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♰ 05 王弟殿下。
しおりを挟む追いかけてきたピティさんに叱られながら、部屋に戻った。
「いいですか? ドラゴンは恐ろしい生き物です! 恐れなければいけません! 肉食の生き物の中で最強の存在なのですよ! 竜人族は、その力を持っています!」
凄い剣幕でそう叱られたのだ。
私はただただ見たいだけなのにな。
ドラゴンという魔法の生き物が見たいと思うのは、魔法がおとぎ話の世界から来た私にとって当然じゃないか。
この世界の住人であるピティさんには、わかってもらえないだろうけども。
「彼は魔導師の中でも優れていますが……貴族相手にも礼儀がなっておらず、街では暴力事件を起こしたのです。相手から絡んだらしいですが、重傷を負わせたそうですよ……」
もう私の部屋の中にいるのに、声を潜めてピティさんは教えてくれる。
グラー様をじいさん呼びしたし、聖女は敬っていないし、礼儀はないのだろう。
俺様タイプみたいだったな……。
手が出るみたいだけど、私は手を上げられてないし、それに付きまとうレイナも変身一つで追い払ったみたいだ。
粗暴ではないだろう。
「……別に、怖いとは思わなかったですけど……」
「知らないからですよ! 恐ろしい竜人の姿や力を! 知らない方がいいこともあるのですよ! 知った時には怪我をしているはずです!」
反論は許さないみたいだ。
お世話してくれる人だし、私を心配してのことだから、もう何も言わないでおく。
「学生時代から言い寄る異性を変身して脅かすなどして、怖がられているお方なんですよ。……何故また話をしていたのですか?」
ピティさんは首を傾げて問う。
メテオーラティオ様が話しかけてきた理由か。
「グラー様について話を聞いたのです。何を読んでいるのって、尋ねられたのですよ。だから……」
私は抱えた本を見せる。
グラー様が貸してくれた魔法に関する本。
会話のきっかけ。
「それからグラー様が私に構ってくれる理由を教えてくれたのです」
「え……?」
ピティさんが躊躇するような表情をする。
グラー様が私に構う理由としては、異世界からわけもわからず来てしまった哀れな少女だから、と思っているだろう。
家に帰れない可哀想な少女だから。
「グラー様の家系には、私と同じ異世界から来た人間がいるそうです。その縁らしいですね」
「……そうでしたか。きっと単に娘か孫として、可愛がっているのかもしれませんよ」
ピティさんは、そう笑った。
「メテオーラティオ様も言ってましたよ、きっと孫扱いしているのですよ」
「……メテオーラティオさま」
すぐに苦い顔をするピティさん。
メテオーラティオ様の名前を出すのも嫌なのか。彼の話は、もうやめておこう。
翌日、顔を見に来てくれたグラー様に、メテオーラティオ様がしてくれた話を確認がてら尋ねてみた。
「メテから聞いたのですか? これはこれは興味深い」
グラー様は眩しそうに目を細めて笑う。
メテ、と呼んでいるのか。
「そうですよ、メテの話は事実です。三百年前の聖女召喚に巻き込まれたお方がいるのですよ。私の祖先です。息を引き取るまで、異世界に帰る方法を探していたそうです。異世界にいる家族や友人にもう一度会いたかったらしいですね」
グラー様がそう語る。
「そうだったんですね……」
「コーカ様と同じく魔法を楽しんでいましたが、一方で必死に帰り方を探していました。やがて一緒に帰り方を探していた魔導師と恋仲になり結ばれたのです。……コーカ様も、帰りたいのでしょう?」
「……私も家族が心配していると思うとそうですけど、無理なんですよね?」
再確認。
「……残念ながら」
「時間がある時でいいので、帰り方を調べてわかったこととか教えてくれませんか? 聖女召喚の仕組みだとか、知りたくて……それで本を借りたのです」
わかっていた回答のあとに、間を置かずに問う。
「そうでしたか、では時間がある時に。仕事がありますので、今日はこれで」
「はい、ありがとうございます」
あっさりと約束してくれたから、私は笑顔で頷く。
グラー様を見送ったあとは、私も部屋を出た。ピティさんに一言伝えて、また外で読書をすることにしたのだ。魔法のお勉強。
案内しましょうか? と迷うことを心配されたけれど、もう自分の部屋の場所は覚えたと答える。
庭園を下手にうろつくと迷いそうだから、昨日の植木のそばで読書をすると笑って言っておく。
一冊の本を両手で持って、螺旋階段を下りる。アーチ型の窓の外には、庭園が見える。整列した植木や整えられて茂み、そして花壇。また蝶の群れを見付けた。
それを目で追いかけていれば、漆黒の頭が目に留まる。
メテオーラティオ様らしき人影を発見。
私は螺旋階段を駆け下りて、また彼に竜人姿かドラゴン姿を見せてと頼もうとした。
ピティさんに梳かしてもらった長い髪を靡かせ、ドレスを翻して、飛び降りるように階段を下りる。
この世界は中世風の世界観らしい。外観は古い街並みだけれど、魔法などで快適な暮らしをしているのだ。中世風のファンタジー世界であり、地球の日本と変わらない快適な暮らしが出来る。いい異世界だと思う。
なんて思っていれば、飛び降りた先に、人が現れた。
廊下の先から駆けるように出てきたのだ。
いや、階段から飛び降りた私も悪いけれど、着地点でその人とぶつかってしまった。
「おっと!」
その人は私を受け止めてくれたから、床に倒れることはお互い免れる。
「大丈夫かい? えっと……君は確か」
「!」
顔を上げて、私は思わず固まってしまった。
美しい男性だ。キラキラした金髪と睫毛。そして青い瞳。儚さがありつつ、男性の色気がある。
「コーカさん、だったかな」
「お、王弟殿下様っ?」
「ああ、私は王弟殿下のヴィアテウスだ。出来れば、ヴィアテウス殿下かヴィアテウス様と呼んでくれると嬉しい」
にっこりと上品に微笑む王弟殿下のヴィアテウス様。
王族。王の弟。私が居候している城の王様の弟。
つまりは……えっと! 大家さん!?
礼儀正しくしないと! だって、私は居候の身だもの!
「とんだご無礼をお許しください!」
「ああ、いいんだよ。私も急いでいて……すまない、もう行かなくては」
後ろを気にしたようなヴィアテウス殿下は、すぐに私から離れようとした。
「痛い!」
途端に、痛みが走ったから声を上げてしまう。
ヴィアテウス殿下の胸元の衣服のボタンに、私の長い髪が絡まってしまっていた。
「ヴィアさぁまぁ」
甘ったるい猫撫で声を耳にすると、ヴィアテウス殿下は顔を僅かに歪める。
「一緒に隠れてくれ、コーカさん」
「えっ? わっ!」
私を抱き寄せたと思いきや、ひょいっと抱え上げられて運ばれた。
何故、どうして、こうなる……??
運ばれた先は、螺旋階段下にある物置らしき小さな部屋の中。
王弟殿下と、その小さな部屋に抱えて隠れる羽目になった。
「あの」
「しー」
わけを尋ねようとしたが、ギュッと抱き寄せられてしまい、黙ることになる。
見目麗しい男性に、抱き締められるなんて。
これまでの人生、妄想したことはあれど、経験はない。
心臓がバクバクと跳ねてしまう。
なんか、いい匂いがする。花のようなコロンの香り。
うう、異性のコロンを、こんな間近に感じてしまうなんて……。
「ヴィア様? どこですかー? あれ?」
レイナの声。
彼女から隠れているみたいだ。
あんな美女から逃げるなんて。聖女だから王族としては、蔑ろに出来ない立場のはず。先日の庭園デートでは相手していたのに、今は逃げているなんてよっぽどなのだろう。
メテオーラティオ様も、嫌がっていた。
そう言えば、占い師ルム様も、逃げていたっけ。
……あんな美女なのに、モテないのか。性格に難ありって感じだもの。
しばらくして、じっとしていれば、ヒールの足音が離れていった。
レイナは、他のところに捜しに行ったようだ。
「聖女様は行ったようですね」
明かりのないそこで目が慣れたから、私はそっと押し退けて、出来るだけ離れた。
それからボタンに絡んだ髪をほどこうとする。こんがらがっているみたいだ。
「すまないね、巻き込んでしまって。髪はほどけそうかい?」
「いいえ、とれそうにないので、髪をちぎってしまいましょう」
「え、なんだって? そんなことはさせられない。こんなにも美しい髪なのに」
ちぎろうと髪を掴むと、すぐさま私のその手をヴィアテウス殿下は止めた。
「いいんですよ、別に」
「よくないよ。待って」
別にいいのだと言ったのに、私の手をはがすと、ボタンの方を引きちぎる。
「ヴィアテウス殿下……」
「ボタンはすぐにつけられるよ。男として、美しい女性の髪を傷付けられないからね」
微笑むヴィアテウス殿下が、紳士だという感想を持つ。
解放された髪を撫でて、私は俯く。
「コーカさん」
俯いた私の耳に唇を近付けて、ヴィアテウス殿下は囁いた。
「この薄暗さでもわかるよ、君の頬が火照ってしまっていること」
私はガッと燃えるように赤面する。
み、見えている、だと!?
「初心で可愛いね」
ヴィアテウス殿下は、愛おしそうに微笑んだ。
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