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第二巻:夏は、夜
ことだま-言葉
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「ああははははー!」
けたたましい志方の笑い声で、我に返った。
「こんなこともあろうかと、予備があるのです!」
勇者の剣みたいに、赤いキャップの容器を掲げて宣言していた。
どうやら、苺ソースが見当たらなくなってしまったらしいが、二本目も買っていたようだ。
あれ?
何か、重要なことを忘れていないか?
周りは、メイド服で溢れていて、自分もタキシードという異常事態に、少しばかり現実逃避していたのだ。
電子書籍を読んでいたはずのスマホ画面も真っ暗で、スリープしていた。
メイドが、ナイフを柔らかな白い蒸しケーキに突き立て、切り裂く。
爪楊枝などで、液がつかないかは確認していたのだろうが、少しケーキをズラす、と綺麗に蒸しあがっていた。
細かい気泡の空いた断面が、切った直後の血を噴き出す寸前の肉の見えて、なぜかゾっとする。
そこへ赤色が飛び散って、背筋が凍った。
「マネージャー、焦りすぎ!」
あみの声に見る、と志方が苺ソースの容器を握っていた。
どうやら、注ぎ口を塞いで貼られているアルミ蓋を剥ごうとして、容器を持つ方の手にも力を入れてしまったらしい。
口が開いた途端に噴き出したソースが、圧力で勢いよくケーキへまで飛んだようだ。
「さなりん、顔に飛び散ってるよ」
苺スプラッシュで、血しぶきのような赤い斑点まみれの顔になってしまっていた。
指摘された志方は、メイド服の襟元を引っ張って、覗き込む。
「あ、よかった。汚してない」
服の汚れを気にしているが、論点は、そこじゃない。
しかも、引っ張ったことでリボンが解け、ボタンも外れ、より企画物っぽくなってしまっている。
顔を汚したのが赤で、むしろ良かったのかもしれない。
つい目を逸らした俺と、大谷の目が合い、理由を互いに察して苦笑している、と茜に睨まれた。
どこから取り出したか不明なタオルで、あられもない顔を覆うレイチェル。
「さ、あちらで顔を洗いましょう。メイクもし直してさしあげます」
もごもご言う「のっぺら坊」みたいな志方を引きずっていく。
なぜか、ナイフを託された俺。
世のご主人様方(略
「何人分だ?」
いくつに切り分ければ良いか、確認するために、周りを見渡す。
先ほどは、うとうとしていた形山だが、本格的な昼寝に部屋へ戻っている。
午前中の面談で、めちゃくちゃ疲れたのだろう。
実は、昨夜は各々の資料に目を通したりして、あまり眠れていなかったのかもしれない。
津々木も部屋だ。
スマホのメモを整理していたら、何か思いついたらしく、集中したいと籠っている。
顔を洗っている志方は、食べさせないと苺ソースを直に吸いそうだ。
発端のあみと志桜里も食べるだろう、と思ったが、
「志桜里は、味見で」
おずおずと小さく手を挙げた。
小食の志桜里は、「たべてみたい」と言っていたので元々、そのつもりだったのかもしれない。
「炭水化物なので、僕も味見程度で」
そして、その糖質を利用して吸収を良くしようと、いつのまにかプロテインが片手にある。
「あ、ボクも。食べすぎてるから一口だけ」
食べすぎてる、に反応があるか一応、あみを見るが、その食欲に揺ぎはないようだ。
茜は、お任せな顔をしている。
どうやら、志方のメイド服を企画物っぽく見たことへ、密かにご立腹で、自分の要望を読み取りなさいよ的な表情だ。
もしかしたら、「罰」としてメイド服を着ているから、笑顔にならないような演技かもしれないが。
俺は、六時三十分だった切れ目を延長して二分割。
苺ソースがかかってない方の半分を四等分にして、そのうち二つを三つづつに切り分けた。
八分の一の二つが、あみと志方。
十二分の一が、味見。
とりあえず、レイチェルも味見組だ。
残り半分は、足りない人と形山、津々木へのお伺い用だ。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせて声をかけ、フォークが足りなさそうなので、指でつまんで一切れ食べた。
あみの「お行儀悪い!」の目は無視。
もちもちした食感と、仄かな甘味が良い。
素朴な味わいだ。
ただ、工夫だったはずのドライフルーツやチョコチップが、変化というよりは、違和感。
あと、膨らみが足りないからなのか、歯の詰め物を持っていかれそうなくらい粘る。
これは、ビールと合わなさそうだから、プロテインいいなあ、なんて考えながら咀嚼していたら、メイドがコーヒーを淹れてきた。
志方が、まだ戻ってきていないが、メイクで自分の顔と格闘中なのだろうか。
「やはり、膨らみが足りませんか?」
「かもしれない」
元気よく顎を上下させることで、視線も上下して当然ですよ、と演出しながら、答える。
「苺ソースをかけたら、それだけの味になってしまいそうです」
味見を宣言した志桜里が、ちゃんと食レポする。
既に、コーヒーにも味が負けてしまっている。
「噛み応えがあるので、腹持ちが良いかもしれないですね」
大谷の方が、慣れた感じに良い言葉へ変換しているが、真実をついてもいるので、制作指揮を執ったメイドの目に虚無が混じる。
「うー、ドライフルーツは、いらなかったかも」
ミホには同意だ。
レイチェル自身も、もぐもぐしながら、
「やはり、膨らみが足りませんわね」
肩を落として、ぼそぼそ呟く。
フォークを唇に当てたままなのは、マナー的にはどうかわからないが、かわいい。
あみもなんとフォローしたら良いか、考えているようだが、言葉が見つからないようだ。
さあ、この雰囲気をどうする?と茜が挑発的に見るので、残っていたフォークに一切れ刺して、
「あーん」
反射的に開いた茜の口へ、押し込む。
事態に気がついて、みるみる赤くなる頬に、
「どうだ、メイド?」
「・・・とっても、おいしいでしゅ沢、ごしゅじんしゃま」
「だそうだ、レイチェル」
メイド服マネージャーの機嫌は直ったが、ようやくの「おいしい」にかえってメイド長の目に虚無が広がり、あみは自分にも「あーん」しろと大騒ぎだった。
昼寝から戻ってきた形山は、メイド服とタキシード、赤蝶ネクタイの集団に一瞬だけ足を止めたが、茜の「嗤われる」んじゃないか、という顔で察したのか、女主人然として、ソファーに座った。
服装への説明を求めることもなく、
「レイチェル、ビールをお願いして良い?」
「少々お待ちください、彩芽様」
起きた直後に、もうビールかよ。
「あ、俺にも」
「・・・はい、ご主人様」
どうして、俺には非難の目が集まるんだ?
テーブルの上の蒸しケーキへ、
「みんなでつくった蒸しケーキ、これ?」
「ああ」
もう荒熱はとれたので、乾燥防止にラップをしてあるが、ぴったり張りついているので中身が見える。
ただ、それは、ビニール袋に入れられた、切り取られて血の気が抜け赤が飛んだ白い肌のようで、見ていて落ち着かなかったし、蒸しケーキをつくったと知っていても、初見ではなんだかわからないかもしれない。
「材料も用意していないのに、すごいよな。食べるか?」
「・・・食べすぎだから、遠慮しておきます」
結局、丸々半分残ったケーキは、冷蔵庫行となった。
冷蔵庫の中に、冷たいこれが入っているのは、想像力が過ぎるのか、ちょっとギョっとしそうだ。
海外漫画「ピーナッツ」の登場人物がチャーリーブラウン宅の冷蔵を開けて言った台詞を思い出してしまう。
いや、また摂食障害のスイッチが入らないように、頭を振って、考えの方向を変える。
ビールの方のカロリーは気にしないんだな。
言えば、ブーメランなので、沈黙は金だ。
まあ、アルコールのカロリーに関しては、諸説ありすぎるのだが。
「彩芽様、ビールをお持ちしました」
「あ、ありがとう」
メイドから缶ビールを受け取る。
社長がグラスを誰が洗うかで気をつかっているのを察しているので、缶のみだ。
「それで、あれは、何をしているの?」
リビング脇のちょっとしたスペースに食堂の椅子を置き、大谷が座っている。
「イントネーション・ゲームもどき、だそうだ」
「ああ、あれ」
「知ってるのか?寝ていたと思った」
ソファーで船を漕いでいたのに、聞こえていたのか?
「寝てはいたけど。知っているも何も、そもそも志桜里にゲームを買い与えたのは私だし、移動の車の中ででもできるように工夫したのも私だもの」
エッヘンと胸を張る。
カワイイが社長としてはどうだ、それ。
どうやら「もどき」は元々、志桜里が子役から女優へ一皮むけるために、演技指導の一環として、形山が行ったものらしい。
「それを教えてるだなんて、なんだか感慨深いわね」
その目は、血より濃い絆を感じさせる。
ただ、年のことは、お互いに言わないのが同い年の、お約束だ。
「それで、どうしてリンチみたいになってるの?」
確かに、言われてみれば、大谷一人を座らせて、他が取り囲んでいる状況は、そうとも見える。
しかも、赤蝶ネクタイの周りにメイド服って、サイコパス・ドラマだろうか。
「一回やって、面白かったから、撮影すれば良かった、という話になったんだ。ただ、大谷さんの移籍が今の事務所と話して確定しないと、別事務所の志桜里とかの説明が面倒だから、あのアングルになっている」
「そういうこと」
志桜里が、大谷の正面に立ち、彼のスマホで撮影している。
出題の声も消して、字幕にする予定だそうだ。
「お題は『ありがとうござます』で。『ありがとう』でも良いです」
編集用に声が被らないように、ちょっと間が空き。
「ありがとうございます」
尺稼ぎに、始めはさっきの出題を志桜里が繰り返すと打ち合わされていたので、今の「ありがとうござます」は、先の自然さとは違い、笑いを取ろうと気合が入っていて、逆にスベっている。
編集をしやすいように、誰もリアクションの声を出さないのも、盛り下がり感を漂わせる。
まあ、編集でSEの笑いを入れるのかもしれないが。
「シチュエーションは、サインを求められて」
「あ、ありがどう、ございまず」
「番組の出演が決まって」
「ありがとうございます!」
「それが、減量期の大食い企画でした」
「あ、ありがとう。ございますぅ」
「しかも、用意されたお弁当が、ガッツリしたヤツばかりでした」
「あ、ありがと」
予定調和はここまでで、ここから新規だ。
「筋肉を褒められて」
と、あみ。
「ありがとうございます!」
本当に嬉しいんだな。
「キレてる!キレてる!」
とミホ。
「・・・ぁりがとぅ」
小声なのは、「キレてる」がボディメイク大会での掛け声なので、舞台上の自分はリアクションとれない、という演技なのだろう。
「演技を褒められて」
と形山が乱入。
「あ、ありがとう、ございまず」
こちらへ背を向けていたので、社長の存在に気がついていなかったのだろう。
急に、声に緊張が混じる。
「では、お題を変えます。次のお題は、」
「『さようなら』で」
またもや、形山から。
「はい。『さようなら』でお願いします」
「・・・はい」
将来の社長がどんな顔をしているか、こちらへ振り向きたいが、撮影しているからできない葛藤が、大谷の背中から溢れている。
編集でカットしてしまえば良いのだが、そこまで頭がまわらないのか、彼のチャンネルでは無編集インタビューが好評なので、それを意識してなのか。
「シチュエーションは、」
「恋人と別れた」
と形山。
「さ、さようなら」
未練ある感じが出ているのが実感があるが、俺が風俗通いの原因にもなった借金まみれの彼女は、別れてよかったんじゃないか?
「それを慰めてくれた女性もいなくなった」
形山無双がはじまった。
「・・・さよなら」
実体験から、演技の引き出しを掘ろうとしているのだろうか。
「筋肉を減らす仕事の依頼」
「え?・・・さよなら」
実感がわかないのか、投げやりだな。
「トレーニング・ジムを解約」
「さよなら」
今度は具体的で想像できたのか、すっごく悲しさが伝わってきた。
「一種類の物しか食べられない企画の直前に、飲み物じゃないからと言われて禁止になったプロテインへ向けて」
「さよ、なら」
大谷の目から、ポロっと涙が零れた。
「はい、おっけー!」
形山の声で、大谷が我に返った。
「あ、なんだか、演技が、ほんのちょっとだけ分かったような気がしました」
とりあえず、どこまで使うかわからないので、撮影は止めていないようだ。
「演技って、想像でやるのかと思ってましたが、自分の中の引き出しが大事なんですね」
「そうそう。だから、女優には、恋愛が必要なの」
こっちに視線を投げながら、良いことを言っているつもりだろうが、社長の声も全カットだ。
いや、誰かわからないように変声にしたら、それはそれで面白いか。
けたたましい志方の笑い声で、我に返った。
「こんなこともあろうかと、予備があるのです!」
勇者の剣みたいに、赤いキャップの容器を掲げて宣言していた。
どうやら、苺ソースが見当たらなくなってしまったらしいが、二本目も買っていたようだ。
あれ?
何か、重要なことを忘れていないか?
周りは、メイド服で溢れていて、自分もタキシードという異常事態に、少しばかり現実逃避していたのだ。
電子書籍を読んでいたはずのスマホ画面も真っ暗で、スリープしていた。
メイドが、ナイフを柔らかな白い蒸しケーキに突き立て、切り裂く。
爪楊枝などで、液がつかないかは確認していたのだろうが、少しケーキをズラす、と綺麗に蒸しあがっていた。
細かい気泡の空いた断面が、切った直後の血を噴き出す寸前の肉の見えて、なぜかゾっとする。
そこへ赤色が飛び散って、背筋が凍った。
「マネージャー、焦りすぎ!」
あみの声に見る、と志方が苺ソースの容器を握っていた。
どうやら、注ぎ口を塞いで貼られているアルミ蓋を剥ごうとして、容器を持つ方の手にも力を入れてしまったらしい。
口が開いた途端に噴き出したソースが、圧力で勢いよくケーキへまで飛んだようだ。
「さなりん、顔に飛び散ってるよ」
苺スプラッシュで、血しぶきのような赤い斑点まみれの顔になってしまっていた。
指摘された志方は、メイド服の襟元を引っ張って、覗き込む。
「あ、よかった。汚してない」
服の汚れを気にしているが、論点は、そこじゃない。
しかも、引っ張ったことでリボンが解け、ボタンも外れ、より企画物っぽくなってしまっている。
顔を汚したのが赤で、むしろ良かったのかもしれない。
つい目を逸らした俺と、大谷の目が合い、理由を互いに察して苦笑している、と茜に睨まれた。
どこから取り出したか不明なタオルで、あられもない顔を覆うレイチェル。
「さ、あちらで顔を洗いましょう。メイクもし直してさしあげます」
もごもご言う「のっぺら坊」みたいな志方を引きずっていく。
なぜか、ナイフを託された俺。
世のご主人様方(略
「何人分だ?」
いくつに切り分ければ良いか、確認するために、周りを見渡す。
先ほどは、うとうとしていた形山だが、本格的な昼寝に部屋へ戻っている。
午前中の面談で、めちゃくちゃ疲れたのだろう。
実は、昨夜は各々の資料に目を通したりして、あまり眠れていなかったのかもしれない。
津々木も部屋だ。
スマホのメモを整理していたら、何か思いついたらしく、集中したいと籠っている。
顔を洗っている志方は、食べさせないと苺ソースを直に吸いそうだ。
発端のあみと志桜里も食べるだろう、と思ったが、
「志桜里は、味見で」
おずおずと小さく手を挙げた。
小食の志桜里は、「たべてみたい」と言っていたので元々、そのつもりだったのかもしれない。
「炭水化物なので、僕も味見程度で」
そして、その糖質を利用して吸収を良くしようと、いつのまにかプロテインが片手にある。
「あ、ボクも。食べすぎてるから一口だけ」
食べすぎてる、に反応があるか一応、あみを見るが、その食欲に揺ぎはないようだ。
茜は、お任せな顔をしている。
どうやら、志方のメイド服を企画物っぽく見たことへ、密かにご立腹で、自分の要望を読み取りなさいよ的な表情だ。
もしかしたら、「罰」としてメイド服を着ているから、笑顔にならないような演技かもしれないが。
俺は、六時三十分だった切れ目を延長して二分割。
苺ソースがかかってない方の半分を四等分にして、そのうち二つを三つづつに切り分けた。
八分の一の二つが、あみと志方。
十二分の一が、味見。
とりあえず、レイチェルも味見組だ。
残り半分は、足りない人と形山、津々木へのお伺い用だ。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせて声をかけ、フォークが足りなさそうなので、指でつまんで一切れ食べた。
あみの「お行儀悪い!」の目は無視。
もちもちした食感と、仄かな甘味が良い。
素朴な味わいだ。
ただ、工夫だったはずのドライフルーツやチョコチップが、変化というよりは、違和感。
あと、膨らみが足りないからなのか、歯の詰め物を持っていかれそうなくらい粘る。
これは、ビールと合わなさそうだから、プロテインいいなあ、なんて考えながら咀嚼していたら、メイドがコーヒーを淹れてきた。
志方が、まだ戻ってきていないが、メイクで自分の顔と格闘中なのだろうか。
「やはり、膨らみが足りませんか?」
「かもしれない」
元気よく顎を上下させることで、視線も上下して当然ですよ、と演出しながら、答える。
「苺ソースをかけたら、それだけの味になってしまいそうです」
味見を宣言した志桜里が、ちゃんと食レポする。
既に、コーヒーにも味が負けてしまっている。
「噛み応えがあるので、腹持ちが良いかもしれないですね」
大谷の方が、慣れた感じに良い言葉へ変換しているが、真実をついてもいるので、制作指揮を執ったメイドの目に虚無が混じる。
「うー、ドライフルーツは、いらなかったかも」
ミホには同意だ。
レイチェル自身も、もぐもぐしながら、
「やはり、膨らみが足りませんわね」
肩を落として、ぼそぼそ呟く。
フォークを唇に当てたままなのは、マナー的にはどうかわからないが、かわいい。
あみもなんとフォローしたら良いか、考えているようだが、言葉が見つからないようだ。
さあ、この雰囲気をどうする?と茜が挑発的に見るので、残っていたフォークに一切れ刺して、
「あーん」
反射的に開いた茜の口へ、押し込む。
事態に気がついて、みるみる赤くなる頬に、
「どうだ、メイド?」
「・・・とっても、おいしいでしゅ沢、ごしゅじんしゃま」
「だそうだ、レイチェル」
メイド服マネージャーの機嫌は直ったが、ようやくの「おいしい」にかえってメイド長の目に虚無が広がり、あみは自分にも「あーん」しろと大騒ぎだった。
昼寝から戻ってきた形山は、メイド服とタキシード、赤蝶ネクタイの集団に一瞬だけ足を止めたが、茜の「嗤われる」んじゃないか、という顔で察したのか、女主人然として、ソファーに座った。
服装への説明を求めることもなく、
「レイチェル、ビールをお願いして良い?」
「少々お待ちください、彩芽様」
起きた直後に、もうビールかよ。
「あ、俺にも」
「・・・はい、ご主人様」
どうして、俺には非難の目が集まるんだ?
テーブルの上の蒸しケーキへ、
「みんなでつくった蒸しケーキ、これ?」
「ああ」
もう荒熱はとれたので、乾燥防止にラップをしてあるが、ぴったり張りついているので中身が見える。
ただ、それは、ビニール袋に入れられた、切り取られて血の気が抜け赤が飛んだ白い肌のようで、見ていて落ち着かなかったし、蒸しケーキをつくったと知っていても、初見ではなんだかわからないかもしれない。
「材料も用意していないのに、すごいよな。食べるか?」
「・・・食べすぎだから、遠慮しておきます」
結局、丸々半分残ったケーキは、冷蔵庫行となった。
冷蔵庫の中に、冷たいこれが入っているのは、想像力が過ぎるのか、ちょっとギョっとしそうだ。
海外漫画「ピーナッツ」の登場人物がチャーリーブラウン宅の冷蔵を開けて言った台詞を思い出してしまう。
いや、また摂食障害のスイッチが入らないように、頭を振って、考えの方向を変える。
ビールの方のカロリーは気にしないんだな。
言えば、ブーメランなので、沈黙は金だ。
まあ、アルコールのカロリーに関しては、諸説ありすぎるのだが。
「彩芽様、ビールをお持ちしました」
「あ、ありがとう」
メイドから缶ビールを受け取る。
社長がグラスを誰が洗うかで気をつかっているのを察しているので、缶のみだ。
「それで、あれは、何をしているの?」
リビング脇のちょっとしたスペースに食堂の椅子を置き、大谷が座っている。
「イントネーション・ゲームもどき、だそうだ」
「ああ、あれ」
「知ってるのか?寝ていたと思った」
ソファーで船を漕いでいたのに、聞こえていたのか?
「寝てはいたけど。知っているも何も、そもそも志桜里にゲームを買い与えたのは私だし、移動の車の中ででもできるように工夫したのも私だもの」
エッヘンと胸を張る。
カワイイが社長としてはどうだ、それ。
どうやら「もどき」は元々、志桜里が子役から女優へ一皮むけるために、演技指導の一環として、形山が行ったものらしい。
「それを教えてるだなんて、なんだか感慨深いわね」
その目は、血より濃い絆を感じさせる。
ただ、年のことは、お互いに言わないのが同い年の、お約束だ。
「それで、どうしてリンチみたいになってるの?」
確かに、言われてみれば、大谷一人を座らせて、他が取り囲んでいる状況は、そうとも見える。
しかも、赤蝶ネクタイの周りにメイド服って、サイコパス・ドラマだろうか。
「一回やって、面白かったから、撮影すれば良かった、という話になったんだ。ただ、大谷さんの移籍が今の事務所と話して確定しないと、別事務所の志桜里とかの説明が面倒だから、あのアングルになっている」
「そういうこと」
志桜里が、大谷の正面に立ち、彼のスマホで撮影している。
出題の声も消して、字幕にする予定だそうだ。
「お題は『ありがとうござます』で。『ありがとう』でも良いです」
編集用に声が被らないように、ちょっと間が空き。
「ありがとうございます」
尺稼ぎに、始めはさっきの出題を志桜里が繰り返すと打ち合わされていたので、今の「ありがとうござます」は、先の自然さとは違い、笑いを取ろうと気合が入っていて、逆にスベっている。
編集をしやすいように、誰もリアクションの声を出さないのも、盛り下がり感を漂わせる。
まあ、編集でSEの笑いを入れるのかもしれないが。
「シチュエーションは、サインを求められて」
「あ、ありがどう、ございまず」
「番組の出演が決まって」
「ありがとうございます!」
「それが、減量期の大食い企画でした」
「あ、ありがとう。ございますぅ」
「しかも、用意されたお弁当が、ガッツリしたヤツばかりでした」
「あ、ありがと」
予定調和はここまでで、ここから新規だ。
「筋肉を褒められて」
と、あみ。
「ありがとうございます!」
本当に嬉しいんだな。
「キレてる!キレてる!」
とミホ。
「・・・ぁりがとぅ」
小声なのは、「キレてる」がボディメイク大会での掛け声なので、舞台上の自分はリアクションとれない、という演技なのだろう。
「演技を褒められて」
と形山が乱入。
「あ、ありがとう、ございまず」
こちらへ背を向けていたので、社長の存在に気がついていなかったのだろう。
急に、声に緊張が混じる。
「では、お題を変えます。次のお題は、」
「『さようなら』で」
またもや、形山から。
「はい。『さようなら』でお願いします」
「・・・はい」
将来の社長がどんな顔をしているか、こちらへ振り向きたいが、撮影しているからできない葛藤が、大谷の背中から溢れている。
編集でカットしてしまえば良いのだが、そこまで頭がまわらないのか、彼のチャンネルでは無編集インタビューが好評なので、それを意識してなのか。
「シチュエーションは、」
「恋人と別れた」
と形山。
「さ、さようなら」
未練ある感じが出ているのが実感があるが、俺が風俗通いの原因にもなった借金まみれの彼女は、別れてよかったんじゃないか?
「それを慰めてくれた女性もいなくなった」
形山無双がはじまった。
「・・・さよなら」
実体験から、演技の引き出しを掘ろうとしているのだろうか。
「筋肉を減らす仕事の依頼」
「え?・・・さよなら」
実感がわかないのか、投げやりだな。
「トレーニング・ジムを解約」
「さよなら」
今度は具体的で想像できたのか、すっごく悲しさが伝わってきた。
「一種類の物しか食べられない企画の直前に、飲み物じゃないからと言われて禁止になったプロテインへ向けて」
「さよ、なら」
大谷の目から、ポロっと涙が零れた。
「はい、おっけー!」
形山の声で、大谷が我に返った。
「あ、なんだか、演技が、ほんのちょっとだけ分かったような気がしました」
とりあえず、どこまで使うかわからないので、撮影は止めていないようだ。
「演技って、想像でやるのかと思ってましたが、自分の中の引き出しが大事なんですね」
「そうそう。だから、女優には、恋愛が必要なの」
こっちに視線を投げながら、良いことを言っているつもりだろうが、社長の声も全カットだ。
いや、誰かわからないように変声にしたら、それはそれで面白いか。
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