小説探偵

夕凪ヨウ

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Case67.2人の探偵③

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 ああ、なんて綺麗な言葉。なんて真っ直ぐな視線。なんて強固な意志。
 江本さんーーあなたを形作る全てのものが、私には太陽のように眩しい。近づき過ぎれば、その身を溶かしてしまうほどに。
 だからこそ、あなたが嫌い。傷を負ってもなお、それを傷と見做さず周囲を照らし続ける、あなたが。

            ※

「小夜さん、一体どういうことですか? さっきの一言で、何が解決したと言うんです?」
 海里は詰問するように言った。小夜は曖昧な笑みを浮かべて答える。
「まあ、そう焦らずに。きちんと皆様の前で説明しますから」
 小夜は六条に頼み、船内放送で船の食堂に乗組員らを含む乗客全員を集めた。乗客は昨夜の夕食時と同じ先に座る中、海里だけには立席しているよう頼み、食堂の扉近くに海里は待機した。そして、小夜は食堂の中央に立った。
 訝しげな視線が飛び交う中、小夜は美麗の2文字で言い表せないほど美しい笑みを浮かべて言った。
「お集まりくださり、ありがとうございます。突然皆さんをお呼びしたのは、今朝起きた事件の調査結果を報告するためです」
 小夜は堂々とした声でそう言い切った。乗客が騒ぐのも構わず、彼女は続ける。
「まずは事件の概要を整理しましょう。
 被害者は清掃スタッフの安藤唄。歳は20代前半、今年からマリーゴールド号の清掃スタッフとして勤務しています」
「安藤さん・・・そういえば、彼女の姿を見てないわ。今朝見つかった死体は、本当に彼女の・・・・」
「言われてみれば、昨夜に清掃完了の報告を受けていなかったな」
 スタッフの間で賛同の声が上がった。極め付けに、安藤と同室の女性スタッフが部屋に戻って来ていないといい、遺体が彼女であるとの根拠が強くなる。そんな言葉を聞きながら、小夜は深く頷いた。
「ええ。皆さんご察しの通り、今朝厨房の窯の中で発見されたご遺体は、安藤さんです。彼女が亡くなったのは昨夜の1時から1時半の間であり、死因はーー溺死」
 最後の一言に、全員が意味が分からないという顔をした。六条が勢いよく立ち上がり、机を叩きながら叫ぶ。
「どういうことですか⁉︎ 彼女は窯の中にいたんですよ⁉︎ 普通に考えれば、溺死ではなく焼死のはず!」
「そう思われるのも無理はありません。本当の死因は、遺体をよく見なければ分かりませんから。
 安藤さんの遺体を検分したところ、焼け爛れていない顔半分の口と鼻から泡が出ていました。これは溺死の特徴であり、焼死ではありえない。
 つまり彼女は、
 騒めきが一層大きくなった。何がどうなって、そんな摩訶不思議なことが起こるのか、全く理解できなかったのだ。
 驚愕が収まらない中、小夜は食堂の扉近くに立っている海里を振り返る。
「海里さん、先ほど頼んだ画像を写してくれませんか?」
 海里は小夜のペースに飲み込まれており、言われた通りに手元のパソコンを動かした。小夜が食堂の明かりを消すと同時に、巨大なプロジェクタースクリーンが降りてくる。スクリーンに映されたのは、新しいが汚れている厨房の写真であった。海里は数秒間写真を見せては次の写真へ移り、やがて遺体が発見された窯の写真を見せた。
 小夜は窯の写真を指し示しながら、言葉を続ける。
「窯の周りをよく見てください。何か落ちているでしょう?」
 乗客全員がスクリーンを凝視した。やがて、小夜の言う通り、何か反射する物体があることに気がつく。乗客の1人はつぶやいた。
「・・・・ガラスの破片?」
「はい。これで、何があったか分かる方もいらっしゃるのではありませんか?」
 数人のスタッフがハッとした。小夜は心なしかゆったりとした口調で続ける。
「安藤さんは水槽の清掃をするため、厨房の2階を通った。手持ちは危険ですから、台車で運んでいたそうです。水槽の大きさは彼女の体の半分ほどですが、かなりの横幅があったとか。
 そして運んでいる時、安藤さんは足を滑らせ、水槽に頭が入ってしまった。ただ入っただけなら頭を抜いて終わりですが、不幸なことに彼女は滑った時に頭をぶつけて気絶していました。ぶつけたのは恐らく額。遺体の額に、たんこぶがありましたから、間違いないでしょう」
 海里は再びスクリーンの写真を変え、2階の厨房を見せた。天井の配管をアップにして、食べ物の汚れとは思えない皮膚片と小さな赤黒い染みを見せる。乗客は納得したように頷いた。
「気絶していますから、当然水槽から頭を出すことはできない。そのまま溺死したんです。しかも、2階の厨房にある水道管の一部に穴が空いていて、水が漏れていた。そこに前々から溢れた油汚れが混じり、滑りやすくなっていたんです。
 結果、彼女は命を失うと同時に足が不規則に動いて油と水で滑り、水槽ごと真下にある窯に落下した。そうなれば、後は簡単。水は蒸発し、水槽の大半は炎に包まれて焼け、遺体は燃える。
 こうして、溺死であるにもかかわらず、さも焼死したかのような遺体が発見されたんです」
 小夜の推理に乗客は呆気に取られ、やがて乗客の1人が安堵のこもった声を漏らした。
「つ、つまり・・これは殺人じゃなくて」
 乗客の発言に半ば被せるように、小夜は短く答えた。
「ええ、不慮な事故です」
 直後、食堂が歓声に満ち溢れた。小夜の明確かつ素早い推理は、多くの人々の胸を打ったのだ。
 しかし、その裏でただ1人、納得できていない者がいた。海里である。
「は・・・? 事故・・・⁉︎ そんなことありえない。小夜さーー」
「ありがとうございます、天宮様! いやあ、素晴らしい!」
 海里の声を遮り、六条が大袈裟な声を上げた。彼の声につられてか全員が拍手をし、小夜は苦笑いを浮かべて料理長の堂島に視線を移す。
「ということですから、常島さん。これで事故である証明ができました。皆様のお考え次第ですが、窯以外でしたら、1階の厨房を使って頂いて大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます。一度厨房を封鎖したのは、遺体のことだけでなく、水槽の欠片に気がついておられたからですか?」
「はい。妙だとは思ったのですが、あの場で真相は分かりませんでしから。お忙しい中、お手を煩わせて2階にも上がってしまって・・・ご迷惑をおかけしました」
 頭を下げる小夜に、堂島は「こちらこそ申し訳ない」と応じて微笑んだ。
 小夜は一礼すると、未だ歓声を上げる乗客を背に、食堂を去って行った。呆然としていた海里だったが、やがて我に返って六条に後を任せ、走って彼女の後を追った。


 話し声が聞こえないほど食堂から離れた時、海里は小夜の姿を見つけて叫んだ。
「小夜さん、待ってください!」
 海里の声に小夜は足を止め、気怠げな視線を湛えて振り返った。
「何ですか? 事件は解決したでしょう? 後はゆっくり・・・船旅を楽しみましょう」
 落ち着き払った小夜に対し、海里は怒りを込めて声を上げる。
「馬鹿なこと言わないでください! あんな・・・あんな無茶苦茶な推理を本気で仰っていたのですか⁉︎ そうだとしたら、おかしいですよ! あれは、どう見てもーー」
「殺人?」
 小夜の言葉に海里は静かに頷いた。彼女は苦い笑みを浮かべる。
「江本さん、私も馬鹿じゃありません。今回の1件が殺人事件であることくらい、理解していますよ。
 先ほど私が組み立てた推理は、別に間違いじゃない。ただ、細かなところを無視しましたし、結論を殺人事件から事故にすり替えました。大嘘をついたと言いましょうか」
 小夜は躊躇うことなく断言した。海里が意味が分からないと言わんばかりに顔を歪める。
「そこまで分かっていて、なぜ・・本当のことを言わなかったのですか? この船の中に、殺人犯がいるんですよ?」
「そうですね。殺人の動機が分からない、殺人犯がいる」
「だったらーー」
「明らかにする意味がない」
 真実を明らかにするべき、と続けようとした海里と、真逆のことを小夜は言った。彼女は海里に着いて来るよう言い、人気のない廊下へ移動する。他の乗客に見られないのよう、2人は影に身を寄せた。
 海里はしばし沈黙した後、声を潜めて続ける。
「意味がないとはどういうことです? 意味ならあるでしょう。殺人犯を野放しにするなんて」
「確かに、良いことではありませんね。
 では江本さん、ここで質問です」
「え?」
 生徒に質問する教師のような優しげな口調に、海里は首を傾げた。小夜はその優しさを保ったまま続けて言う。
「あなたは、その殺人犯から、乗組員やスタッフを含む、全乗客を守る覚悟はありますか?」
 雷に打たれたような衝撃だった。海里は言葉を失い、唖然とする。小夜は笑った。
「私が言いたいこと、お分かりですか?」
 分からないわけはないと言わんばかりの口調だった。海里は思わず眉を顰める。
「・・・・ええ・・分かりますよ。嫌というほど、分かります。でも! それは間違っている! 事故と嘘をついて殺人犯を野放しにしておくだなんて・・・あなたがやろうとしていることは正しくない!」
「酷い言いようですね。では、質問を変えます。
 ーーなぜ? そこまで否定するからには、きちんとした理由があるでしょう」
 小夜の圧に海里は息を呑んだ。彼は1度深呼吸をし、ゆったりと口を開く。
「次の犠牲者が・・・出るかもしれないでしょう。犯人は、私たちの推理を聞いて、慢心しているはずです。その隙をついて、犠牲者を増やして、私たちの動向を伺うかもしれない。そうなる前に、少しでも推理を続けるべきです」
「まあ、わざわざ殺人を犯して容疑者を減らしてくれる犯人? 寧ろ親切ね」
 小夜は笑った。嘲笑とも取れる笑みだった。海里はカッとなって叫ぶ。
「そういうことではありません! 真相を語らずに、旅を続けるなんてもってのほかだと言っているんです! 
 とにかく、全員に事情を話して、犯人をーー」
「見つけてどうするの? 私たちに捕まえられるかすら分からないのに」
 小夜の言葉は的を射ていた。海里が言い淀むと、彼女は畳み掛けるように早口で続ける。
「荒れ狂う波のせいで船は動かず、警察も来られない。そして私たちは、玲央や東堂さんのように体術に長けてはいない。犯人が複数にせよ単独にせよ、暴れた時に捕まえられる自信があるの?」
 海里は言い返せなかった。彼は別段運動神経が悪いわけではないが、特別優れている訳でもなかったのだ。
「ないなら、やめるべきです。真相を明かすことに私は反対します」
 小夜ははっきりとそう言い、海里を睨んだ。しかしその表情は、怒りよりも呆れが優っていた。
「これは不慮な事故です。少なくとも、この船の中では、その認識でいい。警察が来たその時に、真実を話せばいいでしょう」
「犯人が大人しくしてくれる保証は?」
「ありません。信じるしかない」
「そんな無茶な話が通ると思いますか? そこまでして真相を隠す必要が一体どこに?」
 苛立つ海里に対して、小夜は冷静に答えた。
「この船にいる人々を守るため、とお答えしておきましょう」
 海里は納得がいかなかった。なぜ目の前にある真実を知りながら、敢えてそれを隠そうとするのか。
 “第2の犠牲者”が、いつ出るかも分からないのに。
「探偵の役目は真相を明かすことです。そこから目を背けるなんてーー」
「私は探偵じゃありません。ただの大学の職員です。あなたとは違う」
 それは明らかな“拒絶”だった。
 あなたと私の世界は違うのだから、私をあなたの世界に踏み込ませるな、とでも言うような。
「しかし、一部の乗客や乗組員はあなたを信用している。船長もそうです。過去に探偵として生きていたからではないのですか?」
「周囲の人間が押し付けただけです。私は謎を解きたくなんてなかったし、真相の隠蔽に手を貸す探偵を、探偵とは呼ばない」
 小夜は言い終わるなり壁に預けていた体を起こした。人気のある方を指し示し、海里に部屋へ戻るよう促す。
「事件の話はここまでにしましょう。私は、これ以上家族を巻き込みたくない」
「・・・・あなたはそれで構いません。ですが、私は納得できない。必ず犯人を見つけ出します」
 海里の言葉に小夜は鼻で笑った。普段の彼女からは考えられない態度だったが、気にならなかった。
「どうぞご自由に。いつか必ず、自分の間違いに気づくでしょうから」
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