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第二十四話
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目の前に置かれた湯呑に手を出す余裕もなく、膝の上で強く握り締めている指は微かに震えている。軽い気持ちで自分がやってしまったことの重大さを、今になってようやく理解できたという感じだろうか。鴨川紀仁こと桔梗は、不安露わな表情で隣に座っている占い師マリーへと小声で尋ねた。
「あのぉ、俺、訴えられてしまうんですよね……? その前に、自首した方がいいですかね?」
「確かに私のところへ相談に来られた方は、訴えるとおっしゃってましたけれど……」
「じゃあやっぱり、このまま警察に行った方が……」
他人の弱みに付け込んで開運アイテムだと謳ったのはマズイ。が、聞いたところ、桔梗はお猪口一つを三千円ほどで売りつけていたみたいで、被害額としてはそこまで大きいとは言えない。集団訴訟にまで発展しなければ、少額過ぎて警察も扱いに困るだろう。
二人は判断を仰ぐべく、向かいの真知子の顔色を窺った。
「仕方ない。従兄弟だった爺さんの顔を立てて、この件はうちの方で処理してやる。ただし、それにかかる費用はきっちり請求させてもらうよ」
「はい……よろしくお願いします」
桔梗は座ったまま、テーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げる。先ほどよりは随分と反省の色を見せていることに、真知子は小さく頷いて満足そうにしていた。
彼が売りつけた客を探し出し、術の封印と器の回収、代金の返金などの交渉はそう簡単なことではないが、祓い屋の失態は祓い屋が拭うしかない。これこそツバキの情報収集能力の見せ場だ。
「そうは言っても、鴨川の術をこのまま衰退させてしまうのは勿体ないねぇ。うちの分家でも得意なのがいるから、そこで修行し直してみるのはどうだい? 見よう見真似じゃなく、一から学べば使い物になるはずだ。あんたもいつまでも根無し草やってる訳にいかないだろう」
ネカフェ難民であることすらバレている状況に、桔梗がばっと顔を真っ赤にする。遠い親戚だと聞かされはしたが、初めて会った人達に醜態ばかり晒していることに今更ながら気付いたらしい。
「ま、今日のところはもう遅いから、このまま泊まっていけばいい。でも生憎、家には年頃の孫娘がいるもんでね、若い男が出入りしてると変な噂を立てられても困る。だから、この離れで寝てもらうことにはなるけれど」
かつては住み込みの使用人住居であったここには、古いけれど風呂もトイレもちゃんと備え付けられている。ずっとネットカフェの狭いブースで身体を縮こめて寝起きしていた桔梗は、ツバキが本邸から運んで来た客布団に目を潤ませていた。
「ただし、朝からオニギリの仕込みがあるからね、容赦なく叩き起こすから覚悟しときな」
「あ、はいっ、俺も手伝います」
少し吹っ切れた表情になった桔梗が、頷きながら返事する。それを横から見ていたマリーの太い尻尾が、ぶんぶんと大きく揺れていた。心配事が良い方向に動き始めたことでようやく安心したのだろうか。
と、ふと思い出したように、真知子が二人へと問いかける。
「そういや、最近うちの敷地内で紙人形を飛ばしてる奴がいるようなんだが、心当たりはあるかい?」
「紙人形というのは、紙の形代のことでしょうか?」
桔梗の方は何の話だかという風にきょとんとしていたが、マリーが驚き顔で聞き返す。人の形をもよおした紙を使役し、離れた場所の様子を伺う術。術者によっては形代を通して術を発動させることもできるというが、昨今ではそこまでの能力を持つ祓い屋の話は聞かない。少なくとも誰かがこの屋敷のことを探っているのは確かだと、真知子は顔を顰めて言った。
「ああ、チョロチョロ飛んでるのを何度か見かけたことがあってね。そうか、鴨川の術には形代は無かったのか。てっきり、お前の悪戯かと思ったんだが。とすると、別の家の者か――」
ふるふると首を横に振っている桔梗には身に覚えはないようで、マリーも「私はただの占い師ですから」と否定していた。
美琴はつい先日に一瞬だけ見たモノを思い出し、真知子も同じような物を目撃していたのなら、あれは見間違いではなかったのかと密かに驚いていた。
「そちらも今調べてはいるのですが、なかなか手掛かりが見つかっておりません」
ツバキの悔し気な返答に、相手がただ者ではないという可能性が浮上する。再び、不穏な空気が流れだしたことで、マリーが慌てて帰り支度を始める。人間社会に紛れ込んで平穏に暮らしているタヌキのあやかしからすれば、祓い屋のゴタゴタに巻き込まれるなんて御免だと言わんばかりだ。
「この度はお世話になりました」と深々と頭を下げて、足早に帰っていくマリーの後ろ姿に、獣の危険察知能力の高さを垣間見た気がする。かと思えば、この家に居候する子ぎつねのゴンタに至っては、早くも睡魔に襲われたのか部屋の隅で四尾の尻尾を身体に巻き付けて丸くなって眠っている。妖狐といえど、まだまだ子供のようだ。
「あのぉ、俺、訴えられてしまうんですよね……? その前に、自首した方がいいですかね?」
「確かに私のところへ相談に来られた方は、訴えるとおっしゃってましたけれど……」
「じゃあやっぱり、このまま警察に行った方が……」
他人の弱みに付け込んで開運アイテムだと謳ったのはマズイ。が、聞いたところ、桔梗はお猪口一つを三千円ほどで売りつけていたみたいで、被害額としてはそこまで大きいとは言えない。集団訴訟にまで発展しなければ、少額過ぎて警察も扱いに困るだろう。
二人は判断を仰ぐべく、向かいの真知子の顔色を窺った。
「仕方ない。従兄弟だった爺さんの顔を立てて、この件はうちの方で処理してやる。ただし、それにかかる費用はきっちり請求させてもらうよ」
「はい……よろしくお願いします」
桔梗は座ったまま、テーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げる。先ほどよりは随分と反省の色を見せていることに、真知子は小さく頷いて満足そうにしていた。
彼が売りつけた客を探し出し、術の封印と器の回収、代金の返金などの交渉はそう簡単なことではないが、祓い屋の失態は祓い屋が拭うしかない。これこそツバキの情報収集能力の見せ場だ。
「そうは言っても、鴨川の術をこのまま衰退させてしまうのは勿体ないねぇ。うちの分家でも得意なのがいるから、そこで修行し直してみるのはどうだい? 見よう見真似じゃなく、一から学べば使い物になるはずだ。あんたもいつまでも根無し草やってる訳にいかないだろう」
ネカフェ難民であることすらバレている状況に、桔梗がばっと顔を真っ赤にする。遠い親戚だと聞かされはしたが、初めて会った人達に醜態ばかり晒していることに今更ながら気付いたらしい。
「ま、今日のところはもう遅いから、このまま泊まっていけばいい。でも生憎、家には年頃の孫娘がいるもんでね、若い男が出入りしてると変な噂を立てられても困る。だから、この離れで寝てもらうことにはなるけれど」
かつては住み込みの使用人住居であったここには、古いけれど風呂もトイレもちゃんと備え付けられている。ずっとネットカフェの狭いブースで身体を縮こめて寝起きしていた桔梗は、ツバキが本邸から運んで来た客布団に目を潤ませていた。
「ただし、朝からオニギリの仕込みがあるからね、容赦なく叩き起こすから覚悟しときな」
「あ、はいっ、俺も手伝います」
少し吹っ切れた表情になった桔梗が、頷きながら返事する。それを横から見ていたマリーの太い尻尾が、ぶんぶんと大きく揺れていた。心配事が良い方向に動き始めたことでようやく安心したのだろうか。
と、ふと思い出したように、真知子が二人へと問いかける。
「そういや、最近うちの敷地内で紙人形を飛ばしてる奴がいるようなんだが、心当たりはあるかい?」
「紙人形というのは、紙の形代のことでしょうか?」
桔梗の方は何の話だかという風にきょとんとしていたが、マリーが驚き顔で聞き返す。人の形をもよおした紙を使役し、離れた場所の様子を伺う術。術者によっては形代を通して術を発動させることもできるというが、昨今ではそこまでの能力を持つ祓い屋の話は聞かない。少なくとも誰かがこの屋敷のことを探っているのは確かだと、真知子は顔を顰めて言った。
「ああ、チョロチョロ飛んでるのを何度か見かけたことがあってね。そうか、鴨川の術には形代は無かったのか。てっきり、お前の悪戯かと思ったんだが。とすると、別の家の者か――」
ふるふると首を横に振っている桔梗には身に覚えはないようで、マリーも「私はただの占い師ですから」と否定していた。
美琴はつい先日に一瞬だけ見たモノを思い出し、真知子も同じような物を目撃していたのなら、あれは見間違いではなかったのかと密かに驚いていた。
「そちらも今調べてはいるのですが、なかなか手掛かりが見つかっておりません」
ツバキの悔し気な返答に、相手がただ者ではないという可能性が浮上する。再び、不穏な空気が流れだしたことで、マリーが慌てて帰り支度を始める。人間社会に紛れ込んで平穏に暮らしているタヌキのあやかしからすれば、祓い屋のゴタゴタに巻き込まれるなんて御免だと言わんばかりだ。
「この度はお世話になりました」と深々と頭を下げて、足早に帰っていくマリーの後ろ姿に、獣の危険察知能力の高さを垣間見た気がする。かと思えば、この家に居候する子ぎつねのゴンタに至っては、早くも睡魔に襲われたのか部屋の隅で四尾の尻尾を身体に巻き付けて丸くなって眠っている。妖狐といえど、まだまだ子供のようだ。
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