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第三十五話・祠の噂
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入試関連で高校の授業が午前だけで終わった日。美琴はオニギリ屋の列の脇をすり抜けて自宅の門をくぐる。離れの勝手口を改装して作られた店の入口には、大学生が何人も昼食のオニギリを求めて並んでいた。
いつもなら学校に行っていて見られない光景だから、少しばかり物珍しげに眺める。美琴より少し年が上なだけなのに、キレイに化粧して、各々が好きなファッションに身を包み、ずっと大人に見える人達。あと何年か後の自分もそうなっていればいいなと憧れずにはいられない。
――今日はエビマヨって言ってたっけ……。私の分、ちゃんと残ってるかなぁ。
美琴が一番好きな具材が今日のセットに入ると聞いて、「残しといてね!」と朝にはしつこいくらい念を押してから家を出た。真知子が作るエビマヨのオニギリは和えるマヨネーズがエビの甘さを引き立てる絶妙な量で、何ならオニギリじゃなくてそのままご飯の上に乗っけて食べたいと思うくらいだ。
普段と違う時間に帰宅した美琴のことを、玄関の中で丸くなっていた子ぎつねが、少し驚いた顔を見せた。真知子とツバキは離れの方にいるから一人で退屈していたらしく、脚と胴を引っ張るようにプルプルと身体全体で伸びをする。
「早くなるんなら、時間言えば迎えに行ってやったのに……」
「さすがにこの時間帯は一人でも平気だよ。まだ真昼間だし」
人通りも多く日も高いのだからと笑って美琴は断ったが、ゴンタはあまり納得がいかないようで小さく唸っていた。一人になった途端に攫われた経歴があるから、美琴も強く反論はしにくい。「ごめん、次からはちゃんと言うから」と謝ってから、靴を脱いで玄関を上がる。自分の部屋へと向かうと、ゴンタも一緒に付いてきた。
「そう言えば、アヤメもお店の方にいるの?」
「鬼女なら庭の祠にでも入ってるんだろ」
店のある離れの建物の脇に小さな祠がある。商売繫盛を願って建てられたそれには、鬼であるアヤメが祀られている。だからオニギリ屋の店名は『おにひめ』なんだけれど、別にアヤメ自身にそういった御利益はないし、以前までは鬼姫が祠に近寄ることはほとんどなかった。
だけど最近、店に来る大学生達の間で、ちょっと変わった噂が流れているらしく、アヤメはそれを野次馬根性丸出しで見物しているのだ。
「ヒトが勝手な願いばかり呟いてくのがよっぽど面白いらしい」
「また盗み聞きしに行ってるんだ……悪趣味だよね」
「まあ、オレもたまに一緒に入って聞いてみるけど、大体同じようなこと言ってるだけだけどな」
オニギリ屋の祠に願掛けすると願いが叶う、そんな突拍子もない噂話は、常連の女子学生が祠の前で騒いでいたことで真知子達の耳にも入ってきた。ツバキの情報網によると、噂は今のところは大学内くらいで留まっているみたいだけれど、SNSなどを通じて拡散されつつあるみたいだ。最近、少しずつ見慣れない客が増えて来たのはそのせいだったかと、真知子が困惑ぎみに嘆いていた。
「こっちとしては、ひっそり好き勝手に営業していたいんだけどねぇ」
営業時間も定休日も自由気ままにやってこれたのは、常連と学生だけを相手にした商売だったからだ。でも、一見の客はそういう訳にもいかない。営業時間に店が開いていなければ、遠慮なく玄関チャイムを鳴らして急かされ、時にはクレームに近いお叱りを受けることも出て来た。
中でも一番困るのは、店が開いていない時間帯や定休日にも祠を参拝したいと訪れてくる客がいることだ。祠は中庭に建っているから、離れの店の中を通るか、家の門から入って回るしかない。他人が不用意に敷地内をうろつく状況はある意味とても怖い。そのせいで、門の前に無断侵入お断りの張り紙を出す羽目になった。
「結局、ネタ元って何だったんだろうね?」
「カラスの話では、祠を参拝した後に就職が決まったって言いふらしてたヤツがいるみたいだ。それに続いて、資格試験に受かったとか言う者もいて――」
要はマリーの占いと同じだ。ただの偶然を御利益と勘違いした人がいて、それをさらに信じた人が集まってきているだけのこと。不確かだからこそ信憑性があり、人が人を呼んでいく。
「鬼女にそんな力があるわけないのになー」
「でもほら、信じる者は救われるっていうし」
さすがに、叶わなかったからとクレームを言ってくる人はいないだろう。いつも退屈しているあやかし達が楽しんでいるのなら別にいい。
そう思っていたが、噂というのは尾ひれどころか背びれまで付くことがある。誰かが何気なく言った一言をキッカケに、過剰に反応する一団が現れたのは想定外の事態。
真知子がいつものごとく夕食後に、翌日のお品書きを居間で書き記している時、玄関チャイムが鳴らされた。素早くツバキが玄関へ向かっていったが、壁の時計で時刻を確認して美琴には嫌な予感が襲ってくる。
アポなしで夜遅くに訪問してくるのにロクな客はいない。真知子も眉を寄せた怪訝な顔をしながら、ツバキが向かった方を黙って見つめていた。
しばらくの間、玄関側からは何か押し問答している声が続いていた。ツバキは至って普段通りの静か過ぎる口調で対応してたが、訪問客は複数人で興奮気味に声を張り上げているようだった。
「是非、この謎の解明の機会を!」
「彷徨える魂を救うことこそ、我らの使命なのです」
「お引き取り下さい」という冷静なツバキの台詞は、彼らの耳には一向に届かない。
いつもなら学校に行っていて見られない光景だから、少しばかり物珍しげに眺める。美琴より少し年が上なだけなのに、キレイに化粧して、各々が好きなファッションに身を包み、ずっと大人に見える人達。あと何年か後の自分もそうなっていればいいなと憧れずにはいられない。
――今日はエビマヨって言ってたっけ……。私の分、ちゃんと残ってるかなぁ。
美琴が一番好きな具材が今日のセットに入ると聞いて、「残しといてね!」と朝にはしつこいくらい念を押してから家を出た。真知子が作るエビマヨのオニギリは和えるマヨネーズがエビの甘さを引き立てる絶妙な量で、何ならオニギリじゃなくてそのままご飯の上に乗っけて食べたいと思うくらいだ。
普段と違う時間に帰宅した美琴のことを、玄関の中で丸くなっていた子ぎつねが、少し驚いた顔を見せた。真知子とツバキは離れの方にいるから一人で退屈していたらしく、脚と胴を引っ張るようにプルプルと身体全体で伸びをする。
「早くなるんなら、時間言えば迎えに行ってやったのに……」
「さすがにこの時間帯は一人でも平気だよ。まだ真昼間だし」
人通りも多く日も高いのだからと笑って美琴は断ったが、ゴンタはあまり納得がいかないようで小さく唸っていた。一人になった途端に攫われた経歴があるから、美琴も強く反論はしにくい。「ごめん、次からはちゃんと言うから」と謝ってから、靴を脱いで玄関を上がる。自分の部屋へと向かうと、ゴンタも一緒に付いてきた。
「そう言えば、アヤメもお店の方にいるの?」
「鬼女なら庭の祠にでも入ってるんだろ」
店のある離れの建物の脇に小さな祠がある。商売繫盛を願って建てられたそれには、鬼であるアヤメが祀られている。だからオニギリ屋の店名は『おにひめ』なんだけれど、別にアヤメ自身にそういった御利益はないし、以前までは鬼姫が祠に近寄ることはほとんどなかった。
だけど最近、店に来る大学生達の間で、ちょっと変わった噂が流れているらしく、アヤメはそれを野次馬根性丸出しで見物しているのだ。
「ヒトが勝手な願いばかり呟いてくのがよっぽど面白いらしい」
「また盗み聞きしに行ってるんだ……悪趣味だよね」
「まあ、オレもたまに一緒に入って聞いてみるけど、大体同じようなこと言ってるだけだけどな」
オニギリ屋の祠に願掛けすると願いが叶う、そんな突拍子もない噂話は、常連の女子学生が祠の前で騒いでいたことで真知子達の耳にも入ってきた。ツバキの情報網によると、噂は今のところは大学内くらいで留まっているみたいだけれど、SNSなどを通じて拡散されつつあるみたいだ。最近、少しずつ見慣れない客が増えて来たのはそのせいだったかと、真知子が困惑ぎみに嘆いていた。
「こっちとしては、ひっそり好き勝手に営業していたいんだけどねぇ」
営業時間も定休日も自由気ままにやってこれたのは、常連と学生だけを相手にした商売だったからだ。でも、一見の客はそういう訳にもいかない。営業時間に店が開いていなければ、遠慮なく玄関チャイムを鳴らして急かされ、時にはクレームに近いお叱りを受けることも出て来た。
中でも一番困るのは、店が開いていない時間帯や定休日にも祠を参拝したいと訪れてくる客がいることだ。祠は中庭に建っているから、離れの店の中を通るか、家の門から入って回るしかない。他人が不用意に敷地内をうろつく状況はある意味とても怖い。そのせいで、門の前に無断侵入お断りの張り紙を出す羽目になった。
「結局、ネタ元って何だったんだろうね?」
「カラスの話では、祠を参拝した後に就職が決まったって言いふらしてたヤツがいるみたいだ。それに続いて、資格試験に受かったとか言う者もいて――」
要はマリーの占いと同じだ。ただの偶然を御利益と勘違いした人がいて、それをさらに信じた人が集まってきているだけのこと。不確かだからこそ信憑性があり、人が人を呼んでいく。
「鬼女にそんな力があるわけないのになー」
「でもほら、信じる者は救われるっていうし」
さすがに、叶わなかったからとクレームを言ってくる人はいないだろう。いつも退屈しているあやかし達が楽しんでいるのなら別にいい。
そう思っていたが、噂というのは尾ひれどころか背びれまで付くことがある。誰かが何気なく言った一言をキッカケに、過剰に反応する一団が現れたのは想定外の事態。
真知子がいつものごとく夕食後に、翌日のお品書きを居間で書き記している時、玄関チャイムが鳴らされた。素早くツバキが玄関へ向かっていったが、壁の時計で時刻を確認して美琴には嫌な予感が襲ってくる。
アポなしで夜遅くに訪問してくるのにロクな客はいない。真知子も眉を寄せた怪訝な顔をしながら、ツバキが向かった方を黙って見つめていた。
しばらくの間、玄関側からは何か押し問答している声が続いていた。ツバキは至って普段通りの静か過ぎる口調で対応してたが、訪問客は複数人で興奮気味に声を張り上げているようだった。
「是非、この謎の解明の機会を!」
「彷徨える魂を救うことこそ、我らの使命なのです」
「お引き取り下さい」という冷静なツバキの台詞は、彼らの耳には一向に届かない。
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