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第二巻:夏は、夜
服÷ふぐう
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「あ、今の録画しておけば、良かった」
大谷が呟いた。
一通り、演技者をやったので、シチュエーション・ゲームもどきは、終了していた。
確かに後日、事務所の公式チャンネルで配信するには、良い内容だったかもしれない。
「でも、大谷さんの事務所入り情報公開のタイミングもあるし、編集とか、体制が整ってからでも遅くはないですよ」
思いつくのが遅くて、落ち込んでいる彼を慰める。
「僕のチャンネルで、近日コラボ予定みたいな短編動画にもできたのに、残念です。事務所移籍前だったら、みなさんはモザイクですが、」
「モザイクは嫌」
「モザイク反対!」
「モザイクはちょっと」
女性陣から、猛抗議を受ける。
特に、前職がセクシー女優の茜から、とても冷たい目で見られて、
「素材の動画を撮ってないからしませんし、今後も絶対に、みなさんにはモザイクかけません。約束します」
慌てて、大谷が宣言する。
まあ、自分のチャンネルのサムネで、ゲストにモザイクは、当たり前だから、その辺の感性の違いなんだうな。
「誰にモザイクかけるんですか?」
妙齢の女性が風呂上りにバスタオル一丁で、フルモザイク案件だった志方が、レイチェルに着替えさせられて、戻ってきた。
メイクもバッチリされているが、化粧役が疲れた顔なのは服装が、薄モザイク希望なままだからだろうか。
レイチェルのを借りたのだろう、清楚で可憐なメイド服に比べて、その中身が少々いや、かなりわがまま状態だ。
ブラウスがふわふわしてオーバーサイズ、ウエストも締めなければ調整できるようだから着せたのだろうが、ギリっぽい。
アダルト動画の企画物みたいで、つい目を逸らした俺と、大谷の目が合い、理由を互いに察して苦笑している、と茜に睨まれた。
でも、志方のメイド服を見て、
「かわいい」
と呟いていたのは、聞き逃さない。
「レイチェル」
「はい?ご主人様」
「まだ、メイド服の予備はあるか?」
「ございますが。ご主人様が、着られるのですか?」
着るか。
「どうだ茜。俺にタキシード着せる仕事をとってきた罰で、メイド服を着ないか?」
「え、でも、」
セクシー女優としての仕事で、メイド服などを着たからの躊躇だろう。
だからこそ、「着てもそんな目で見ない」という意味や、罰という言い訳を用意したのだが。
「私も着る!」
俺と茜の雰囲気から、何かを感じたのか、あみが宣言した。
「実は、自分のメイド服、もってきてるんだ」
アイドル番組の企画「接客」の特技披露で「さっきゅばすどりーむ」に一日入店したときに、見習いから正式採用に昇格してメイド服を手に入れていた。
「荷物になるのに、なんでまた」
「だって、別荘にメイドさんって、良くない?」
口を尖らずあみに、
「あみりん、それわかる。れいりん、別にもう一着ある?」
「わたくしが昨日、着てしまったものでしたら、ありますが」
「平気平気。れいりんが気にしないなら、貸して」
「もちろんです」
「しおりんは、お嬢様役ね」
言われてみれば、志桜里の白いワンピース姿は、夏の避暑地のお嬢様みたいだ。
これで、茜のメイド服着用の承諾待ちとなった。
彼女は、少しばかりの観念と大量の欲望が混じった声で言った。
「・・・沢田先生が、タキシードを着てくれるなら」
俺以外から、賛同の歓声が上がった。
アラームで目が覚めた。
寝返りなど睡眠中の動きを感知して、眠りが浅いタイミングで、起こしてくれるスマホアプリを愛用している。
なんだか、良い夢を見ていた気がするが、覚えていない。
あまり、夢を見なくなったのは、トラウマへの刺激を無意識に避けているからだろうか。
今日は、講義があるから、オンラインではなく、学園へ行かないとだ。
人気はないが、義務だから仕方がない。
所詮は、どれも定年までの暇つぶしだ。
・・・定年になったら、その後は?
考えるのを止め、キッチンでプロテインを飲んで、冷蔵庫に入れっぱなしだったスーパーで安売りしていたオニギリを取り出す。
冷えきって、老化した米がボロボロと崩れるので、流し台に落としながら組み立てて齧る。
ジム通いを辞めてしまったので、筋肉を増やすためというよりは、死なないための栄養補給だ。
サプリで亜鉛を摂っているはずなのに、オニギリの味を感じない。
ずっと腹の調子が悪いから吸収されずに、いろいろと体調が良くないのかもだが、どうでもいい。
なのに、太ったのは、不思議だ。
着替えようとして、代えのシャツがないことに気がつく。
ただ、今日初めてではなく、ここ最近ずっとだ。
ゴミをかき分けて、脱ぎ捨てていた汚れものの中から、比較的に綺麗そうなのを選ぶ。
太ったせいか、首が苦しくて、罪への罰をつきつけてくる。
罪?
制服もクリーニングに出していないな。
そもそも、クリーニング店のカード、どこへやっただろう。
洗面台の鏡に映った顔を見て、髭を剃っていないのに気がついた。
いや、電気シェーバーでは剃れないくらい、無精髭が伸びてしまっていて、シャワーの度に、T字カミソリを買おうと思って忘れているのだった。
シャワー、いつ浴びたっけ?
「あー」
思い出そうとして、思わず出た声は、しわがれていた。
普段は、独り言以外で発声しないのだから、当たり前か。
咳払いをするが、喉の調子が良くなったかはわからい。
気休めに、うがいをしておいた。
講義に間に合うように出なければいけない時間になったようで、スマホがアラームを鳴らし、途切れた。
どうやら、夜の充電を忘れて、バッテリー切れのようだ。
ほとんど外へ出ないので、いつもは困らないが、今日は仕方がない。
使いもしないモバイルバッテリーも充填した覚えがない。
どうせ、電子書籍も読まなくなったので、そのまま放置。
こういう場合を想定して、SUICAがモバイルではなくリアル・カードのままなのは、以前の自分は、賢かったのかもしれない。
時間は、スマートウォッチでわかる、ってこれもバッテリーが切れていたのだった。
運動をしなくなってからだから、いつからだ?
役立たずのアクセサリーになっていたスマートウォッチを手首から外し、洗面台に置く。
きっと、このまま充電しないし、そもそもどこへ置いたかも忘れてしまうのだろう。
そのうち、ここから落ちて、角で埃に塗れるに違いない。
最近、立ったまま靴を履けなくなったので、玄関に置いた椅子に座る。
下駄箱につかまって立ち、よろよろしながらも、扉を開け出る。
施錠するのに鍵穴へ鍵が、うまく入らなくてイラついた。
何日ぶりの外だ?
こんなに良い天気で、毎日ほとんどベッドから出ないでダラダラ寝ているのに、どうしてこんなに眠いのだろう?
どこかで打ち水をしているのか、水を撒く音がした。
「ケーキが、炊けました」
そんなメイドの声で、我に返った。
炊飯器での蒸しケーキだから、「焼けました」ではないのか。
あれ?
何か、重要なことを忘れていないか?
周りは、メイド服で溢れていて、自分もタキシードという異常事態に、少しばかり現実逃避していたのだ。
電子書籍を読んでいたはずのスマホ画面も真っ暗で、スリープしていた。
なぜか、大谷は真っ赤な蝶ネクタイをしていて、営業時の正装だそうだ。
ちなみに、タキシードは準正装な上に夜用で、モーニングとか燕尾服が正装だ。
まあ、晩餐会がほぼない時代に合わせて、変わってきてはいるが。
あと勘違いしやすいが、結婚式の男性招待客が正装するのは、花嫁以外が白いドレスを着るぐらいNGだ。
リビングのテーブルへ、平皿のまま白い蒸しケーキが置かれた。
「美味しそう!」
冷やしても美味しいらしいが、腹ペコお嬢様改め平メイドがいるので、熱々を頂く。
「やはり、ベーキングパウダーが入っていないので、膨らみが小さいですね」
メイド長の発言に、俺はセクハラ視線にならないように、ケーキから目線を動かさなかった。
「さわりん、そんなにお腹減ってるの?」
俺がケーキを食い入るように見ているように感じたのだろう。
まさか、「膨らみが小さい」に反応して「別の場所を見ないようにしていた」とは言えず、
「予め用意していない材料で、しかもお菓子ができて、感心している」
「そうだよね、ボクなんて、ミックスナッツから、ドライフルーツ拾っちゃった」
「私、クッキーから、チョコチップ毟っちゃった」
工夫が楽しかったらしいが、
「おつまみが入った袋に、キスチョコ入ってなかったか?」
形山買い物メモで、非常食に板チョコも買った気がする。
どうして、そこまで夏の別荘での非常食に拘るのか、わからないが。
まあ、ゲリラ豪雨で道が土砂崩れでの「閉ざされた山荘」は、あり得るのか。
しかし、的を射た指摘は、サバイバル的な創意工夫に至高を感じているメイドらは受け入れる気がないらしく、スルーされる。
「小皿とナイフを持ってきますね」
言って立ち上がって、厨房へ向いたレイチェルの目前に、志方が立っていた。
「はい、店長ナイフです」
「ありが、」
礼の言葉が途切れ、志方の顔に、赤が散った。
勢い余って、苺ソースの容器を握ってしまったのかと思った。
ゆっくり、とレイチェルは床に倒れ、動かない。
絨毯に広がる染みは、まさか血だろうか。
そこまで思って、志方を見る、と手に血まみれのナイフが握られていた。
本当に驚く、と咄嗟に悲鳴は出ないらしい。
誰かの喉が、ひっと音をたてたのが聞こえる。
志方は、ナイフを振り上げ、けたたましく笑った。
「ああははははー!」
大谷が呟いた。
一通り、演技者をやったので、シチュエーション・ゲームもどきは、終了していた。
確かに後日、事務所の公式チャンネルで配信するには、良い内容だったかもしれない。
「でも、大谷さんの事務所入り情報公開のタイミングもあるし、編集とか、体制が整ってからでも遅くはないですよ」
思いつくのが遅くて、落ち込んでいる彼を慰める。
「僕のチャンネルで、近日コラボ予定みたいな短編動画にもできたのに、残念です。事務所移籍前だったら、みなさんはモザイクですが、」
「モザイクは嫌」
「モザイク反対!」
「モザイクはちょっと」
女性陣から、猛抗議を受ける。
特に、前職がセクシー女優の茜から、とても冷たい目で見られて、
「素材の動画を撮ってないからしませんし、今後も絶対に、みなさんにはモザイクかけません。約束します」
慌てて、大谷が宣言する。
まあ、自分のチャンネルのサムネで、ゲストにモザイクは、当たり前だから、その辺の感性の違いなんだうな。
「誰にモザイクかけるんですか?」
妙齢の女性が風呂上りにバスタオル一丁で、フルモザイク案件だった志方が、レイチェルに着替えさせられて、戻ってきた。
メイクもバッチリされているが、化粧役が疲れた顔なのは服装が、薄モザイク希望なままだからだろうか。
レイチェルのを借りたのだろう、清楚で可憐なメイド服に比べて、その中身が少々いや、かなりわがまま状態だ。
ブラウスがふわふわしてオーバーサイズ、ウエストも締めなければ調整できるようだから着せたのだろうが、ギリっぽい。
アダルト動画の企画物みたいで、つい目を逸らした俺と、大谷の目が合い、理由を互いに察して苦笑している、と茜に睨まれた。
でも、志方のメイド服を見て、
「かわいい」
と呟いていたのは、聞き逃さない。
「レイチェル」
「はい?ご主人様」
「まだ、メイド服の予備はあるか?」
「ございますが。ご主人様が、着られるのですか?」
着るか。
「どうだ茜。俺にタキシード着せる仕事をとってきた罰で、メイド服を着ないか?」
「え、でも、」
セクシー女優としての仕事で、メイド服などを着たからの躊躇だろう。
だからこそ、「着てもそんな目で見ない」という意味や、罰という言い訳を用意したのだが。
「私も着る!」
俺と茜の雰囲気から、何かを感じたのか、あみが宣言した。
「実は、自分のメイド服、もってきてるんだ」
アイドル番組の企画「接客」の特技披露で「さっきゅばすどりーむ」に一日入店したときに、見習いから正式採用に昇格してメイド服を手に入れていた。
「荷物になるのに、なんでまた」
「だって、別荘にメイドさんって、良くない?」
口を尖らずあみに、
「あみりん、それわかる。れいりん、別にもう一着ある?」
「わたくしが昨日、着てしまったものでしたら、ありますが」
「平気平気。れいりんが気にしないなら、貸して」
「もちろんです」
「しおりんは、お嬢様役ね」
言われてみれば、志桜里の白いワンピース姿は、夏の避暑地のお嬢様みたいだ。
これで、茜のメイド服着用の承諾待ちとなった。
彼女は、少しばかりの観念と大量の欲望が混じった声で言った。
「・・・沢田先生が、タキシードを着てくれるなら」
俺以外から、賛同の歓声が上がった。
アラームで目が覚めた。
寝返りなど睡眠中の動きを感知して、眠りが浅いタイミングで、起こしてくれるスマホアプリを愛用している。
なんだか、良い夢を見ていた気がするが、覚えていない。
あまり、夢を見なくなったのは、トラウマへの刺激を無意識に避けているからだろうか。
今日は、講義があるから、オンラインではなく、学園へ行かないとだ。
人気はないが、義務だから仕方がない。
所詮は、どれも定年までの暇つぶしだ。
・・・定年になったら、その後は?
考えるのを止め、キッチンでプロテインを飲んで、冷蔵庫に入れっぱなしだったスーパーで安売りしていたオニギリを取り出す。
冷えきって、老化した米がボロボロと崩れるので、流し台に落としながら組み立てて齧る。
ジム通いを辞めてしまったので、筋肉を増やすためというよりは、死なないための栄養補給だ。
サプリで亜鉛を摂っているはずなのに、オニギリの味を感じない。
ずっと腹の調子が悪いから吸収されずに、いろいろと体調が良くないのかもだが、どうでもいい。
なのに、太ったのは、不思議だ。
着替えようとして、代えのシャツがないことに気がつく。
ただ、今日初めてではなく、ここ最近ずっとだ。
ゴミをかき分けて、脱ぎ捨てていた汚れものの中から、比較的に綺麗そうなのを選ぶ。
太ったせいか、首が苦しくて、罪への罰をつきつけてくる。
罪?
制服もクリーニングに出していないな。
そもそも、クリーニング店のカード、どこへやっただろう。
洗面台の鏡に映った顔を見て、髭を剃っていないのに気がついた。
いや、電気シェーバーでは剃れないくらい、無精髭が伸びてしまっていて、シャワーの度に、T字カミソリを買おうと思って忘れているのだった。
シャワー、いつ浴びたっけ?
「あー」
思い出そうとして、思わず出た声は、しわがれていた。
普段は、独り言以外で発声しないのだから、当たり前か。
咳払いをするが、喉の調子が良くなったかはわからい。
気休めに、うがいをしておいた。
講義に間に合うように出なければいけない時間になったようで、スマホがアラームを鳴らし、途切れた。
どうやら、夜の充電を忘れて、バッテリー切れのようだ。
ほとんど外へ出ないので、いつもは困らないが、今日は仕方がない。
使いもしないモバイルバッテリーも充填した覚えがない。
どうせ、電子書籍も読まなくなったので、そのまま放置。
こういう場合を想定して、SUICAがモバイルではなくリアル・カードのままなのは、以前の自分は、賢かったのかもしれない。
時間は、スマートウォッチでわかる、ってこれもバッテリーが切れていたのだった。
運動をしなくなってからだから、いつからだ?
役立たずのアクセサリーになっていたスマートウォッチを手首から外し、洗面台に置く。
きっと、このまま充電しないし、そもそもどこへ置いたかも忘れてしまうのだろう。
そのうち、ここから落ちて、角で埃に塗れるに違いない。
最近、立ったまま靴を履けなくなったので、玄関に置いた椅子に座る。
下駄箱につかまって立ち、よろよろしながらも、扉を開け出る。
施錠するのに鍵穴へ鍵が、うまく入らなくてイラついた。
何日ぶりの外だ?
こんなに良い天気で、毎日ほとんどベッドから出ないでダラダラ寝ているのに、どうしてこんなに眠いのだろう?
どこかで打ち水をしているのか、水を撒く音がした。
「ケーキが、炊けました」
そんなメイドの声で、我に返った。
炊飯器での蒸しケーキだから、「焼けました」ではないのか。
あれ?
何か、重要なことを忘れていないか?
周りは、メイド服で溢れていて、自分もタキシードという異常事態に、少しばかり現実逃避していたのだ。
電子書籍を読んでいたはずのスマホ画面も真っ暗で、スリープしていた。
なぜか、大谷は真っ赤な蝶ネクタイをしていて、営業時の正装だそうだ。
ちなみに、タキシードは準正装な上に夜用で、モーニングとか燕尾服が正装だ。
まあ、晩餐会がほぼない時代に合わせて、変わってきてはいるが。
あと勘違いしやすいが、結婚式の男性招待客が正装するのは、花嫁以外が白いドレスを着るぐらいNGだ。
リビングのテーブルへ、平皿のまま白い蒸しケーキが置かれた。
「美味しそう!」
冷やしても美味しいらしいが、腹ペコお嬢様改め平メイドがいるので、熱々を頂く。
「やはり、ベーキングパウダーが入っていないので、膨らみが小さいですね」
メイド長の発言に、俺はセクハラ視線にならないように、ケーキから目線を動かさなかった。
「さわりん、そんなにお腹減ってるの?」
俺がケーキを食い入るように見ているように感じたのだろう。
まさか、「膨らみが小さい」に反応して「別の場所を見ないようにしていた」とは言えず、
「予め用意していない材料で、しかもお菓子ができて、感心している」
「そうだよね、ボクなんて、ミックスナッツから、ドライフルーツ拾っちゃった」
「私、クッキーから、チョコチップ毟っちゃった」
工夫が楽しかったらしいが、
「おつまみが入った袋に、キスチョコ入ってなかったか?」
形山買い物メモで、非常食に板チョコも買った気がする。
どうして、そこまで夏の別荘での非常食に拘るのか、わからないが。
まあ、ゲリラ豪雨で道が土砂崩れでの「閉ざされた山荘」は、あり得るのか。
しかし、的を射た指摘は、サバイバル的な創意工夫に至高を感じているメイドらは受け入れる気がないらしく、スルーされる。
「小皿とナイフを持ってきますね」
言って立ち上がって、厨房へ向いたレイチェルの目前に、志方が立っていた。
「はい、店長ナイフです」
「ありが、」
礼の言葉が途切れ、志方の顔に、赤が散った。
勢い余って、苺ソースの容器を握ってしまったのかと思った。
ゆっくり、とレイチェルは床に倒れ、動かない。
絨毯に広がる染みは、まさか血だろうか。
そこまで思って、志方を見る、と手に血まみれのナイフが握られていた。
本当に驚く、と咄嗟に悲鳴は出ないらしい。
誰かの喉が、ひっと音をたてたのが聞こえる。
志方は、ナイフを振り上げ、けたたましく笑った。
「ああははははー!」
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