大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう

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オーベルシュタイン、二度目の冬

第405話、母の想い

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 エリクシールを飲ませ、母上の身体は全快した。
 肌と白目の黄ばみは消えたが、体調が劇的に回復するわけじゃない。
 母上に問診をすると、なんと……数月以上、まともな食事をしていない。というか、体調が悪すぎて食事をとれず、ずっと寝たきりだったそうだ。
 父上や兄さんたちは、母上が引きこもっていると勘違いしたそうだ。父上は数日に一度会っていたけど、その時は今みたいに化粧で誤魔化していたらしい。
 現在、俺は寝ている母上のベッド脇で言う。

「母上。しばらくはお酒を控えて、栄養ある物を食べて養生してください。家のコックには消化のいいメニューを頼んでおいたので」
「……そう」
「それと……今回、たまたま俺が気付いたからよかったですが……正直、命の危険もありました。薬師として聞きます……なぜ、医者に掛からなかったのですか?」
「…………」

 母上は、ゆっくり起き上がる。
 こうした近距離で対峙するのは初めてかもしれない。シェリーと同じ髪色……よく見ると目元はシェリーそっくり、というか、シェリーは母上に似たんだと実感した。

「……別に、大した理由じゃないわ。生きてても退屈だから、長生きしようなんて考えてなかっただけよ」
「…………は?」

 い、いま……なんて言ったんだ?
 生きてて退屈?

「アシュト……」
「……は、はい」
「立派になりましたね。もう、あなたは私のことを母とは思っていないでしょうけど」
「…………そんなこと」
「無理しなくていいわ。私は、結果だけを求めて、息子のあなたに興味すら持てなかった。リュドガやシェリーみたいな才能も持たないあなたに失望し、この家を……いえ、オーベルシュタインに向かったあなたに興味すらわかなかった」
「………‥」
「見栄ばかり気にしてたけど……死期を悟って気付いたわ。私が求めていた物は、キラキラしてとても綺麗だったけど……今はとても濁って見える」
「……母上」
「あなたがオーベルシュタインに行ってから変わったわ。アイゼンが別人みたいに薬草学の勉強や農園を作ったり、リュドガが結婚したり、シェリーがあなたを追ってオーベルシュタインに行ったり……それに、オーベルシュタインに村を作って、気象種族たちを集めたですって? しかもあなたが村長とはね」
「いや、それは俺も驚いてます。けっこう勢い的なところもありましたけど」
「ふふ……みんな、みんな変わったわ。私だけが変わらず、くだらない物に固執して……身体を病んで、貴族の茶会も開けなくなって、離れに引きこもって……リュドガとルナマリアさんに子供が生まれて、とても眩しくて……もう、顔も見れなかった」
「…………」
「だから、誰にも会わずに引きこもって……ゆっくり死のうと思ったのよ」
「…………そんな」

 母上は、精神的に追い詰められていた。
 誰にも、父上や兄さんですら知らなかった本音を、俺に話した。
 精神的に追い詰められていたせいでもあるだろうけど……それでも、俺は知った。
 母上は、ずっと孤独だったんだ。

「母上。俺は……あなたに生きていて欲しいです」
「…………」
「こうして、一対一で話すの、初めてかもしれませんね」
「そうね……」
「俺、結婚しました。嫁が五人もいるんです」
「ええ……聞いたわ」
「子供はまだですけど、いずれ……ああ、俺の村はいいところですよ。大自然に囲まれてますし、近くには湖もあって、ニコニコアザラシっていうもふもふした生物もいます」
「へぇ……」
「それと、俺には弟子もいます。人狼族っていう種族の少年で、俺を師匠って呼んで慕ってくれるんです」
「そうなの……」
「それと……」

 母上は、静かに涙を流していた。
 俺はベッドに座り、母上の手をそっと握る……細く、痩せた手だ。

「母上。身体を治したら、もう一度話しましょう。今度はみんなで」
「……私に、そんな資格」
「家族に資格なんて必要ありません。あなたは、俺の母親だ」
「アシュト……」

 俺が握っていたせいか、母上の手は少しだけ熱っぽくなった。

 ◇◇◇◇◇◇
 
 部屋を出ると、父上と兄さん、シェリーがいた。

「父上、兄さん、シェリー……ミュディたちは?」
「ミュアたちを連れて町に行ったわ。あたしたちは家族だからね……残ったの」
「…………」
「…………」
「父上、兄さん……」

 父上はブルブル震え、兄さんは歯が砕けんばかりに噛みしめていた。
 このまま母上の寝室に飛び込みそうな勢いだったが、シェリーが言う。

「お父さん、リュウ兄、場所変えるよ」
「「…………」」
「ほら、お兄ちゃんも」
「あ、ああ。うん」

 シェリーが父上と兄さんの背中をバシッと叩き、いつの間にか控えていたセバッサンの案内で、いくつもある客間の一つに入った。
 ソファに座り、セバッサンがお茶……ではなく、なぜかワインを準備する。すると、父上と兄さんが注がれたワインを一気に飲み干した……なるほど、さすがセバッサン。こういう時に父上たちがお茶ではなく酒を飲むって感じたのか。

「わしは……最低最悪な男だ。妻の気持ちを全く理解せず、顔を合わせていたのに病すら見抜けず……おのれ、なんという愚かな男!!」
「オレは……自分も母上も許せない。なぜ相談してくれなかったんだ!! 家族なんだ、話せばいくらでもわかりあえるのに……」

 案の定、二人は自分を責めていた。
 シェリーはため息を吐き、ワインを一口飲む。

「あたしも同罪ね……ぶっちゃけ、お母さんってもう家族に興味ないのかと思ってた。まさか緩やかに死のうとしてたなんてね……ねぇお兄ちゃん、お母さんって治るの?」
「ああ。病気は完治した。身体は弱っているけど、栄養を取って休めばすぐによくなるよ」
「そっか……よかった」

 俺はワインを飲み……うわなにこれ美味!!……少し考える。
 母上は、精神的に参っている状態だ。本音を吐露したとはいえ、死を受け入れて過ごしていただけに、生きる目的があまりない。
 兄さんの言う通り、少しずつ話して家族をやり直せればあるいは……うーん、精神的なことは薬じゃ治らない。精神を落ち着ける丸薬はあるけど。
 とりあえず、今はゆっくり……待てよ?

「…………静養か」
「お兄ちゃん?」
「あの、父上。少し相談が」
「……む?」

 俺は決めた。
 母上に必要なのは、ゆっくり休むことだ。

「母上を、俺の村で静養させるというのはどうでしょう? まもなくオーベルシュタインは一年ほど冬が来ます。寒さはありますけど、家の中だし、シェリーやミュディもいますし、寂しい思いはさせません」
「な、なんと……ふむ、静養か……悪くないな」
「アシュト、シェリー、いいのか?」
「うん。兄さん」
「お母さんと一冬一緒かぁ……うん、あたしもいいよ。なんならリュウ兄も一緒に来る? なーんて」

 こうして、母上を緑龍の村に招くことになった。
 せっかくなので、父上とリュドガ兄さんには話しておく。

「あと、俺たちがここに来た真の理由を話していませんでしたけど……」

 ここに来た本来の目的。
 俺とシェリーとミュディの寿命がハイエルフ並みになったと伝えたら……まぁ、とんでもなく驚いてましたとさ。
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