小説探偵

夕凪ヨウ

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Case68.2人の探偵④

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 叫び出したいほどに腹が立った。
 昨日の推理を聞いたくせに、第二の殺人に及ぶなんて。
 なぜ、だの、どうして、だの。そんな問いには意味がない。殺人犯に、そんなものを突きつけて何になる。
 殺人犯によって人が殺害されたーーそれだけがれっきとした事実であり、全て。他のことなんてどうでもいい。考えようによっては、動機でさえも。

            ※

 翌朝は穏やかな朝だった。天気は快晴で、雲1つない晴天が広がり、波の荒れも少し収まっていた。警察が来られると連絡が来るのも間もなくと思われた。
「おはよう姉さん、早いな。」
「おはよう。あなたも早いわね、秋平」
 小夜は夜明け前に目覚め、甲板で海を眺めていた。秋平もまた、姉のすぐ後に目を覚まし、弟妹を起こさないよう部屋を後にして甲板にやって来ていた。彼は姉の隣に立ち、尋ねる。
「江本さんと喧嘩したの?」
「喧嘩だなんて。私の意見を言っただけよ。彼はあまり周りが見えていないようだから、忠告と言ってもいいわね」
 姉の答えに、秋平は思わず苦笑いを浮かべた。
「大人気ないなあ」
「あら、あの人の方が歳上よ。その言葉は彼に言って頂戴」
 2人どちらにも投げかけた言葉だと、心の中で秋平は答えた。彼は、小夜は穏やかな人柄であるものの、こだわりが強いことに関しては、1度気に触ると中々機嫌が治らない性格だと知っていた。
 小夜は、いつの間にか楽しげに笑っている弟を見つめて「何でにやけてるのよ」と文句を垂れた。秋平は何でもないと言い、再び海を見つめた。
 しばらく黙って海を見つめていた姉弟だったが、やがて、小夜が小さな声でつぶやく。
「ごめんないさいね。私のせいで・・・こんなところまで連れてきちゃって。あなたも春菜も受験生だから、じっくり勉強したい時期でしょうに」
「気にすんなよ。俺たちも気晴らしに出かけたかった。天宮家にいた時は、家族旅行なんてしなかったからな」
「それなら良かった。それにしても・・困ったことになったわ。
 小夜の言葉に、秋平は眉を顰めた。小夜は海を見つめたまま続ける。
「警察が来られない場所での事件。明らかに計画的ね。私たちが止められないことを知っていながら犯行に及ぶなんて、いい迷惑だわ」
「聞かれたらどうすんだよ」
「別に良いわ。犯人は私たちに何もしてこないでしょうし。それに、事件が再び起きるとも限らないから」
 そう言って笑った時だった。船内で、何かが割れた音がした。同時に、甲高い悲鳴が聞こえる。秋平はギョッとして振り返った。
「なっ・・・⁉︎」
「部屋に戻っていなさい」
 小夜は言い終わらぬうちに歩き出していた。秋平はその後ろ姿を見ながら、どこか苦しげな顔をしていたが、彼女がそれに気がづくことはなかった。
 小夜は船内に入ると、悲鳴が聞こえたと思わしい方向へ歩を進めた。やがて扉の前に立つ海里を見つけ、名前を呼ぶ。
「小夜さん・・・・」
 その表情で、何があったかは聞かずとも分かった。彼の視線は扉の先ーー昨日推理をした食堂ーーに向けられている。
 悲鳴の原因である遺体はロビーの中央にあり、小夜は遺体を見るなり、思わず目を細めた。
「ひどい・・・」
 遺体は内臓がくり抜かれていた。喉仏から男だと分かるが、臓器のない体は酷く空虚に見え、くり抜かれた内臓は遺体の周囲に置かれている。血の海と呼ぶにふさわしい出血量で、今すぐ目を逸らしたいと思った。  
 小夜はゴム手袋を嵌め、遺体を発見したスタッフを落ち着かせて部屋に戻るよう言った後、血溜まりに足を浸した。海里もすぐに近づき、船内の売店で売っていた新しいゴム手袋を嵌める。
 小夜はそっと遺体の右手に触れ、口を開く。
「指先まで死後硬直が及んでいますから、死後10時間は経っていますね」
「はい。となると・・・現在の時刻が午前7時ですから、亡くなったのは昨夜の午後8時から午後9時ということになります」
 海里の言葉に頷きつつ、小夜は額を抑えた。こうなっては、少なくともこの件に至っては、事故という言い訳は通用しない。海里の視線を感じながら、彼女は勢いよく顔を上げた。食堂の入口には騒ぎを聞きつけた六条やスタッフたちが集まっている。小夜は彼らの視界から遺体を隠すようにして立ち上がり、六条を見る。
「六条船長。食堂を封鎖してください。捜査をしますから、誰もここには入らないよう、お願いします」
                    
      
 食堂の封鎖と乗客全員待機の放送が流れた後、遺体を検分しながら小夜はぽつりと呟く。
「・・・・あなたの勝ちでしたね。江本さん」
「勝ち負けではないでしょう」
 その通りだと思いつつ、小夜は噴出する皮肉を止めることができなかった。対する海里は、俯いたまま棒立ちしている彼女を心配そうに見つめる。
「ご気分が優れないのであれば、お休みになってください。謎を解きたくないと仰っていましたよね?」
「そうね。今も気持ちは変わらないわ。でも、1度始めてしまったら、もう逃げられない。あなたも、始めた事件から逃げることは出来ないでしょう?」
「・・・そうですね・・・・」
 強い人ですね、小夜さん。あなたは、探偵という生き方を否定しながらも、誰かのためであれば、苦しむ道を選ぶ。強要する私も、あなたを苦しめているのでしょうがーーあなたは決してそれを認めず、強くあろうとする。
「・・・・玲央さんが、なぜあなたを守ろうとしているのか、少し分かった気がします」
 唐突な言葉に、小夜は思わず苦笑いを浮かべた。
「勝手な推測がお好きですね」
 小夜は壁に預けていた体を起こし、遺体を凝視して食堂を見渡した。すると、片付けられた食器が置かれたテーブルの下に、何か光るものを見つける。同じく周囲を見ていた海里もそれに気がつくと、足早にテーブルに近づき、床に落ちた物体を拾い上げた。
「ガラスか何かかしら?」
「いいえ、ナイフの欠片です。でも、どうしてこんな物がーー」
 疑問を口にしながら、2人は揃って遺体を見返した。海里が遺体に近づき、躊躇いながら内臓がくり抜かれた体を探る。しばらくは脂と血の感触しかしなかったが、思ったより早く目当ての物に辿り着いた。
 海里はすぐさま手を引き抜き、手に持った物を小夜に見せる。
「・・・・ありました。ナイフの欠片です。床に落ちていたものと同じだと思います」
「でも、どうして遺体から離れた所に落ちていたの? 何か意図が?」
「それはまだ分かりません。ただ、1度目と比べて、ここまで残虐に殺す理由が見当たらない。あれは事故と処理されてもおかしくないものだったのに」
 しばらく沈黙した2人だったが、やがて小夜が声を上げた。
「自己顕示欲」
 その言葉は残酷だったが、的を射ていた。海里は再度遺体を見ながら、険しい表情を浮かべる。
「考えたくない話ですね。犯人は、私たちに殺人を見せつけていると?」
「あくまで可能性です。ただ、1度目と2度目でここまで違えば、疑いたくもなります」
 その発言に海里はすぐさま反応した。
「1度目が殺人だったとお認めになるのですね?」
「語弊があります。認めてはいましたけれど、口に出さなかっただけです」
 物は言いようだと海里は思った。溜息をつき、改めて小夜を見る。
「写真は納めてあります。何か他に気になる事は?」
 海里の質問に小夜は少し考えてから答えた。
「被害者の身元ですね。男性であることは分かりますが、服が乗組員やスタッフの制服ではありません。乗客の中に行方知れずの人がいないか探しましょう」
 その後、2人は六条の協力を経て、第2の殺人の被害者が、1人でこの旅に来ていた、中嶋篤典なかしまあつのりだと分かった。小夜は玲央に直接電話をして事情を話し、情報収集したものの、2人の被害者に怨恨などの理由は見つからなかった。
「その情報、信じていいの?」
が調べてくれたから間違い無いよ。まあ、被害者は一般人だから、捜査が難航するのも納得がいくけど』
「そうね。それで? 警察はどうして出動しないの? もう海は荒ぶっていないから、船が適当な位置に上陸できればーーそうでなくとも安全を確保できる海上で停泊すればーー動けるはずじゃない」
 電話越しに玲央の溜息が聞こえた。彼は苦笑いを浮かべて答える。
『ああ。君の言う通り、出動できないことはない。ただ、そこにいる、俺たちは簡単に動けない。君なら、どういう意味か分かるだろう?』
 玲央の言葉に、小夜は顔を顰めた。
「・・・・警察まで彼らを恐れる必要なんてないのに。」
『それは同意見。馬鹿馬鹿しいとすら思うよ。でも、たかが警部にすぎない俺が、上の決定を無視して動くのは流石に無理だ。九重警視長に掛け合ったけど、彼より上の人間が邪魔をしてきてね」
 小夜はしばらく沈黙し、やがて玲央にしか聞こえないような声で続ける。
「その一部の乗客の問題が解決したら、あなたたちも動けるってことね」
 小夜の言葉に玲央は眉を動かし、真剣さを帯びた口調で答えた。
『変なこと考えてない? 無茶はしないでと釘は刺したはずだよ』
「無茶じゃないわ。自分にできる範囲のことよ。私は、謎を解きたいわけじゃない。どんな形であれ、事件が解決すればそれでいい。だから、大したことじゃないわ」
 諦めが滲んだ声を聞くと、玲央は溜息混じりに口を開いた。
『本当、変わらないな。分かったけど、絶対に無茶はしないでよ』
 不安にさせると知りながら、小夜は黙って電話を切った。
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