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第一巻:春は、あけぼの
声-過去×十八
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「以上が、タンパク質・ペプチド・アミノ酸・EAA・BCAAの関係と生理活性になりますが、何か質問はありますか?」
俺は、講義を終え、質問を受けつけながら、教室を見渡した。
教室の隅から、手が挙がった。
手を挙げたのは、教室の隅の方に座っていた、スカートの制服を着た高校生くらいのロングに眼鏡の少女だった。
「はい、どうぞ」
目線を合わせ、質問を促すと、その子は立ち上がった。
「ヤナギサワシオリです。よろしくお願いします」
名乗った瞬間、教室がザワっとする。
確かに、カワイイ子ではあるが、こんなにザワつくとは、何者だろう?
なんだか、デジャヴュを感じる。
「質問は。乳酸が疲労物質ではないとのお話でした。では、疲労物質とは何か、もう少し詳しくお伺いできませんでしょうか」
「わかりません」
あれ?
唖然とされず、ほほ笑まれた。
質問への「わからない」という回答へそのリアクションって、このネタ使いすぎたかな。
「まず、乳酸は、先に話した糖をエネルギー源とする解糖系の中間代謝物です。筋肉のpHに影響し、動きを悪くします」
ふむふむ、と頷くシオリ。
「しかし、乳酸は、中間代謝物ですから、代謝されて減っていく、なのに、筋肉の動きの低下、疲労感は残ります。この辺のメカニズム、つまり疲労物質が存在するならば何かが、まだ不明なのです」
「では、クエン酸が疲労に効くという説は、いかがでしょうか」
ここでクエン酸か。
あれ?
「メタアナリシスの結果では、クエン酸の摂取で、疲労回復が向上するとする論文は数が少ないのが現状です。BCAAと同時にとった場合くらいでしょうか、数値が現実的なのは」
あれ?
この話、したことなかったか?
「クエン酸は、体質によって、代謝を向上させますので、そういう点では、回復を向上させる場合もあるかもしれません。自分も、クエン酸で体温が上がったり、むくみがとれたりする体質です」
なんだか、初見の反応でない気がする。
「すみません。これ、もう講義で話しましたっけ?」
「いいえ。『講義』では、初めて伺いました。興味深いお話、ありがとうございました」
一礼して席につく少女。
『講義』では?
「他に質問は?」
一時間の講義を終え、次の講師役に講壇を譲り、教室の隅の空いた席に座った。
次に、この教室で行われる講義を聴く予定なのだ。
『お疲れ様」でした」
前と左から、俺がよく飲んでいる炭酸水のペットボトルが二本、差し出された。
前に座るのはあみ。
左は、ヤナギサワシオリ。
どういうことだ、これ?
なんだか、まわりがザワザワしている。
俺が、どちらのペットボトルにも手を出さないでいるとシオリは、キャップをねじった。
炭酸の抜ける音がする。
「開けてしまいましたから、飲んでください」
仕方なく、俺は受け取った。
にっこり、とほほ笑むシオリ、頬が膨れるあみ。
講義開始のチャイムが鳴った。
「先生。また、お昼休みに」
彼女は、素早く言うと、前へ向け座り直した。
俺は、なかなか前を向かないあみに二本目のペットボトルを押しつけられ、いや二本も飲んだらトイレ我慢できないよ、と現実逃避しつつ、横眼でシオリを見ながら、講義に目を向けた。
「先生、お昼はどうされるのですか?」
「学食の予定ですが。その前に、先生はやめてください。先生と呼ばれると、ものすごーく年寄りになった気がするのですよ。まあ、年寄りなので、仕方ないですけどね」
シオリは、少し悩んだ様子を見せたあとで、
「では、どうお呼びしたらよろしいですか?」
「沢田でお願いします」
「はい、沢田さん。お昼ごいっしょさせていただいて、よろしいですか?」
「あ、私もいきたい!」
なんとか割り込んできたあみに、シオリは表情を変えずに、
「シオリではなく、沢田さんが決めることです」
「じゃ、じゃあ、三人で学食へ行きましょうか」
愛想笑いで先導して、歩き出す。
後ろでは、二人がポツポツと話しているようだが、よく聞こえない。
その前を歩きながら、集まる視線に隠すように、スマホを取り出して「ヤナギサワシオリ」で検索する。
柳沢志桜里。
はい、天才子役と呼ばれた十八歳の現役女優でした。
中学生ごろは、仕事が激減していたみたいだが最近、復活してきたようだ。
三人で、学食のテーブルについた。
ちなみに俺がナポリタンにしたことで、二人ともパスタにし、あみが和風タラコ、志桜里が小カルボナーラ。
最近、ここのナポリタンの目玉焼き乗せにハマっているのだ。
志桜里は、小食なようだ。
何気ない話題、それこそ天気や仕事の様子など振るのだが、話は弾まず、食事は進んでいく。
一足先に食べ終え、アイスコーヒー飲みたいな、などと現実逃避気味に考えていたら、皿を空けた志桜里がハンカチで口元を拭く、と口を開いた。
「志桜里、知っています」
なにを?
素早く、あみとアイコンタクトを交わす。
あみとつきあっていることか?
それとも、またTWITTERのフォロワーで、俺の過去のことをか?
いろいろと心当たりが多すぎる。
こういうとき、腹が座るのは、女性の方が先なのだろうか。
「柳沢さん。何を知っているの?」
彼女は、質問したあみではなく、俺を見て、なんだか、とても大切な宝物をそっとお披露目するように、呟いた。
「・・・ツイキャスです」
なにそれ?
聞き覚えがある言葉だが、なんだ?
あみも、首を捻り、
「ツイキャスって、ネットで配信するアプリだよね?」
言葉の意味は知っているが、何を意味するか、思い当たらないようだ。
俺は、それを聞いて、思い出した。
「あ、アーカイブを、聞きましたか?」
数年前、何をトチ狂ったか、俺はツイキャスでライブ配信をやっていた。
顔は出さずに、パワポ画面でトレーニングがどうの、栄養がどうのといった今、講義でやっているような解説をしたり、グチを言ったりしていた。
当然、ほとんど誰も来ないのと、我に返って数回で止めてしまった。
TWITTERで告知もしたが、配信後には消していたので、あみも知らないのだろう。
クエン酸がどうのと、ツイキャスで語った覚えがある。
「偶然、リアルタイムで聴いていました」
なんだろう、この公開処刑。
黒歴史が俺を苛む。
「素敵な声で、素敵な話し方だと思いました」
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせ、
「十四歳で、お仕事も少なくなって、大人に怒られてばかりで。唯一の優しい大人の声でした」
志桜里は、きらきらとした目で、あみはビー玉のような目をしている。
「何度も何度も聴いて、ダウンロードして、今でも毎晩聴いて眠っています。だから、講義を聴いて、すぐわかりました」
デジタル世界で、特定されないように個人情報には気をつかっていたつもりだったのに、こんなにバレバレだとは。
ネットって怖い。
オーケイ、わかった。
過去の罪は、罰として受けよう。
ここは、『過去の俺の声』のファン?に礼を言うべき場面なのだろう。
自分の傷に塩を塗るような行為だが。
「何度も聴いてくれて。講義も受けてくれて、ありがとう、柳沢さん。食事も終わりましたから、それでは・・・」
立ち上がろうとする俺の腕を、志桜里がつかんだ。
「まだ、お話は終わっていません」
もし、サインでもねだられたら、憤死する自信がある。
真剣さに、仕方なく、座りなおして、
「なんでしょう?」
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせた。
癖なのかな。
「ずっと探していました。志桜里とおつきあいしてください」
俺は、あみとアイコンタクトを交わそうとしたが、さっきから彼女は、ビー玉のような目をしていて、視線を合わそうとしない。
孤立無援の俺は、いろいろと言い訳を、脳フル回転で考えた。
こんなに年の差がある。
女優とオッサンは釣り合わない。
つらかった時期の勘違いだよ。
アナタが知っているデジタルの俺は、本当の俺じゃない。
なんだろう、すべてブーメランで、あみ経由で俺に突き刺さってくる。
でも、そんな表向きの言い訳は、卑怯だ。
勘違いだろうが、思い込みだろうが、告白してくれた相手に、誠実ではない。
俺が、言い訳ではなく、覚悟を決めたのを感じたのか、あみが嬉しそうな、でも少し心配そうな顔をした。
「柳沢さん。俺には、好きな人がい、」
「知ってます」
食い気味に、小さな声で、返答された。
「そんなことくらい。志桜里が大好きな人のことくらい、見ていればわかります」
え?
バレバレ?
というか、その上で、なんで?
「好きな人に、好きな人がいたら、諦めなくちゃダメですか?絶対に、絶対に志桜里の方が『好き』の大きさで、強さで、その相手には勝っているんですから」
あみが、頬を膨らませている。
早くなだめないと、自爆して、大惨事だ。
「おちついて。気持ちはありがたいですけど、」
「まだ、大人の関係ではありませんよね?」
あみが、ブっと、膨らませていた頬から、息を噴いた。
というか、志桜里が小声で話してくれていてよかった。
「未成年に、手は出さない」
昼間の学食で、何を話してるんだ?
「志桜里は十八です。志桜里が先に、ものにします」
「言い方よくないと思います」
あみの口癖を、思わず俺が呟くと、志桜里は俺を挑戦的に見て、
「志桜里は、合法ですから」
いや、そういう問題ではなくてですね。
志桜里は、ちらっと腕時計を見て、
「先生、午後からも聴講ですか?」
「・・・どうして、また先生に逆戻り?」
「ずーっと、声を聴きながら、先生って呼んでいましたから、今さら変えられません、やっぱり」
「年寄りだと自覚しろってことですね」
グっと顔を使づけてきて、
「年寄りではなくて、尊敬できる先生だからです!」
強い言い方に、ちょっと怯む。
「では先生、志桜里は午後からお仕事なので、女優してきます」
スカートをつまんで、一礼した。
「えと、あー、行ってらっしゃい」
「行ってきます、先生!」
「先生、おはようございます」
翌日、登校して教室の隅に座っていると、志桜里が俺の左の席に陣取り、こちらを向いて挨拶してきた。
昨日は、あれから、あみが暴れて大変だった。
浮気者、と罵られても浮気してないし、俺が口説いたわけでもない。
その上、しばらく前に流行ったらしい、恋人を大切にするあまり、性的欲求を恋人の姉にぶつけてしまう、どろっどろのドラマを例にあげ、そんな未来が来ないように祈っていた。
未成年のアイドルが、観ないでください。
とにかく、俺としては、誠実に志桜里と交際できないと断った。
あとは、彼女が、それを理解するまで、時を待つしかない。
自分で言っててなんだが、本音を吐露していたTwitterと違い、ツイキャスで分厚い猫かぶって話していた俺と、現実の俺を見比べれば、すぐに幻滅するだろう。
「おはよう。柳沢さん」
ぷっと頬を膨らませた。
なんだか、その顔は、年相応でカワイイのに。
「志桜里と呼んでください」
「先生と呼ぶのをやめてくれたら、そうしますよ」
「え、それは・・・」
その表情に、ものすごい葛藤が見てとれた。
俺が思う以上に『先生』は彼女にとって大切で、他人行儀に苗字ではなく自分が「先生に名前」で呼ばれるのと、同価値なのだろう。
そういうのを、無理に決断させて、良いことはない。
その『先生』が、俺とは別人なことに、早く気がついてほしい。
それに、彼女には悪いが、『先生』と呼ばれるたびに、自分の年と大人としての自覚を呼び覚まされて、今となっては、俺にとっても都合が良い。
「もう、先生でいいですよ、志桜里さん」
名前を呼ばれ、笑顔になる志桜里。
「でも、交際を、お断りしたのは、理解していますよね?」
「はい。でも、諦められません」
ふと、昨日あみが『あの女、私と同じ匂いがする』と言っていたのを思い出した。
類は友を呼ぶという言葉があるが、それを言うなら元凶は俺か。
あと、アイドルが「あの女」はやめよう。
「それも、急には無理でしょう。ですが、俺たちはお友達なんです。それは、よろしいですか、志桜里さん」
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせて、
「え?はい、先生ありがとうございます。志桜里、嬉しいです」
恋人ではないですよ、お友達ですよ、と言っているのだが、俺の友達宣言で、にっこりとした笑顔を見ていると、なんだか罪悪感に苛まれる。
志桜里は、ちらっと腕時計を見て、
「では先生、志桜里はこれからお仕事なので、女優してきます」
スカートをつまんで、一礼した。
「え?これから、ですか?それなら、登校しなくても、よかったのでは?」
「・・・先生に、朝のご挨拶をしたくて」
あ、そうですか。
このやり取りが、ものすごく恥ずかしい。
「明日は、お昼ご飯、ごいっしょしてくださいね」
「あー、はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます、先生!」
志桜里と入れ替わりに教室に入ってきたあみは、浮気現場を目撃した目をしていた。
俺は、講義を終え、質問を受けつけながら、教室を見渡した。
教室の隅から、手が挙がった。
手を挙げたのは、教室の隅の方に座っていた、スカートの制服を着た高校生くらいのロングに眼鏡の少女だった。
「はい、どうぞ」
目線を合わせ、質問を促すと、その子は立ち上がった。
「ヤナギサワシオリです。よろしくお願いします」
名乗った瞬間、教室がザワっとする。
確かに、カワイイ子ではあるが、こんなにザワつくとは、何者だろう?
なんだか、デジャヴュを感じる。
「質問は。乳酸が疲労物質ではないとのお話でした。では、疲労物質とは何か、もう少し詳しくお伺いできませんでしょうか」
「わかりません」
あれ?
唖然とされず、ほほ笑まれた。
質問への「わからない」という回答へそのリアクションって、このネタ使いすぎたかな。
「まず、乳酸は、先に話した糖をエネルギー源とする解糖系の中間代謝物です。筋肉のpHに影響し、動きを悪くします」
ふむふむ、と頷くシオリ。
「しかし、乳酸は、中間代謝物ですから、代謝されて減っていく、なのに、筋肉の動きの低下、疲労感は残ります。この辺のメカニズム、つまり疲労物質が存在するならば何かが、まだ不明なのです」
「では、クエン酸が疲労に効くという説は、いかがでしょうか」
ここでクエン酸か。
あれ?
「メタアナリシスの結果では、クエン酸の摂取で、疲労回復が向上するとする論文は数が少ないのが現状です。BCAAと同時にとった場合くらいでしょうか、数値が現実的なのは」
あれ?
この話、したことなかったか?
「クエン酸は、体質によって、代謝を向上させますので、そういう点では、回復を向上させる場合もあるかもしれません。自分も、クエン酸で体温が上がったり、むくみがとれたりする体質です」
なんだか、初見の反応でない気がする。
「すみません。これ、もう講義で話しましたっけ?」
「いいえ。『講義』では、初めて伺いました。興味深いお話、ありがとうございました」
一礼して席につく少女。
『講義』では?
「他に質問は?」
一時間の講義を終え、次の講師役に講壇を譲り、教室の隅の空いた席に座った。
次に、この教室で行われる講義を聴く予定なのだ。
『お疲れ様」でした」
前と左から、俺がよく飲んでいる炭酸水のペットボトルが二本、差し出された。
前に座るのはあみ。
左は、ヤナギサワシオリ。
どういうことだ、これ?
なんだか、まわりがザワザワしている。
俺が、どちらのペットボトルにも手を出さないでいるとシオリは、キャップをねじった。
炭酸の抜ける音がする。
「開けてしまいましたから、飲んでください」
仕方なく、俺は受け取った。
にっこり、とほほ笑むシオリ、頬が膨れるあみ。
講義開始のチャイムが鳴った。
「先生。また、お昼休みに」
彼女は、素早く言うと、前へ向け座り直した。
俺は、なかなか前を向かないあみに二本目のペットボトルを押しつけられ、いや二本も飲んだらトイレ我慢できないよ、と現実逃避しつつ、横眼でシオリを見ながら、講義に目を向けた。
「先生、お昼はどうされるのですか?」
「学食の予定ですが。その前に、先生はやめてください。先生と呼ばれると、ものすごーく年寄りになった気がするのですよ。まあ、年寄りなので、仕方ないですけどね」
シオリは、少し悩んだ様子を見せたあとで、
「では、どうお呼びしたらよろしいですか?」
「沢田でお願いします」
「はい、沢田さん。お昼ごいっしょさせていただいて、よろしいですか?」
「あ、私もいきたい!」
なんとか割り込んできたあみに、シオリは表情を変えずに、
「シオリではなく、沢田さんが決めることです」
「じゃ、じゃあ、三人で学食へ行きましょうか」
愛想笑いで先導して、歩き出す。
後ろでは、二人がポツポツと話しているようだが、よく聞こえない。
その前を歩きながら、集まる視線に隠すように、スマホを取り出して「ヤナギサワシオリ」で検索する。
柳沢志桜里。
はい、天才子役と呼ばれた十八歳の現役女優でした。
中学生ごろは、仕事が激減していたみたいだが最近、復活してきたようだ。
三人で、学食のテーブルについた。
ちなみに俺がナポリタンにしたことで、二人ともパスタにし、あみが和風タラコ、志桜里が小カルボナーラ。
最近、ここのナポリタンの目玉焼き乗せにハマっているのだ。
志桜里は、小食なようだ。
何気ない話題、それこそ天気や仕事の様子など振るのだが、話は弾まず、食事は進んでいく。
一足先に食べ終え、アイスコーヒー飲みたいな、などと現実逃避気味に考えていたら、皿を空けた志桜里がハンカチで口元を拭く、と口を開いた。
「志桜里、知っています」
なにを?
素早く、あみとアイコンタクトを交わす。
あみとつきあっていることか?
それとも、またTWITTERのフォロワーで、俺の過去のことをか?
いろいろと心当たりが多すぎる。
こういうとき、腹が座るのは、女性の方が先なのだろうか。
「柳沢さん。何を知っているの?」
彼女は、質問したあみではなく、俺を見て、なんだか、とても大切な宝物をそっとお披露目するように、呟いた。
「・・・ツイキャスです」
なにそれ?
聞き覚えがある言葉だが、なんだ?
あみも、首を捻り、
「ツイキャスって、ネットで配信するアプリだよね?」
言葉の意味は知っているが、何を意味するか、思い当たらないようだ。
俺は、それを聞いて、思い出した。
「あ、アーカイブを、聞きましたか?」
数年前、何をトチ狂ったか、俺はツイキャスでライブ配信をやっていた。
顔は出さずに、パワポ画面でトレーニングがどうの、栄養がどうのといった今、講義でやっているような解説をしたり、グチを言ったりしていた。
当然、ほとんど誰も来ないのと、我に返って数回で止めてしまった。
TWITTERで告知もしたが、配信後には消していたので、あみも知らないのだろう。
クエン酸がどうのと、ツイキャスで語った覚えがある。
「偶然、リアルタイムで聴いていました」
なんだろう、この公開処刑。
黒歴史が俺を苛む。
「素敵な声で、素敵な話し方だと思いました」
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせ、
「十四歳で、お仕事も少なくなって、大人に怒られてばかりで。唯一の優しい大人の声でした」
志桜里は、きらきらとした目で、あみはビー玉のような目をしている。
「何度も何度も聴いて、ダウンロードして、今でも毎晩聴いて眠っています。だから、講義を聴いて、すぐわかりました」
デジタル世界で、特定されないように個人情報には気をつかっていたつもりだったのに、こんなにバレバレだとは。
ネットって怖い。
オーケイ、わかった。
過去の罪は、罰として受けよう。
ここは、『過去の俺の声』のファン?に礼を言うべき場面なのだろう。
自分の傷に塩を塗るような行為だが。
「何度も聴いてくれて。講義も受けてくれて、ありがとう、柳沢さん。食事も終わりましたから、それでは・・・」
立ち上がろうとする俺の腕を、志桜里がつかんだ。
「まだ、お話は終わっていません」
もし、サインでもねだられたら、憤死する自信がある。
真剣さに、仕方なく、座りなおして、
「なんでしょう?」
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせた。
癖なのかな。
「ずっと探していました。志桜里とおつきあいしてください」
俺は、あみとアイコンタクトを交わそうとしたが、さっきから彼女は、ビー玉のような目をしていて、視線を合わそうとしない。
孤立無援の俺は、いろいろと言い訳を、脳フル回転で考えた。
こんなに年の差がある。
女優とオッサンは釣り合わない。
つらかった時期の勘違いだよ。
アナタが知っているデジタルの俺は、本当の俺じゃない。
なんだろう、すべてブーメランで、あみ経由で俺に突き刺さってくる。
でも、そんな表向きの言い訳は、卑怯だ。
勘違いだろうが、思い込みだろうが、告白してくれた相手に、誠実ではない。
俺が、言い訳ではなく、覚悟を決めたのを感じたのか、あみが嬉しそうな、でも少し心配そうな顔をした。
「柳沢さん。俺には、好きな人がい、」
「知ってます」
食い気味に、小さな声で、返答された。
「そんなことくらい。志桜里が大好きな人のことくらい、見ていればわかります」
え?
バレバレ?
というか、その上で、なんで?
「好きな人に、好きな人がいたら、諦めなくちゃダメですか?絶対に、絶対に志桜里の方が『好き』の大きさで、強さで、その相手には勝っているんですから」
あみが、頬を膨らませている。
早くなだめないと、自爆して、大惨事だ。
「おちついて。気持ちはありがたいですけど、」
「まだ、大人の関係ではありませんよね?」
あみが、ブっと、膨らませていた頬から、息を噴いた。
というか、志桜里が小声で話してくれていてよかった。
「未成年に、手は出さない」
昼間の学食で、何を話してるんだ?
「志桜里は十八です。志桜里が先に、ものにします」
「言い方よくないと思います」
あみの口癖を、思わず俺が呟くと、志桜里は俺を挑戦的に見て、
「志桜里は、合法ですから」
いや、そういう問題ではなくてですね。
志桜里は、ちらっと腕時計を見て、
「先生、午後からも聴講ですか?」
「・・・どうして、また先生に逆戻り?」
「ずーっと、声を聴きながら、先生って呼んでいましたから、今さら変えられません、やっぱり」
「年寄りだと自覚しろってことですね」
グっと顔を使づけてきて、
「年寄りではなくて、尊敬できる先生だからです!」
強い言い方に、ちょっと怯む。
「では先生、志桜里は午後からお仕事なので、女優してきます」
スカートをつまんで、一礼した。
「えと、あー、行ってらっしゃい」
「行ってきます、先生!」
「先生、おはようございます」
翌日、登校して教室の隅に座っていると、志桜里が俺の左の席に陣取り、こちらを向いて挨拶してきた。
昨日は、あれから、あみが暴れて大変だった。
浮気者、と罵られても浮気してないし、俺が口説いたわけでもない。
その上、しばらく前に流行ったらしい、恋人を大切にするあまり、性的欲求を恋人の姉にぶつけてしまう、どろっどろのドラマを例にあげ、そんな未来が来ないように祈っていた。
未成年のアイドルが、観ないでください。
とにかく、俺としては、誠実に志桜里と交際できないと断った。
あとは、彼女が、それを理解するまで、時を待つしかない。
自分で言っててなんだが、本音を吐露していたTwitterと違い、ツイキャスで分厚い猫かぶって話していた俺と、現実の俺を見比べれば、すぐに幻滅するだろう。
「おはよう。柳沢さん」
ぷっと頬を膨らませた。
なんだか、その顔は、年相応でカワイイのに。
「志桜里と呼んでください」
「先生と呼ぶのをやめてくれたら、そうしますよ」
「え、それは・・・」
その表情に、ものすごい葛藤が見てとれた。
俺が思う以上に『先生』は彼女にとって大切で、他人行儀に苗字ではなく自分が「先生に名前」で呼ばれるのと、同価値なのだろう。
そういうのを、無理に決断させて、良いことはない。
その『先生』が、俺とは別人なことに、早く気がついてほしい。
それに、彼女には悪いが、『先生』と呼ばれるたびに、自分の年と大人としての自覚を呼び覚まされて、今となっては、俺にとっても都合が良い。
「もう、先生でいいですよ、志桜里さん」
名前を呼ばれ、笑顔になる志桜里。
「でも、交際を、お断りしたのは、理解していますよね?」
「はい。でも、諦められません」
ふと、昨日あみが『あの女、私と同じ匂いがする』と言っていたのを思い出した。
類は友を呼ぶという言葉があるが、それを言うなら元凶は俺か。
あと、アイドルが「あの女」はやめよう。
「それも、急には無理でしょう。ですが、俺たちはお友達なんです。それは、よろしいですか、志桜里さん」
志桜里は、両手を胸の前で組み合わせて、
「え?はい、先生ありがとうございます。志桜里、嬉しいです」
恋人ではないですよ、お友達ですよ、と言っているのだが、俺の友達宣言で、にっこりとした笑顔を見ていると、なんだか罪悪感に苛まれる。
志桜里は、ちらっと腕時計を見て、
「では先生、志桜里はこれからお仕事なので、女優してきます」
スカートをつまんで、一礼した。
「え?これから、ですか?それなら、登校しなくても、よかったのでは?」
「・・・先生に、朝のご挨拶をしたくて」
あ、そうですか。
このやり取りが、ものすごく恥ずかしい。
「明日は、お昼ご飯、ごいっしょしてくださいね」
「あー、はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます、先生!」
志桜里と入れ替わりに教室に入ってきたあみは、浮気現場を目撃した目をしていた。
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