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第二十一話
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「正直、私もインチキと非難されたら言い訳できる立場でもないのですが、さすがにこれは見過ごせません」
呪物化したお猪口を客へ売りつけた謎の占い師のことを、マリーはどうしても突き止めたいのだという。というか、マリーのオーラ占いがガセだと聞かされたことの方が、美琴には衝撃だった。
「大抵のことは化け狸の嗅覚をもってすれば簡単です。それで分かったことを口にするだけで、皆さん信頼してくださるので、つい。ただ、匂いを嗅いで判断するというと嫌がる方も多いので……」
「だから、オーラってことになってるんだ」
オーラを見ているフリをしている時は、身体の匂いを嗅がれているのかと思うと、ちょっと引いてしまう。陽菜の足の怪我のことも、テーピングの匂いと薄っすら残るシップ薬の香りで気付いたのだと言っていた。人気占い師マリーの正体は、嗅覚に優れたタヌキのあやかし。匂いから気付いたことを巧みに話へ盛り込むだけで真実味を増し、実際には悩みの核心に迫るような具体的な答えを口にしないのがツボなのだと悪びれない。少しは手相も視れるとは言っているが、肝心のオーラが偽物だった。
――そう言われてみたら、こないだも曖昧なアドバイスしかしてなかったような。
文香は相談する前から先輩へ告白することは決めてたし、陽菜も進路のことは周りの大人と話し合って決めるようにと、至極普通のことを助言されただけだった。マリーの言葉で動いたことは何もない。タヌキ占い師は客から聞いたことを違う言葉に言い直して肯定してあげていただけだ。
「詐欺だ……」
「占いなんて、そんなもんさ。信じたいと思う者が勝手に当たったと勘違いして金をつぎ込んでく、ある種の娯楽だよ」
美琴の呟きに、真知子が当たり前だと言わんばかりに諭す。当のマリーも否定する気はなさそうで、何だか社会の裏の顔を垣間見てしまったようで力が抜ける。
「折角訪ねて来てくれたところ悪いが、うちは呪物の取り扱いはしてないし、呪術者探しの依頼も受けてない。勿論、呪詛返しなんて危険な真似はごめんだ」
嫌な物を見てしまったと、テーブルの上の木箱を一瞥した後、真知子が腰を上げかける。と、マリーは「待ってください」と手を伸ばし、当主の動きを制止してから口を開いた。
「これを売りつけている占い師は、鴨川桔梗だと名乗っていたそうです。鴨川家はこちらの分家筋にあたると聞きました」
「なっ……! 鴨川⁉」
「本当に鴨川家の者かどうかまでは分かりませんが、そう名乗っている時点でこちらのご当主様としては、放っておけないのではないですか?」
美琴の両親が亡くなった後、祖母はあまり必要以上に親戚付き合いをしなくなった。祓い屋である八神の家との関わりは、他の家に迷惑を掛けてしまうことになりかねないと。だから鴨川という家のことを美琴は聞いた記憶がない。
「それはお得意のハッタリじゃないだろね。鴨川はとっくに祓い屋を廃業している家だ。呪術を使える人間なんているわけが――」
途中まで言いかけてから、真知子はしばらく考えるように黙り込んだ。何か思い当たる節でもあるのだろうか、眉を寄せて険しい表情を浮かべている。
「分かった。うちの方でも少し調べるとしよう。その物騒な物はさっさと封印した方がいい。後で護符を持ってこさせるから、他の客にも配ってやんな」
表情を変えぬまま離れから立ち去って行く真知子を、マリーは少し安堵した顔で見送っていた。あやかしの身でこの屋敷へ入ること自体、彼女にとってかなりの試練だったに違いない。
ツバキが運んで来た護符の束を受け取って、オニギリ屋の店舗から直接通りへとマリーを送り出した後、美琴は中庭の玉砂利を踏みしめながら玄関へと回った。と、不意に何かからの視線を感じた気がして、斜め後ろを振り返る。門に連なって屋敷の外を囲む土壁の塀の上で、白い紙片のようなものが視界を横切って行ったのが見えたと思った。それはあまりにも一瞬のことで、見間違いだったかもしれないが。
「お婆ちゃん、鴨川って家は本当に親戚なの?」
親戚というと、同じ八神の姓を名乗る数軒と、祖父方の井上の家くらいしか美琴は知らない。法事なんかで集まってくるのはいつもそれくらいだ。
「ああ。私の従兄弟が婿養子に入った家だから、ほとんど付き合いはないんだけどねぇ。鴨川家って言ったら、昔はそれなりに有名な祓い屋だったんだけど、実子に力を継承できる者が生まれなくて、八神から素質のある子を選んで婿入れしたんだよ。ただ、その生まれた子供にも力は無かったから結局は祓いの仕事から離れることになったはずだが」
祓いに必要な力は途絶え、廃業したはずの鴨川家。けれど、マリーが持ち込んで来た呪物を売りさばいているという占い師が、もしその鴨川家の子孫だとしたら――。
「おそらく桔梗ってのは、その孫かもしれないな。最後の祓い人だった爺さんが死んで、教える者もいなくてデタラメやってるのか……」
居間で平静にお茶を啜っているように見えた真知子のこめかみに、小さく青筋が立ったのが見え、美琴はぶるっと背筋を震わせる。
呪物化したお猪口を客へ売りつけた謎の占い師のことを、マリーはどうしても突き止めたいのだという。というか、マリーのオーラ占いがガセだと聞かされたことの方が、美琴には衝撃だった。
「大抵のことは化け狸の嗅覚をもってすれば簡単です。それで分かったことを口にするだけで、皆さん信頼してくださるので、つい。ただ、匂いを嗅いで判断するというと嫌がる方も多いので……」
「だから、オーラってことになってるんだ」
オーラを見ているフリをしている時は、身体の匂いを嗅がれているのかと思うと、ちょっと引いてしまう。陽菜の足の怪我のことも、テーピングの匂いと薄っすら残るシップ薬の香りで気付いたのだと言っていた。人気占い師マリーの正体は、嗅覚に優れたタヌキのあやかし。匂いから気付いたことを巧みに話へ盛り込むだけで真実味を増し、実際には悩みの核心に迫るような具体的な答えを口にしないのがツボなのだと悪びれない。少しは手相も視れるとは言っているが、肝心のオーラが偽物だった。
――そう言われてみたら、こないだも曖昧なアドバイスしかしてなかったような。
文香は相談する前から先輩へ告白することは決めてたし、陽菜も進路のことは周りの大人と話し合って決めるようにと、至極普通のことを助言されただけだった。マリーの言葉で動いたことは何もない。タヌキ占い師は客から聞いたことを違う言葉に言い直して肯定してあげていただけだ。
「詐欺だ……」
「占いなんて、そんなもんさ。信じたいと思う者が勝手に当たったと勘違いして金をつぎ込んでく、ある種の娯楽だよ」
美琴の呟きに、真知子が当たり前だと言わんばかりに諭す。当のマリーも否定する気はなさそうで、何だか社会の裏の顔を垣間見てしまったようで力が抜ける。
「折角訪ねて来てくれたところ悪いが、うちは呪物の取り扱いはしてないし、呪術者探しの依頼も受けてない。勿論、呪詛返しなんて危険な真似はごめんだ」
嫌な物を見てしまったと、テーブルの上の木箱を一瞥した後、真知子が腰を上げかける。と、マリーは「待ってください」と手を伸ばし、当主の動きを制止してから口を開いた。
「これを売りつけている占い師は、鴨川桔梗だと名乗っていたそうです。鴨川家はこちらの分家筋にあたると聞きました」
「なっ……! 鴨川⁉」
「本当に鴨川家の者かどうかまでは分かりませんが、そう名乗っている時点でこちらのご当主様としては、放っておけないのではないですか?」
美琴の両親が亡くなった後、祖母はあまり必要以上に親戚付き合いをしなくなった。祓い屋である八神の家との関わりは、他の家に迷惑を掛けてしまうことになりかねないと。だから鴨川という家のことを美琴は聞いた記憶がない。
「それはお得意のハッタリじゃないだろね。鴨川はとっくに祓い屋を廃業している家だ。呪術を使える人間なんているわけが――」
途中まで言いかけてから、真知子はしばらく考えるように黙り込んだ。何か思い当たる節でもあるのだろうか、眉を寄せて険しい表情を浮かべている。
「分かった。うちの方でも少し調べるとしよう。その物騒な物はさっさと封印した方がいい。後で護符を持ってこさせるから、他の客にも配ってやんな」
表情を変えぬまま離れから立ち去って行く真知子を、マリーは少し安堵した顔で見送っていた。あやかしの身でこの屋敷へ入ること自体、彼女にとってかなりの試練だったに違いない。
ツバキが運んで来た護符の束を受け取って、オニギリ屋の店舗から直接通りへとマリーを送り出した後、美琴は中庭の玉砂利を踏みしめながら玄関へと回った。と、不意に何かからの視線を感じた気がして、斜め後ろを振り返る。門に連なって屋敷の外を囲む土壁の塀の上で、白い紙片のようなものが視界を横切って行ったのが見えたと思った。それはあまりにも一瞬のことで、見間違いだったかもしれないが。
「お婆ちゃん、鴨川って家は本当に親戚なの?」
親戚というと、同じ八神の姓を名乗る数軒と、祖父方の井上の家くらいしか美琴は知らない。法事なんかで集まってくるのはいつもそれくらいだ。
「ああ。私の従兄弟が婿養子に入った家だから、ほとんど付き合いはないんだけどねぇ。鴨川家って言ったら、昔はそれなりに有名な祓い屋だったんだけど、実子に力を継承できる者が生まれなくて、八神から素質のある子を選んで婿入れしたんだよ。ただ、その生まれた子供にも力は無かったから結局は祓いの仕事から離れることになったはずだが」
祓いに必要な力は途絶え、廃業したはずの鴨川家。けれど、マリーが持ち込んで来た呪物を売りさばいているという占い師が、もしその鴨川家の子孫だとしたら――。
「おそらく桔梗ってのは、その孫かもしれないな。最後の祓い人だった爺さんが死んで、教える者もいなくてデタラメやってるのか……」
居間で平静にお茶を啜っているように見えた真知子のこめかみに、小さく青筋が立ったのが見え、美琴はぶるっと背筋を震わせる。
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