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第一巻:春は、あけぼの
宴+部屋÷孤独
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「さわりん。どうして、ボク呼んだの?」
学食のテーブルで、ミホがボヤいた。
それは、俺・あみ・志桜里の三人での昼食が気まずいから、道連れだ。
今日は、朝から俺の左の席に志桜里で上機嫌、前の席のあみはご機嫌斜めだ。
極論を言えば、これを何日か続けていれば、気まずさに我慢できなくなって表面上だけでも会話するか、どちらかが抜けるかして、問題解決するだろう。
ただそれは、根本的な解決ではない。
出会ったときのあみにも感じたが、志桜里も、どこか危ういのだ。
Twitterで俺に惚れ、覚えるまで読んだあみのように、その言動に、孤独が垣間見える。
俺なんかの声で、毎晩寝ているというだけでも、心配になる。
大きなお世話かもしれないが、俺は三人に、とくにあみと志桜里に友達になってほしいのだ。
あみが「同じ匂いがする」と言ったように、似た部分がある。
勝手な思い込みかもしれないが、良い友達になれると思うのだ。
そうなればなったで、三角関係的なものは、より複雑になるのだが、今は考えないでおこう。
最悪パターンは、あみも志桜里も俺だけに執着して対立し、志桜里が悪い意味で俺を諦めてしまうことだ。
諦めの刃が、向かうのは自分自身か、俺か、あみか、想像もしたくない。
そして、そんな破滅の日は、そう遠くないと思えるのだ。
ほんの少し前の俺なら、我関せずで、誰がどう傷つこうと、切り捨てたのかもしれない。
目の前から消えれば、それで良い、状況終了と思ったかもしれない。
でも、今は、そうしたくなかった。
仕方なく俺は、切りたくもないカードをオープンすることにした。
「・・・実は、来週。俺の、誕生日、なんですが、」
あみとミホが、アイコンタクト。
Twitterで誕生日に勝手に表示されるエフェクトで、知ってはいたが、対処に困っていたのだろう。
常日頃から、俺は年寄りであることを気にしている、と公言している。
それが増える日を、祝っていいか、喜ばれるか、判断に悩んでいたのだろう。
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせて、続きの言葉を待っている。
「おめでたい日でもないですので、もしプレゼントをしてくれるなら、みんなでひとつに、お願いします」
三人が、困惑の表情になる。
「プレゼントしてくださった方には、俺の部屋で、お礼しますよ」
自分から、誕生日プレゼントの催促とか、パーティーの主催とか、地獄か。
俺は、今まで、未成年者を部屋に連れ込む外聞の悪さを理由に、あみもミホも部屋に近づけていない。
来たそうな素振りは、何度もしてくるが断固、断るか無視している。
二人きりでないとしても、未成年が部屋を出入りしては、あらぬ疑いをかけられても仕方ないからだ。
今回は、事前に志方マネージャーに連絡し、誕生パーティーが実現すれば、彼女も監視役として同席することになっているが、今わざわざ話す必要ないだろう。
題して、俺の部屋に来ることを餌に、仲良く買い物して仲良くなってくれ大作戦だ。
あみと志桜里の目が、ぐるぐる回っている。
『プレゼントはみんなでひとつ』と『俺の部屋』を両天秤にかけているのだろう。
ミホが、ニヤニヤしていた。
彼女は、俺の部屋にはさほど興味ないだろうが、できれば買い物についていって、二人の仲をとりもってやってほしい。
「さわりんのベッドの下、探っていいの?」
あみと志桜里が、その言葉に、こっちをクワっと向いた。
興味の方向性が違う。
「寝室には入れませんし、そもそも下に隙間のないベッドですよ」
『ちっ』
舌打ち、三人ともしたよね?
「・・・先生。志桜里、みなさんとプレゼント買いに行きたいです」
志桜里が、おずおずと手を挙げ、
「私もいく」
あみも手を挙げた。
「ボクもー。部屋、隠し場所、で検索っと」
ミホ、なに探そうと、検索してる?
「沢田先生でしょうか?」
俺へのプレゼントをどうするか、話し合っている三人を眺めながら、これって何地獄?と思いながら、アイスコーヒーを飲んでいたら、三十代くらいのスーツの女性に声をかけられた。
どこかで見た覚えがある人だ。
先生と呼ばれたくはないが、俺が頷くと、
「はじめまして。柳沢志桜里のマネージャー形山彩芽と申します」
「・・・あ?女優の?」
俺でも知っている超有名女優だった。
三十代くらいに見えるが、そのキャリアからすれば、もう四十代も後半のはずだ。
「あら、ご存じとは、ありがとうございます。今はもう、マネジメント業務の方が多いですけど」
その笑顔は、裏方にしては、魅惑的すぎた。
すごいな女優って。
「志方さんから、例の件、聞きました」
すっかり見とれて、すっかり忘れていた。
『仲良く買い物してくれ作戦』だが、あみが俺の部屋に来ることをマネージャーの志方に話したように、志桜里のマネージャーにも、話を通して許可をもらう必要があった。
ミホはマネージャーはいないそうなので、志方が監視役でいれば大丈夫だろうと判断。
とはいえ、業界にコネクションのない俺は、志方にお願いして、先方に簡単な説明とアポをとってもらい、俺が説明しに行こうと考えていたのだ。
ところが、予想外に、志方の説明だけで許可をもらえたので今日、三人に話したのだが、まさか志桜里のマネージャーご本人が、現れるとは思ってなかった。
いや、事務所の大事な所属女優なのだから、当たり前か。
その割に、あっさりの許可と、相反する女優登場に、いろいろ混乱していたのが、表情に出たのだろうか。
「志桜里の大切な『先生』が、どんな方か、実際に見てみたくて。好奇心ですわ」
くすくすと笑う。
「社長?」
志桜里が、会話で気がついて、こちらを向いていた。
形山は、社長で、社長自らが、志桜里のマネージャーなのか。
ミホが興味深そうな目で、あみが平坦な目で、見ていた。
「志桜里、急にスケジュールに変更があって、迎えにきたの。ごめんなさいね」
「わかりました、社長」
上着を着たり、と準備をする志桜里。
教室へは荷物を置かず、すべてもってきているので、戻る必要はない。
形山は、志桜里の視線が外れた隙に、俺にそっと近寄り、
「これからもよろしくお願いしますね。沢田先生」
囁き、俺たちに挨拶し志桜里を連れて、去っていった。
「なに、あれ?」
よくわからないが、形山に憤慨しているあみ。
「うそ、すごっ」
スマホをいじっていた、ミホが声を上げた。
「あの社長、さわりんと同じ年だって」
うわ、女優って、怖いな。
『お誕生日おめでとうございます!』
「・・・ありがとう」
おめでたくはないが、礼は言っておく。
集合住宅の3LKの玄関で招き入れながら、プレゼントはひとつだけ、料理・飲み物はこちらで用意する、と言っておいたのに、彼女らは手にいろいろともっている。
俺の視線に気がついたのか、
『手土産』です」
確信犯だな。
というよりも、なるべく短時間で帰らせよう、という俺の魂胆が見抜かれたか。
リビングの小さなローテーブルに、宅配ビザの箱、紙皿や割り箸が乗っているだけなのを目ざとくみつけて、『やっぱり』と言いたげに、彼女らは、目配せをして、更に、
「でも、女の気配はないね」
頷き合っていた。
俺はあらかじめ、寝室と窓がなくて物置につかっている部屋に鍵をしていた。
もともとは、内鍵で部屋の外からはかけられないのを、ホームセンターで買った鍵をとりけていた。
その上で、リビングと続きの部屋にあるデスクトップパソコンの電源を切り、コンセントを抜いた上、電源ケーブルを隠しておいた自分を褒めた。
何をみつけられるか、わかったものじゃない。
プレゼントに何を買ったか、どういう経緯があったか、俺は知らない。
ただ、キッチンから、手土産を出す準備をしている彼女ら三人の様子を漏れ聞くに、それなりにコミュニケーションはとるようになったようだ。
あと、俺・あみ・ミホのグループLINEに、志桜里が加わっていたし、女子三人だけのグループもつくったようだ。
そっちで、何が交わされているか、気になるところではある。
「うわ、冷蔵庫空っぽ。ケーキがすっぽり入っていいけど」
「電子レンジはありますけど、ガスコンロ使った形跡ありませんね。TWITTERにあったみたいに、もうお料されないんですね」
「これが、ツイキャスで言ってたプロテインに、BCAAに、EAA?」
どうやら、TWITTERやツイキャスの情報も共有したらしい。
嫌なら消せ、という話ではあるのだが、『あれ』も俺で、俺の一部なのだ。
逆に、もう少し、『それ』を自分で認めることができたなら、役目を終えたアカウントごと、消せるのかもしれない。
一方、リビングのローテブルの周り、フロア畳を敷いた一角には、俺とマネージャー二名、計三人の姿があった。
自分の部屋とはいえ、客を迎えるのに、部屋着というわけにもいかず、俺は制服を着ている。
なんだかもう毎日、着慣れて、これが一番楽なのだ。
そして、なぜだか、制服姿のマネージャーが、この日のために用意したクッションに座っていた。
志方は、スラックスだが、形山はミニスカートだ。
その服装のせいもあってか、俺と同い年の形山の方が、志方より若く見える上に似合っていて、正直言って、怖い。
キャリアで言えば、大先輩でしかも他事務所社長の形山とガチガチになって、連絡先を交換していた志方も、彼女の美貌を支えるコスメ情報などに、食い入るように話し込んでいた。
そしてなぜか、大人三人のグループLINEができていた。
結局、俺も含め、参加者すべてが、制服だ。
形山が、俺の視線に気がついたのか、わざとらしく太ももをクッションで隠したので、じゃあミニスカ履くなよ、とつい思ってしまう。
はいはい、オッサンに見せるためじゃなくて、ファッションですよね、わかってます。
「それで、どうして、制服なんです?」
「形山社長の提案です」
と、志方は丸投げ。
なんだか志方、信者化してないか?
形山は、顎に指を当てカワイく、
「せっかく沢田先生のお誕生日を、同級生たちがお祝いするんですから、私たちも服装だけでも、同級生気分で仲良くなりたくて、です」
「素敵です、形山社長」
「ありがとう、志方ちゃん」
キャラかわってないか、志方。
というか、スキャンダルを防ぐために監視役で来ているお前らが、それでいいのか?
見た目だけなら、制服の女子五人を部屋に連れ込んでのパーティーだぞ。
「制服お似合いです、形山社長」
「うふふ、ありがとう。志方ちゃんも、スカートにすればよかったのに。予備あるけど、着替える?」
「え?ど、どうしよう?」
俺、どこで、何を間違えたんだろう?
ちなみに、志方は、スカートに履き替えた。
「用意できたよー」
『手土産』のせいで、小さなローテーブルには乗り切らなくなったので、キッチンとリビングの間に置いてある、細長いカウンターテーブルで、立食の形式となった。
テーブルに並んだのは、三人の手料理。
布巾が被せられていて、中身は見えない。
いつの間にか、一品持ち寄りルールとなっていたようだ。
ちなみに、マネージャー二人は、ケーキ代を出資。
なぜか、まずは各々の料理の披露と主賓の俺による試食らしい。
「ボクのは、トマトと味噌漬け豆腐とアボガドと沢庵のサラダ」
名前、長すぎ。
見た目は、赤と白と緑と黄色のキューブが和えられている。
「・・・これ、面白いですよ」
「面白いって、おいしいってこと?」
「おいしい上に、面白いってことです」
口に入れるたびに、キューブの割合が違うから、味も食感も違うのだ。
トマトの甘味、豆腐のしょっぱさ、アボガドのネットリ感、沢庵のカリカリ、なかなかだ。
「志桜里は、ロールキャベツです」
トマトで煮た、オーソドックスな外見だったが、中身が違った。
「オカラ?」
「はい、そうです。オカラやヒジキなどを卵でまとめて、つくねみたいにしました。スープはトマトと昆布出汁、生クリームを入れてます」
コンソメを使ってないのに結構、うまみが濃厚でコクがある。
「料理、上手なんですね」
「社長に、教えてもらいました」
社長、ピースしてないで、そこは謙遜しとけ。
「私は、定番の鶏の唐揚げ!」
「え?」
志桜里が、小さく、驚きの声を上げた。
「うん?レンジするとフニャフニャになるから、お弁当っぽく、あえての冷めてもおいしい唐揚げだよ?」
自分のロールキャベツを温めるのに電子レンジを独占してしまったのか、と志桜里が勘違いしたと思ったあみが説明する。
「いえ、そうではなくて、あの、」
チラチラと俺を見てくるので、気がついた。
だから、あのロールキャベツの中身とスープか。
俺は、唐揚げを手でつまむと、口に入れた。
「先生?」
「先輩、お行儀悪い!」
もぐもぐと飲み下し、
「志桜里さん、誤解させて申し訳ありません。もう、肉とか、食べられるから、大丈夫です」
「え?」
志桜里は、俺のツイキャスをあみに教えた見返りに、TWITTERを教えてもらって読み、俺の拒食症の症状のひとつ、卵と乳製品以外の動物性のもの、肉魚を食べられない、というのを知った。
そして、現在も治っていない、と思ってしまったのだろう。
「そういえば、しおりんの前ではさわりん、定食とかじゃなくて、目玉焼きのせナポリタンばっかり食べてたかも?」
最近、学食でハマって食べているナポリタンにハムは入っているが、微々たるものだから、その程度なら大丈夫になった、と思っていたら、唐揚げドン!で驚いたのだろう。
「・・・ごめんなさい」
「いや、心配して、気をつかってくれてありがとう。きちんと説明しなくて、申し訳ありません」
「私が、ごめん!どんな料理にするか、聞かれたのに、意地悪して教えなかったから。ごめんなさい」
「ボクも、メニューはお互い秘密の方がおもしろいって賛成して、ごめん」
それらを聞いて志方はオロオロし、形山は、じーっと志桜里を見つめていた。
泣き出すか、と思われた志桜里だったが、手を伸ばして、唐揚げを口に入れ、飲み込むと気丈に言った。
「おいしいですけど、志桜里のロールキャベツの方が上です」
あみは、マナジリを吊り上げたが、肩を落とした。
「うん、今日はそれでもいい」
俺は、二人の頭をぽんぽんし、
「乾杯しましょう」
冷蔵庫へ向かう俺の背に、
「さわりん、その手。唐揚げつかんだの、どっち?」
あみの頭が絶賛、唐揚げ風味です。
学食のテーブルで、ミホがボヤいた。
それは、俺・あみ・志桜里の三人での昼食が気まずいから、道連れだ。
今日は、朝から俺の左の席に志桜里で上機嫌、前の席のあみはご機嫌斜めだ。
極論を言えば、これを何日か続けていれば、気まずさに我慢できなくなって表面上だけでも会話するか、どちらかが抜けるかして、問題解決するだろう。
ただそれは、根本的な解決ではない。
出会ったときのあみにも感じたが、志桜里も、どこか危ういのだ。
Twitterで俺に惚れ、覚えるまで読んだあみのように、その言動に、孤独が垣間見える。
俺なんかの声で、毎晩寝ているというだけでも、心配になる。
大きなお世話かもしれないが、俺は三人に、とくにあみと志桜里に友達になってほしいのだ。
あみが「同じ匂いがする」と言ったように、似た部分がある。
勝手な思い込みかもしれないが、良い友達になれると思うのだ。
そうなればなったで、三角関係的なものは、より複雑になるのだが、今は考えないでおこう。
最悪パターンは、あみも志桜里も俺だけに執着して対立し、志桜里が悪い意味で俺を諦めてしまうことだ。
諦めの刃が、向かうのは自分自身か、俺か、あみか、想像もしたくない。
そして、そんな破滅の日は、そう遠くないと思えるのだ。
ほんの少し前の俺なら、我関せずで、誰がどう傷つこうと、切り捨てたのかもしれない。
目の前から消えれば、それで良い、状況終了と思ったかもしれない。
でも、今は、そうしたくなかった。
仕方なく俺は、切りたくもないカードをオープンすることにした。
「・・・実は、来週。俺の、誕生日、なんですが、」
あみとミホが、アイコンタクト。
Twitterで誕生日に勝手に表示されるエフェクトで、知ってはいたが、対処に困っていたのだろう。
常日頃から、俺は年寄りであることを気にしている、と公言している。
それが増える日を、祝っていいか、喜ばれるか、判断に悩んでいたのだろう。
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせて、続きの言葉を待っている。
「おめでたい日でもないですので、もしプレゼントをしてくれるなら、みんなでひとつに、お願いします」
三人が、困惑の表情になる。
「プレゼントしてくださった方には、俺の部屋で、お礼しますよ」
自分から、誕生日プレゼントの催促とか、パーティーの主催とか、地獄か。
俺は、今まで、未成年者を部屋に連れ込む外聞の悪さを理由に、あみもミホも部屋に近づけていない。
来たそうな素振りは、何度もしてくるが断固、断るか無視している。
二人きりでないとしても、未成年が部屋を出入りしては、あらぬ疑いをかけられても仕方ないからだ。
今回は、事前に志方マネージャーに連絡し、誕生パーティーが実現すれば、彼女も監視役として同席することになっているが、今わざわざ話す必要ないだろう。
題して、俺の部屋に来ることを餌に、仲良く買い物して仲良くなってくれ大作戦だ。
あみと志桜里の目が、ぐるぐる回っている。
『プレゼントはみんなでひとつ』と『俺の部屋』を両天秤にかけているのだろう。
ミホが、ニヤニヤしていた。
彼女は、俺の部屋にはさほど興味ないだろうが、できれば買い物についていって、二人の仲をとりもってやってほしい。
「さわりんのベッドの下、探っていいの?」
あみと志桜里が、その言葉に、こっちをクワっと向いた。
興味の方向性が違う。
「寝室には入れませんし、そもそも下に隙間のないベッドですよ」
『ちっ』
舌打ち、三人ともしたよね?
「・・・先生。志桜里、みなさんとプレゼント買いに行きたいです」
志桜里が、おずおずと手を挙げ、
「私もいく」
あみも手を挙げた。
「ボクもー。部屋、隠し場所、で検索っと」
ミホ、なに探そうと、検索してる?
「沢田先生でしょうか?」
俺へのプレゼントをどうするか、話し合っている三人を眺めながら、これって何地獄?と思いながら、アイスコーヒーを飲んでいたら、三十代くらいのスーツの女性に声をかけられた。
どこかで見た覚えがある人だ。
先生と呼ばれたくはないが、俺が頷くと、
「はじめまして。柳沢志桜里のマネージャー形山彩芽と申します」
「・・・あ?女優の?」
俺でも知っている超有名女優だった。
三十代くらいに見えるが、そのキャリアからすれば、もう四十代も後半のはずだ。
「あら、ご存じとは、ありがとうございます。今はもう、マネジメント業務の方が多いですけど」
その笑顔は、裏方にしては、魅惑的すぎた。
すごいな女優って。
「志方さんから、例の件、聞きました」
すっかり見とれて、すっかり忘れていた。
『仲良く買い物してくれ作戦』だが、あみが俺の部屋に来ることをマネージャーの志方に話したように、志桜里のマネージャーにも、話を通して許可をもらう必要があった。
ミホはマネージャーはいないそうなので、志方が監視役でいれば大丈夫だろうと判断。
とはいえ、業界にコネクションのない俺は、志方にお願いして、先方に簡単な説明とアポをとってもらい、俺が説明しに行こうと考えていたのだ。
ところが、予想外に、志方の説明だけで許可をもらえたので今日、三人に話したのだが、まさか志桜里のマネージャーご本人が、現れるとは思ってなかった。
いや、事務所の大事な所属女優なのだから、当たり前か。
その割に、あっさりの許可と、相反する女優登場に、いろいろ混乱していたのが、表情に出たのだろうか。
「志桜里の大切な『先生』が、どんな方か、実際に見てみたくて。好奇心ですわ」
くすくすと笑う。
「社長?」
志桜里が、会話で気がついて、こちらを向いていた。
形山は、社長で、社長自らが、志桜里のマネージャーなのか。
ミホが興味深そうな目で、あみが平坦な目で、見ていた。
「志桜里、急にスケジュールに変更があって、迎えにきたの。ごめんなさいね」
「わかりました、社長」
上着を着たり、と準備をする志桜里。
教室へは荷物を置かず、すべてもってきているので、戻る必要はない。
形山は、志桜里の視線が外れた隙に、俺にそっと近寄り、
「これからもよろしくお願いしますね。沢田先生」
囁き、俺たちに挨拶し志桜里を連れて、去っていった。
「なに、あれ?」
よくわからないが、形山に憤慨しているあみ。
「うそ、すごっ」
スマホをいじっていた、ミホが声を上げた。
「あの社長、さわりんと同じ年だって」
うわ、女優って、怖いな。
『お誕生日おめでとうございます!』
「・・・ありがとう」
おめでたくはないが、礼は言っておく。
集合住宅の3LKの玄関で招き入れながら、プレゼントはひとつだけ、料理・飲み物はこちらで用意する、と言っておいたのに、彼女らは手にいろいろともっている。
俺の視線に気がついたのか、
『手土産』です」
確信犯だな。
というよりも、なるべく短時間で帰らせよう、という俺の魂胆が見抜かれたか。
リビングの小さなローテーブルに、宅配ビザの箱、紙皿や割り箸が乗っているだけなのを目ざとくみつけて、『やっぱり』と言いたげに、彼女らは、目配せをして、更に、
「でも、女の気配はないね」
頷き合っていた。
俺はあらかじめ、寝室と窓がなくて物置につかっている部屋に鍵をしていた。
もともとは、内鍵で部屋の外からはかけられないのを、ホームセンターで買った鍵をとりけていた。
その上で、リビングと続きの部屋にあるデスクトップパソコンの電源を切り、コンセントを抜いた上、電源ケーブルを隠しておいた自分を褒めた。
何をみつけられるか、わかったものじゃない。
プレゼントに何を買ったか、どういう経緯があったか、俺は知らない。
ただ、キッチンから、手土産を出す準備をしている彼女ら三人の様子を漏れ聞くに、それなりにコミュニケーションはとるようになったようだ。
あと、俺・あみ・ミホのグループLINEに、志桜里が加わっていたし、女子三人だけのグループもつくったようだ。
そっちで、何が交わされているか、気になるところではある。
「うわ、冷蔵庫空っぽ。ケーキがすっぽり入っていいけど」
「電子レンジはありますけど、ガスコンロ使った形跡ありませんね。TWITTERにあったみたいに、もうお料されないんですね」
「これが、ツイキャスで言ってたプロテインに、BCAAに、EAA?」
どうやら、TWITTERやツイキャスの情報も共有したらしい。
嫌なら消せ、という話ではあるのだが、『あれ』も俺で、俺の一部なのだ。
逆に、もう少し、『それ』を自分で認めることができたなら、役目を終えたアカウントごと、消せるのかもしれない。
一方、リビングのローテブルの周り、フロア畳を敷いた一角には、俺とマネージャー二名、計三人の姿があった。
自分の部屋とはいえ、客を迎えるのに、部屋着というわけにもいかず、俺は制服を着ている。
なんだかもう毎日、着慣れて、これが一番楽なのだ。
そして、なぜだか、制服姿のマネージャーが、この日のために用意したクッションに座っていた。
志方は、スラックスだが、形山はミニスカートだ。
その服装のせいもあってか、俺と同い年の形山の方が、志方より若く見える上に似合っていて、正直言って、怖い。
キャリアで言えば、大先輩でしかも他事務所社長の形山とガチガチになって、連絡先を交換していた志方も、彼女の美貌を支えるコスメ情報などに、食い入るように話し込んでいた。
そしてなぜか、大人三人のグループLINEができていた。
結局、俺も含め、参加者すべてが、制服だ。
形山が、俺の視線に気がついたのか、わざとらしく太ももをクッションで隠したので、じゃあミニスカ履くなよ、とつい思ってしまう。
はいはい、オッサンに見せるためじゃなくて、ファッションですよね、わかってます。
「それで、どうして、制服なんです?」
「形山社長の提案です」
と、志方は丸投げ。
なんだか志方、信者化してないか?
形山は、顎に指を当てカワイく、
「せっかく沢田先生のお誕生日を、同級生たちがお祝いするんですから、私たちも服装だけでも、同級生気分で仲良くなりたくて、です」
「素敵です、形山社長」
「ありがとう、志方ちゃん」
キャラかわってないか、志方。
というか、スキャンダルを防ぐために監視役で来ているお前らが、それでいいのか?
見た目だけなら、制服の女子五人を部屋に連れ込んでのパーティーだぞ。
「制服お似合いです、形山社長」
「うふふ、ありがとう。志方ちゃんも、スカートにすればよかったのに。予備あるけど、着替える?」
「え?ど、どうしよう?」
俺、どこで、何を間違えたんだろう?
ちなみに、志方は、スカートに履き替えた。
「用意できたよー」
『手土産』のせいで、小さなローテーブルには乗り切らなくなったので、キッチンとリビングの間に置いてある、細長いカウンターテーブルで、立食の形式となった。
テーブルに並んだのは、三人の手料理。
布巾が被せられていて、中身は見えない。
いつの間にか、一品持ち寄りルールとなっていたようだ。
ちなみに、マネージャー二人は、ケーキ代を出資。
なぜか、まずは各々の料理の披露と主賓の俺による試食らしい。
「ボクのは、トマトと味噌漬け豆腐とアボガドと沢庵のサラダ」
名前、長すぎ。
見た目は、赤と白と緑と黄色のキューブが和えられている。
「・・・これ、面白いですよ」
「面白いって、おいしいってこと?」
「おいしい上に、面白いってことです」
口に入れるたびに、キューブの割合が違うから、味も食感も違うのだ。
トマトの甘味、豆腐のしょっぱさ、アボガドのネットリ感、沢庵のカリカリ、なかなかだ。
「志桜里は、ロールキャベツです」
トマトで煮た、オーソドックスな外見だったが、中身が違った。
「オカラ?」
「はい、そうです。オカラやヒジキなどを卵でまとめて、つくねみたいにしました。スープはトマトと昆布出汁、生クリームを入れてます」
コンソメを使ってないのに結構、うまみが濃厚でコクがある。
「料理、上手なんですね」
「社長に、教えてもらいました」
社長、ピースしてないで、そこは謙遜しとけ。
「私は、定番の鶏の唐揚げ!」
「え?」
志桜里が、小さく、驚きの声を上げた。
「うん?レンジするとフニャフニャになるから、お弁当っぽく、あえての冷めてもおいしい唐揚げだよ?」
自分のロールキャベツを温めるのに電子レンジを独占してしまったのか、と志桜里が勘違いしたと思ったあみが説明する。
「いえ、そうではなくて、あの、」
チラチラと俺を見てくるので、気がついた。
だから、あのロールキャベツの中身とスープか。
俺は、唐揚げを手でつまむと、口に入れた。
「先生?」
「先輩、お行儀悪い!」
もぐもぐと飲み下し、
「志桜里さん、誤解させて申し訳ありません。もう、肉とか、食べられるから、大丈夫です」
「え?」
志桜里は、俺のツイキャスをあみに教えた見返りに、TWITTERを教えてもらって読み、俺の拒食症の症状のひとつ、卵と乳製品以外の動物性のもの、肉魚を食べられない、というのを知った。
そして、現在も治っていない、と思ってしまったのだろう。
「そういえば、しおりんの前ではさわりん、定食とかじゃなくて、目玉焼きのせナポリタンばっかり食べてたかも?」
最近、学食でハマって食べているナポリタンにハムは入っているが、微々たるものだから、その程度なら大丈夫になった、と思っていたら、唐揚げドン!で驚いたのだろう。
「・・・ごめんなさい」
「いや、心配して、気をつかってくれてありがとう。きちんと説明しなくて、申し訳ありません」
「私が、ごめん!どんな料理にするか、聞かれたのに、意地悪して教えなかったから。ごめんなさい」
「ボクも、メニューはお互い秘密の方がおもしろいって賛成して、ごめん」
それらを聞いて志方はオロオロし、形山は、じーっと志桜里を見つめていた。
泣き出すか、と思われた志桜里だったが、手を伸ばして、唐揚げを口に入れ、飲み込むと気丈に言った。
「おいしいですけど、志桜里のロールキャベツの方が上です」
あみは、マナジリを吊り上げたが、肩を落とした。
「うん、今日はそれでもいい」
俺は、二人の頭をぽんぽんし、
「乾杯しましょう」
冷蔵庫へ向かう俺の背に、
「さわりん、その手。唐揚げつかんだの、どっち?」
あみの頭が絶賛、唐揚げ風味です。
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