36 / 47
第三十六話
しおりを挟む
玄関先での対応を終えたツバキが、珍しく疲れた顔を見せながら戻ってくる。あまり喜怒哀楽を表に出さない猫又だけれど、さっきの来客はよっぽどだったのだろう。冷静なツバキの話を一切聞かず、一方的に自分達の主張を続けようとする声が長々と玄関から響いていた。
「そこの大学のオカルト研究会というサークルの人達でした。こちらの祠の噂を検証したいそうで――」
「検証も何も、うちの祠はただの飾りのようなもんだ。いい加減な噂ばかりで困るねぇ」
オカルト研究会とは何ともおどろおどろしくて怖そうなサークルだ。怪奇現象とかの類いが好きな人の集まりなんだろうかと考えていたら、美琴は以前にもその手のサークルの話を聞いたことがあったのを思い出す。
「縫いぐるみの女の人へうちのことを教えたのって、もしかしてその人達じゃない? ほら、人形供養の」
光井桃華に相談されて、この家の門の前に置いておけば人形供養して貰えるというガセ情報を教えたのは、確かその手のサークルに所属する学生だと言っていた。なら益々あまり関わりたくはないと、真知子は首を横に振って拒絶を表す。
「厄介事はもう勘弁だ……」
「また日を改めて来られるそうです。今日のところは時間も遅いからと引き下がってくださいましたが」
依頼なら別だがこの手の話は何の得にもならないと、真知子が深い溜め息を吐く。光井の時も学生からお金は取れないと、結局はボランティアみたいなものだった。お札を渡し、最終的に人形の供養までしたのに、だ。
それに、興味本位で踏み込んで来られても、祓い屋という稼業は普通の人達にとって理解できないことも多い。どれだけの労力を使っても、視えていないモノを正確に説明するのは難しい。
週明けの月曜日。いつも通り駅前まで迎えに来てくれたゴンタと一緒に帰宅すると、玄関前に沢山の大学生が集まっていて、何事かと門の前で足を止める。そっと門の外から様子を伺ってみれば、玄関の中ではツバキが対応していたけれど、学生は五人もいて、しかも各人が思い思いに喋り出すという統制の取れない状況に困惑しているようだった。
「こちらにある祠のいわくなど、詳しく教えていただきたい」
「この辺りで夜中に鬼火が目撃されたという噂もあり、ここの祠から出ているのではという話なんですが――」
「願いが叶ったという人の話はどのくらいお聞きになられてますか?」
「是非とも霊視での検証で、その効力の実証を――」
家の中に入るに入れず、美琴は「どうしよう?」とゴンタの顔を見下ろす。この時間は勝手口の鍵は閉まっているはずだし、出入りできるのはここしかない。帰ってくるタイミングが悪かったと後悔していたら、家の中から真知子の罵声が聞こえてきた。
「さっきから何だい、玄関前で騒がしい! 用件があるのなら、代表者がまとめて伝えるのが筋ってもんだろ。大学生にもなって、子供みたいなことしてるんじゃないよ」
翌日の仕込みの最中だったんだろうか、割烹着姿の真知子が頭に被っていた布巾を外しながら玄関へと姿を見せた。すると、それまで好き勝手に喋り続けていた学生達が、しんと静まり返る。穏やかに対応するツバキ相手だと強気に出ていたが、貫禄ある老女相手では萎縮してしまったのだろう。大学生といっても、まだ社会経験のない子供の集団ということか。
互いに目を合わせ、ヒソヒソと何かを打ち合わせた後、その中では先輩にあたるらしい男子学生が遠慮がちに口を開く。話し始める前には、銀縁の分厚いレンズの眼鏡の縁をくいっと右手の中指で持ち上げていた。
「こちらにある祠を我々のサークルで調べさせていただけないでしょうか? あ、別に解体したりとかそういうことはするつもりはありません。うちのメンバーに霊感のある者がいるので、いわゆる霊視ですね。それに基づいたデータなんかが取れたら――」
霊視というところで、少し得意げな表情になる。そして、聞き返されてもいないのに、その理由を嬉々としたドヤ顔で説明してくる。
「今日は来ていませんが、うちの部長、実は卑弥呼の生まれ代わりで、霊能力者なんです。彼女の霊視で、こちらの祠にいるモノが何かが分かるはずです」
――え、卑弥呼って、邪馬台国の……?
いきなり歴史上の有名人の名前が出てきて、美琴だけでなく真知子達も目をぱちくりさせる。突拍子もないというのは、きっとこういうことだ。
彼の言葉に、学生達は同調するように大きく頷いている。そして、口々にその部長とやらを称え始めた。
「学部棟の非常階段の怨霊の噂も、部長の霊視後はぴたりと消えたからな」
「部長って最近、幽体離脱までできるようになったらしいぞ」
「オレの背後霊は死んだ婆ちゃんだって教えてもらった」
誰一人、その部長のことを疑っている様子はない。そのくらい真実味のある現象が彼女の周囲で起きているということなのだろうか。彼らの言うことに美琴は密かに胸を高鳴らせていたが、真知子はハァっと大きな溜め息を吐いて、ツバキへ向かって「後は任せた」とばかりに右手を振って台所へと戻っていった。
「そこの大学のオカルト研究会というサークルの人達でした。こちらの祠の噂を検証したいそうで――」
「検証も何も、うちの祠はただの飾りのようなもんだ。いい加減な噂ばかりで困るねぇ」
オカルト研究会とは何ともおどろおどろしくて怖そうなサークルだ。怪奇現象とかの類いが好きな人の集まりなんだろうかと考えていたら、美琴は以前にもその手のサークルの話を聞いたことがあったのを思い出す。
「縫いぐるみの女の人へうちのことを教えたのって、もしかしてその人達じゃない? ほら、人形供養の」
光井桃華に相談されて、この家の門の前に置いておけば人形供養して貰えるというガセ情報を教えたのは、確かその手のサークルに所属する学生だと言っていた。なら益々あまり関わりたくはないと、真知子は首を横に振って拒絶を表す。
「厄介事はもう勘弁だ……」
「また日を改めて来られるそうです。今日のところは時間も遅いからと引き下がってくださいましたが」
依頼なら別だがこの手の話は何の得にもならないと、真知子が深い溜め息を吐く。光井の時も学生からお金は取れないと、結局はボランティアみたいなものだった。お札を渡し、最終的に人形の供養までしたのに、だ。
それに、興味本位で踏み込んで来られても、祓い屋という稼業は普通の人達にとって理解できないことも多い。どれだけの労力を使っても、視えていないモノを正確に説明するのは難しい。
週明けの月曜日。いつも通り駅前まで迎えに来てくれたゴンタと一緒に帰宅すると、玄関前に沢山の大学生が集まっていて、何事かと門の前で足を止める。そっと門の外から様子を伺ってみれば、玄関の中ではツバキが対応していたけれど、学生は五人もいて、しかも各人が思い思いに喋り出すという統制の取れない状況に困惑しているようだった。
「こちらにある祠のいわくなど、詳しく教えていただきたい」
「この辺りで夜中に鬼火が目撃されたという噂もあり、ここの祠から出ているのではという話なんですが――」
「願いが叶ったという人の話はどのくらいお聞きになられてますか?」
「是非とも霊視での検証で、その効力の実証を――」
家の中に入るに入れず、美琴は「どうしよう?」とゴンタの顔を見下ろす。この時間は勝手口の鍵は閉まっているはずだし、出入りできるのはここしかない。帰ってくるタイミングが悪かったと後悔していたら、家の中から真知子の罵声が聞こえてきた。
「さっきから何だい、玄関前で騒がしい! 用件があるのなら、代表者がまとめて伝えるのが筋ってもんだろ。大学生にもなって、子供みたいなことしてるんじゃないよ」
翌日の仕込みの最中だったんだろうか、割烹着姿の真知子が頭に被っていた布巾を外しながら玄関へと姿を見せた。すると、それまで好き勝手に喋り続けていた学生達が、しんと静まり返る。穏やかに対応するツバキ相手だと強気に出ていたが、貫禄ある老女相手では萎縮してしまったのだろう。大学生といっても、まだ社会経験のない子供の集団ということか。
互いに目を合わせ、ヒソヒソと何かを打ち合わせた後、その中では先輩にあたるらしい男子学生が遠慮がちに口を開く。話し始める前には、銀縁の分厚いレンズの眼鏡の縁をくいっと右手の中指で持ち上げていた。
「こちらにある祠を我々のサークルで調べさせていただけないでしょうか? あ、別に解体したりとかそういうことはするつもりはありません。うちのメンバーに霊感のある者がいるので、いわゆる霊視ですね。それに基づいたデータなんかが取れたら――」
霊視というところで、少し得意げな表情になる。そして、聞き返されてもいないのに、その理由を嬉々としたドヤ顔で説明してくる。
「今日は来ていませんが、うちの部長、実は卑弥呼の生まれ代わりで、霊能力者なんです。彼女の霊視で、こちらの祠にいるモノが何かが分かるはずです」
――え、卑弥呼って、邪馬台国の……?
いきなり歴史上の有名人の名前が出てきて、美琴だけでなく真知子達も目をぱちくりさせる。突拍子もないというのは、きっとこういうことだ。
彼の言葉に、学生達は同調するように大きく頷いている。そして、口々にその部長とやらを称え始めた。
「学部棟の非常階段の怨霊の噂も、部長の霊視後はぴたりと消えたからな」
「部長って最近、幽体離脱までできるようになったらしいぞ」
「オレの背後霊は死んだ婆ちゃんだって教えてもらった」
誰一人、その部長のことを疑っている様子はない。そのくらい真実味のある現象が彼女の周囲で起きているということなのだろうか。彼らの言うことに美琴は密かに胸を高鳴らせていたが、真知子はハァっと大きな溜め息を吐いて、ツバキへ向かって「後は任せた」とばかりに右手を振って台所へと戻っていった。
25
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる