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第二十話
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週明けの月曜日。学校から帰ってきた美琴は、家の門の前でウロウロしている人影を見つけた。八神家の呼び鈴は玄関前にあるので、初めて訪れて来た人には分かり辛いかもしれない。躊躇っている客へ声を掛けようと、すこし早足で近づいていく。
「……あっ!」
足音に気付いて美琴の方を振り向いた顔に、小さく驚きの声を上げる。屋敷の門前から首を伸ばして中の様子をコソコソと伺っていたのは、黒のタートルネックの上にベージュのストールを羽織り、眉を下げた気弱な表情のマリーだった。先日訪れた占いの館のタヌキ占い師だ。
マリーは帰宅した制服姿の美琴に気付くと、顔をぱあっと明るくさせた。
「ああ、やっぱり。こちらの祓い屋の方だったんですね。匂いを辿って来たものの、この先に強い結界の気配があって、どうしようかと……」
「え、匂いで?」
「私、嗅覚には自信があるんです。ほら、祓い屋さんって独特の墨を使われるでしょう? この辺りで祓い屋さんと言えば、こちらのお宅しかないって思ったんですよね」
美琴の顔を見てホッと安堵した顔へと変わったマリーは、「こないだはどうも」とぺこりと小さく頭を下げた。さらっと口にしているが、よく聞けばかなり怖いことを言っている。店に来た客を匂いを辿って住んでいる場所を突き止めてきたのだ。これはある意味ストーカー行為。――否、あやかしが相手でもストーカー規制法というものは適応されるのだろうか?
ブラウンのフレアスカートの裾から、こげ茶色の太い尻尾の先が覗いている。それを見ながら、美琴は困惑した溜め息をついた。
――これは、またお婆ちゃんから怒られるやつだ……
ゴンタを連れて帰って来た時の真知子の呆れ顔が頭に浮かんだ。
「今日はお願いがあって参りました。私の正体を見破れるほどの方ならと思いまして」
「正体って……だって、どう見ても尻尾出てるし」
隠す気が無いのではと思うくらい露骨に出ている尻尾も、きっと普通の人には視えないものなのだろう。
「とにかく中へ……って、マリーさんは結界で入れないのか」
ヒト以外は許可された存在だけしか屋敷に入ることはできない。あやかしであるマリーは玄関前で視えない壁に弾かれてしまう。かと言って、門前で立ち話のままというわけにはいかない。美琴は少し考えた後、オニギリ屋のある離れの方へマリーを案内した。店舗の奥にはイートインもできる和室スペースがあり、そこでマリーに待つようにと促す。
「まぁた、あやかしと余計な関わりを持って帰ってきたのかい。お前って子は本当に……」
自室で着替えを済ませた後、祖母に事情を話せば、思った通りの呆れ顔を突きつけられた。ただ、「うちにあやかしが訪ねてくるなんて、おかしなこともあるもんだ。時代が変わったのかねぇ」と少しばかり面白がっているようでもあった。確かに、相手があやかしなら話も聞かず問答無用で封印されても文句は言えないだろう。人外にとって、この屋敷はあまり近寄りたくはない場所なはずだ。
「で、うちの孫娘にお願いとは、一体何なんだね? この子は正式な祓い屋ではないんだけどねぇ」
離れに顔を出した真知子の威圧的な物言いに、マリーはやや俯きがちなまま鞄の中から手の平サイズの木の箱を取り出す。そして蓋を開け、中に入っていた薄灰色の陶器製のお猪口をテーブルの上へと置いた。
「これは先日、お客様から一時的にお預かりしたものなのですが――」
直接手で触れるのは憚られると、マリーは木箱を出す前に白色の手袋を嵌めていた。だからどんな高価な物が出てくるのかと、美琴は興味津々で横から見ていたが、箱から出てきたそれを見た瞬間、うっと胃から何かが逆流してくるような嫌な感じを覚え、咄嗟にテーブルから一歩離れた。手の平に乗るくらい小ぶりな陶器製のお猪口。それが禍々しい気配を放っていた。
「また厄介な物を……こんなもの、どうやったら普通の人の手に渡ることになるんだい」
真知子も着物の袖で口元を覆い隠して、テーブルから視線を外している。嫌悪露わな二人の反応に、マリーは慌ててお猪口を箱の中へ戻して蓋を閉じた。蓋をされると嫌な感じは収まったから、何か箱に特殊な術が施されているのかもしれない。
マリーはこれは占いに何年も通って来ている常連客の家族の所有物だと説明した。
「お客様がおっしゃってたのは、ご家族の方は毎朝これに御神酒を注いで窓辺へお供えされてたんだそうです」
「ハァ⁉ これを窓に置いたら、悪しきものが喜んで集まってくるだろうに!」
マリーの説明に、真知子が驚きと怒りで声を震わせる。
「こんなものは呪物だよ。家の中に持ち込んでいいもんじゃない。一体、誰が……」
「実は私が相談を受けたのは、これだけじゃないんです。他にも同じような物を手に入れた後、しばらくは調子良かったのに段々良くないことが続くようになったという方が何人か。みなさん共通して、ある占い師から開運のアイテムだと勧められて購入したと」
占い好きの中にはどこどこに占い師がいると聞けば飛んで行くようなマニアが存在するらしい。だから、他の占い師の話がマリーの耳に入ってくることも珍しくはないのだという。
「念の為に匂いを辿ってみたのですが、どうもその占い師にはこれといった拠点がないようで発見に至りませんでした……」
そこでもタヌキの嗅覚をフル稼働させたらしいが、呪物を売りつけている者を直接見つけ出すことはできなかったと、マリーは尻尾をしな垂れさせていた。
「……あっ!」
足音に気付いて美琴の方を振り向いた顔に、小さく驚きの声を上げる。屋敷の門前から首を伸ばして中の様子をコソコソと伺っていたのは、黒のタートルネックの上にベージュのストールを羽織り、眉を下げた気弱な表情のマリーだった。先日訪れた占いの館のタヌキ占い師だ。
マリーは帰宅した制服姿の美琴に気付くと、顔をぱあっと明るくさせた。
「ああ、やっぱり。こちらの祓い屋の方だったんですね。匂いを辿って来たものの、この先に強い結界の気配があって、どうしようかと……」
「え、匂いで?」
「私、嗅覚には自信があるんです。ほら、祓い屋さんって独特の墨を使われるでしょう? この辺りで祓い屋さんと言えば、こちらのお宅しかないって思ったんですよね」
美琴の顔を見てホッと安堵した顔へと変わったマリーは、「こないだはどうも」とぺこりと小さく頭を下げた。さらっと口にしているが、よく聞けばかなり怖いことを言っている。店に来た客を匂いを辿って住んでいる場所を突き止めてきたのだ。これはある意味ストーカー行為。――否、あやかしが相手でもストーカー規制法というものは適応されるのだろうか?
ブラウンのフレアスカートの裾から、こげ茶色の太い尻尾の先が覗いている。それを見ながら、美琴は困惑した溜め息をついた。
――これは、またお婆ちゃんから怒られるやつだ……
ゴンタを連れて帰って来た時の真知子の呆れ顔が頭に浮かんだ。
「今日はお願いがあって参りました。私の正体を見破れるほどの方ならと思いまして」
「正体って……だって、どう見ても尻尾出てるし」
隠す気が無いのではと思うくらい露骨に出ている尻尾も、きっと普通の人には視えないものなのだろう。
「とにかく中へ……って、マリーさんは結界で入れないのか」
ヒト以外は許可された存在だけしか屋敷に入ることはできない。あやかしであるマリーは玄関前で視えない壁に弾かれてしまう。かと言って、門前で立ち話のままというわけにはいかない。美琴は少し考えた後、オニギリ屋のある離れの方へマリーを案内した。店舗の奥にはイートインもできる和室スペースがあり、そこでマリーに待つようにと促す。
「まぁた、あやかしと余計な関わりを持って帰ってきたのかい。お前って子は本当に……」
自室で着替えを済ませた後、祖母に事情を話せば、思った通りの呆れ顔を突きつけられた。ただ、「うちにあやかしが訪ねてくるなんて、おかしなこともあるもんだ。時代が変わったのかねぇ」と少しばかり面白がっているようでもあった。確かに、相手があやかしなら話も聞かず問答無用で封印されても文句は言えないだろう。人外にとって、この屋敷はあまり近寄りたくはない場所なはずだ。
「で、うちの孫娘にお願いとは、一体何なんだね? この子は正式な祓い屋ではないんだけどねぇ」
離れに顔を出した真知子の威圧的な物言いに、マリーはやや俯きがちなまま鞄の中から手の平サイズの木の箱を取り出す。そして蓋を開け、中に入っていた薄灰色の陶器製のお猪口をテーブルの上へと置いた。
「これは先日、お客様から一時的にお預かりしたものなのですが――」
直接手で触れるのは憚られると、マリーは木箱を出す前に白色の手袋を嵌めていた。だからどんな高価な物が出てくるのかと、美琴は興味津々で横から見ていたが、箱から出てきたそれを見た瞬間、うっと胃から何かが逆流してくるような嫌な感じを覚え、咄嗟にテーブルから一歩離れた。手の平に乗るくらい小ぶりな陶器製のお猪口。それが禍々しい気配を放っていた。
「また厄介な物を……こんなもの、どうやったら普通の人の手に渡ることになるんだい」
真知子も着物の袖で口元を覆い隠して、テーブルから視線を外している。嫌悪露わな二人の反応に、マリーは慌ててお猪口を箱の中へ戻して蓋を閉じた。蓋をされると嫌な感じは収まったから、何か箱に特殊な術が施されているのかもしれない。
マリーはこれは占いに何年も通って来ている常連客の家族の所有物だと説明した。
「お客様がおっしゃってたのは、ご家族の方は毎朝これに御神酒を注いで窓辺へお供えされてたんだそうです」
「ハァ⁉ これを窓に置いたら、悪しきものが喜んで集まってくるだろうに!」
マリーの説明に、真知子が驚きと怒りで声を震わせる。
「こんなものは呪物だよ。家の中に持ち込んでいいもんじゃない。一体、誰が……」
「実は私が相談を受けたのは、これだけじゃないんです。他にも同じような物を手に入れた後、しばらくは調子良かったのに段々良くないことが続くようになったという方が何人か。みなさん共通して、ある占い師から開運のアイテムだと勧められて購入したと」
占い好きの中にはどこどこに占い師がいると聞けば飛んで行くようなマニアが存在するらしい。だから、他の占い師の話がマリーの耳に入ってくることも珍しくはないのだという。
「念の為に匂いを辿ってみたのですが、どうもその占い師にはこれといった拠点がないようで発見に至りませんでした……」
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