと生きている。
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